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偽善事業  作者: 灯月公夜
第一章:真っ暗/日常/私の世界
5/14

04

 その日の朝は何故だか騒がしかった。

 ありさはルイス・キャロル著書の「不思議の国のアリス」から指を離すとそう思った。やっぱり、学校では集中して読めないなと思いつつ、耳を傾けてみると「転校生」というワードが盛んに聞こえてきた。

「大森、今日うちのクラスに転校生が来るらしいぜ」

 大輝の声が不意に頭上から降ってきた。ありさは顔を上げ、大輝の声がした方向を向く。

「転校生?」

「ああ、昨日、噂の話をしたろ? イケメンだかスポーツ万能だかは知らねえが、そいつがうちのクラスにそいつが来るらしい」

「ふーん、そうなんだ」

 ありさはいつも通りの声でそれに返事した

 それっきり大輝との会話が途切れてしまった。大輝が気まずそうに次の言葉を探しているのが分かる。

「おーい、席につけー」

 ちょうどその時、担任の渡辺が教室へ入って来る。大輝はありさに「じゃあな」と一言掛け、逃げるように席へと戻って行った。

「えー、もう知っていると思うが」

 渡辺が話し始める。クラスがにわかにざわめき始める。そんな中、ありさは静かに聞いていた。

「今日はうちのクラスに転校生が来ている。さあ、入ってくれ」

 がらりと教室のドアが開き、誰かがありさの前を通り過ぎて行った。クラスが嫌にざわめく音をありさは聞いた。どうしたのだろう? ありさにはまったく状況が見えなかった。

 ありさの前をのっしのっしと歩く音が通り過ぎて行く。なんとなく独特のにおいがした。

 足音が教壇の上に上がり、そして止まる。

 良平が正面を向いた途端、またクラスがざわめく。

「はじめまして、布川良平と言います」

 何とも太い声音だった。

 そして、布川良平は続ける。

「とある事情により、こちらへ転校してまいりました。みなさん、どうぞよろしくお願いします」

 そう言って、良平は頭を下げる。

 そして、そんな良平を他所に、クラスは小さくざわめき続けていた。

 良平が顔を上げる。

 その正面を向いた容姿は、お世辞にも整っているとは言い難かった。

 高校生だと言うのに、地肌の見える頭皮。脂ぎった肌。一重の小さな瞳に、変に大きな鼻。極めつけに、良平は普通の高校生の横に二倍はある体型をしていた。

 その容姿に、ありさのクラスの女子たちは口々に小さく口を開いていた。

「あれ、ないよね」

「ないねー」

 そう言ったことはもっとはっきり言ったら良いのに。ありさはそう思ったが、黙っておいた。面倒事はごめんだった。

 しかし、そんなクラスの反応をもろともせず、良平は澄ました表情で教壇の上にあがっていた。担任の渡辺が口を開く。

「はいはい、黙った黙った。うるさいぞお前ら」

 その時、ありさは視線を感じた。誰からに強く見られている気がする。この視線は、あの転校生……? ありさは、視線の方へ顔をやった。

「おい、布川。席についてなんだが、希望とかあるか?」

「そうですね」

 視線が外れる。良平は渡辺の方へ向き直り、しばらく考え込む。

「いえ、特に希望はありません」

「そうか。まあ、どっちにしろ今日は布川が入るから席替えをしようと思ってたしな。おい、誰かくじを作ってくれないか」

 渡辺の一言にクラスが歓喜した声を上げる。続けざまに「あたしが作る」という声が二、三上がる。

 やがてくじができ、席替えが始まる。

 結局、ありさの席が変わる事はなかった。

 最中、時折転校生らしき誰かの視線は感じたのだが、結局その転校生は話しかけては来なかった。

 私の容姿が気にいったのかな?

 ありさはそんなことを思ったが、結局それだけだった。意味のない好意なら受け慣れている。

 嫌な女、とありさは独白する。誰かの視線にはもう、中学に上がった時から慣れてしまっていた。自分の容姿は認識している。仕方がないことだ。失明してからは、誰もが目をそらすのが良く分かったのだけれども、それもまた仕方がないことだと思う。

 その日の昼休みも教室の外がうるさかった。みな、転校生である布川良平なる人物を物珍しげに見に来ては、その容姿の悪さに盛り上がっていた。

 それを横耳で聞きながら、ありさ、大輝、あかねの三人はいつものように、三人で机を囲んで昼食を取っていた。

 ありさはあらかじめ用意していたパン。あかねは売店のパン。大輝は弁当と売店のパン。

「他のクラスの奴ら、うるせーな」

 大輝が弁当から唐揚げを取り出すと、ぽつりと呟いた。どこか苛々しているようだった。

「ほんとだよねー。早く帰っちゃって欲しいんだけど」

 同調するようにあかねは頷き、チョコチップメロンパンにぱくりつく。

「こりゃあ、あれだね。明日にも学校中に広まっちゃってるかもね」

「そんなにすごいの?」

 パンを両手に持ったままありさが首を傾げる。確かにこの盛り上がり方は異常だとは思うけど。

「いや、さっき売店言った時なんだが、何年かは分からないが、あの転校生の話をしてやがった」

 あの、の部分が微かに強調されていた。

「ほえー、そうなんだ。じゃあ、今の冗談じゃなくなる可能性があるね。まあ、田舎の学校だしね。それに、イケメンだとかスポーツ万能とか言われてたし。仕方がないと言えばそうだよね。かわいそうだけど」

 あかねはそう言いつつ、次々の売店で購入してきた食料をその小さな口に収めて行く。その様子に、毎度ながら女はすごい、と内心で大輝は思った。

「まあ、実際のところ、俺らにはどうでもいいことなんだけどな。あのヤローのことなんざ」

「いやに突っかかるねー、大輝。一体どおしたのさ」

「別に。ただ気にくわねーだけだよ」

「またまたー。幼なじみのあたしにはまるっと、すべてが分かっちゃってるけどね。大輝は分かりやすいから」

「うるせえ」

「あはははは」

 じゃれ合う二人の横で、あかねはもくもくとパンを食べていた。そして考えていた。

 これほど注目される転校生とはなんなだろう? 女子のひそひそ話では、容姿がめちゃくちゃ悪いと言う事だけはわかった。しかし、どうしても実感が持てなかった。

「ねえ、そんなにその転校生すごいの?」

「僕がどうかしました?」

 ありさが呟いたほぼ刹那、別の第三者の声がありさたちに重なった。

 あかねと大輝はあからさまにぎょっとした表情を浮かべ、硬直している。

 ありさは声のした方へ振り向く。周りがうるさくて気がつかなかった。

「あっ、ああ別に何でもないよ!」

 ショックから戻ったらしいあかねが慌てたようにそう言い繕う。

 辺りの喧騒に飲まれるかと思ったそれは、徐々に教室を飲み込んでいった。

「そっか」

 良平がにっこりと不細工に笑う。

「それで、僕がここに来たわけなんですけど。よかったら、僕とお友達になっていただけないかな、と思って」

 ちょっと間を開けて良平は口を開く。

「ダメ……かな?」

 あかねと大輝は開いた口が塞がらない、と言った様子で口をあんぐり開けて沈黙してしまった。

 友達になってください? 何を言っているのか、よく理解できなかった。

「別にいいけど」

 突如ありさが口を開く。いつもながら静かな、考えているのか考えていないのかよく分からない口調だった。

「そうですか」

 良平は安堵したように笑った。

「よかった。それじゃあ、これからよろしくお願いしますね。あの、名前をうかがってもよろしいでしょうか?」

「わたしは大森ありさ。よろしくね、布川君」

「よろしくお願いします、大森さん」

 あかねと大輝は口をあんぐり開けて、現在目の前で繰り広げられる光景をただただ茫然と眺めていた。

 思考が停止してしまい、何も考えられない。

「ところで一つお伺いしてもよろしいでしょうか、大森さん。大変失礼だとは思うのですが」

 ふと、良平はありさに尋ねる。淀みなく、迷いない声色だった。良平の声がしんとなった教室に響いた。

「どうしてずっと目を閉じられているんですか?」

 その時確かに場の空気が軋んだ音がした。触れてはならない、触れることを避けていた糸がまるで千切られたかのようだ。嫌で冷たい空気が教室に充満する。教室の外にいた生徒の何人かは、この空気に耐えきれずこそこそと逃げるように教室を後にして行った。

「ちょっ、てめぇ!」

 初めて大輝が声を荒げて立ち上がった。ガタガタン、と椅子の音が響く。

 大輝は頭に血が上るのを感じた。何を聞いてやがるんだこのデブは!

「目が見えないからよ」

 そんな時、ありさが口を開いた。良平と同じくらい、いやそれ以上に静かで、淀みなく、迷いもない声色だった。

 教室がしんと静まり返る。誰かが息を呑む声だって聞こえてきそうだった。

「そうですか」

 良平は頷いた。

「これは失礼なことをお聞きしました」

「いいのよ、別に」

「そうですか。それは良かった」

 二人の間で静かに言葉が紡がれる。大輝はもういてもたってもいられなくなって、声を荒げた。何が「良かった」だ。

「おい、てめぇもういい加減にしろよ」

「ちょ、やめなよ大輝」

「うるせえ」

 良平に掴みかからんばかりに大輝は歩き始めた。そんな大輝の前では、あかねの諌めようとする声は、ぴしゃりと跳ね返されてしまった。

「『いい加減にしろ』とは何のことです?」

 良平はそんな大輝を目の前にしてなお、顔色一つ変えずに尋ねた。大輝は良平の胸倉を掴む。すでに切れる寸前だった。

「決まってんだろが!」

 良平の顔の前で大輝は怒鳴った。

「このバカげた質問だよ! てめえ、それを答える大森の気持ち分かってんのかよ!」

「分かりませんよ」

 あまりにあっさりした一言に、大輝は言葉を失い、立ち尽くしてしまった。そんな大輝を他所に、良平は変わらず続ける。

「僕には残念ながら想像もできません」

「……てめえ、いい加減にしやがれ!」

 大輝は自分の頭の中で神経が焼き切れる感覚がした。良平を掴んでいない方の腕で、良平の頬を思いっきり打ちぬく。鈍い音とともに、女子の悲鳴が教室に響き渡る。良平が教室の床に倒れ込む。

 大輝はすぐさま倒れた良平の胸倉を掴み、脂肪の塊を無理矢理起こし、もう一撃加える。また鈍い音が鳴り響いた。

「大輝、もうやめて!」

 あかねが叫び、大輝に飛びついた。

「うるせえ! 退け、あかね! 俺はこいつをぶっ殺さなきゃ気が済まねえんだよ!」

 大輝があかねを乱暴に退かす。良平は頭を抱え、痛みに呻いてうずくまっていた。大輝は再び良平に掴みかかる。無理矢理良平を立たせると、ずんぐりとした腹に膝を一撃加え、良平が屈んだところへさらに追撃を加える。良平は無様に床に倒れ、痛みに身をよじった。

「おい、大輝やめろ!」

 その時になって、ようやくクラスメイトが思考を取り戻し、寄ってたかって大輝を抑え始める。

「てめえら、退きあがれ!」

 大輝は暴れに暴れ、クラスメイトの制止を振り切ろうともがいた。

「なにをしてるんだ!」

 教室の前のドアが激しく開かれた。そこから顔を怒気で赤らめた体育教師の山田が現れる。そして、すぐさま大輝の元へ走り出した。

 山田はそのまま暴れ狂う大輝を押さえつける。体育教師の腕力に勝てず、ようやく大輝の動きが止まる。

 その後、大輝と良平は山田の後に従い、生徒指導室に入り、みっちりと説教を受ける事になった。


なんとか投稿できましたが、自分で違和感ありまくりです。

変なところ、読みづらいところがあれば教えて頂ければ幸いです。

また、感想・批評・拍手・拍手コメント、お待ちしております。

拍手コメントで構いませんので、何かしら反応していただければ大変嬉しいです。

それでは、どうぞよろしくお願い申し上げます。

来週も頑張って投稿できるようにしたいと思います。

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