13
大輝は内側からふつふつと湧き上がる苛立ちでおかしくなりそうだった。まるで授業の内容が頭に入ってこない。
気に入らない。
あの布川良平という男。ムカつく。
無意味にシャーペンの芯を出しては引っ込める。と、力の具合を間違え、シャー芯が途中で折れる。
思わず舌打ちした。
イライラの原因は、少くし前でのんきな面して授業を受けている。もう、良平がいるだけで気に入らない。
死ねよ。
大輝は再びシャー芯を出してはトントンとしまう動作を開始する。
今朝もありさと二人で登校してきたようだった。朝練の前に教室を覗いたら、二人がいた。それだけで腹立たしくて、見ていられなくて、逃げるように大輝は朝練に向った。朝練中にイライラをぶつけていたら、単純なミスをしてしまい顧問に怒られた。
やり場のない怒りを大輝はシーペンとその芯にぶつける。
そして、またシャー芯が中央で折れる。
ありさを意識次第したのは中学二年の春だった。中学一年の時、別クラスだったあかねと一番仲良くしていたのがありさだった。中学二年の時に、大輝は二人と同じクラスになったのだった。
今でもはっきりと覚えている。あかねと同じクラスだということに嬉しそうに微笑んでいたありさのことを。あかねの幼馴染として紹介された時に、自分に向けてくれたハニカミを。
あのありさは死んでしまったのだろうか。
あのありさの笑顔は、なくなってしまったのだろうか。
最近、わずかだが、ありさはまた変わり初めていたように大輝は感じていた。
上手くは説明できない。ただ、少し、雰囲気が変わったように感じられるのだ。
それは、布川良平の影響なのだろうか。
気に入らない。なんであんな奴が。俺にはできなかったことが、なんであのチビデブハゲができるというのだ!
くそ。くそ、くそ、くそ!
イライラが頂点に達しつつある。血管がぶち切れそうだ。なんであんな奴が、ありさの隣にいるんだ。くそったれが!
早めに対処しなくてはならないな。大輝は思う。今日の昼休み、あいつを呼び出そう。ありさがまたおかしくなる前になんとかしなくては。これ以上ありさが悲しむのだけはなんとかしなくてはならない。
決意を固めると、無意識で行なっていたシャー芯を出しては引っ込める動作が止まった。
昼休みになった。大輝は良平の元へ行く。
「おい、ちょっと面貸せ」
不機嫌オーラを無意識のうちに全面に押し出しつつ大輝は良平に言う。
「わかりました。いいですよ」
それに臆することなく良平は二つ返事で答える。
「どこに行くんですか?」
「体育館裏だ」
「ふふふ、今ではだいぶ廃れた学園生活のテンプレですね」
「くだらねえこと言ってんじゃねえよ」
そう吐き捨てると大輝は、ありさの机で昼食の準備をしていたありさとあかねの元へ行く。
「わりぃ、先食べといてくれ。俺はちょっとこれから用事がある」
「だ、大輝……」
心配な声色であかねは言う。
「ひょっとして、布川くん関係?」
幼なじみの鋭い指摘に多少動揺しながら大輝は口を開く。
「だとしてもお前に関係ねえだろ」
「そーだけど」
あかねは口を尖らせる。
「ちょっと前に問題起こしたばかりでしょ。こんな短期間で二度も問題起こせば、最悪停学くらうよ?」
「見つからなけりゃ問題ないだろ」
「小学生みたいなことを……」
「うるせえ。とにかく、俺のことは気にせずメシ食ってろ」
「うーん」
あかねはまだ言いたそうに言葉を詰まらせる。
それを無理矢理意図的に避け、大輝は良平の方を見て、顎でしゃくる。
「いくぞ」
「はい」
「ちょ、ちょっと! ねえ、大輝!?」
制止しようとするあかねを置いて二人は体育館裏に向かって歩き始めた。
「なんともならなきゃいいけど……」
呟くようにあかねは言う。
「そうね」
ありさが首を振って肯定する。
「何にも起きなきゃいいんだけど」
二人は連れ立って体育館裏にやってきた。その間、二人の間に取り立てて会話はなかった。大輝はいかにも苛立ってるのがわかるような雰囲気で。良平は何を考えてるのか、穏やかな表情で。これから何かが起こるのか、容易に想像できるようなシュチュエーションにも関わらず。
あたりに人影はない。当然だ。昼休みは始まったばかりだし、こんなとこまでくる酔狂な輩は、人目を気にせずイチャイチャできる環境を探しているバカップルか、不良じみてる奴らくらいだ。
大輝は体育館裏に着き、なんとなくあたりを確認し、後ろからへこへこ付いて来た良平へ向き直る。
「俺がなんでお前を呼んだかわかるか?」
大輝は吐き捨てるように言う。
「まあ、なんなくは想像つきますが」
顔を歪めるように笑いながら良平は返す。
「なら話は早ええ。大森にはもう近づくな」
「何故です?」
澄んだ声色で良平は返す。
大輝はガリガリと頭をかき、苛立ちを隠すことなく荒々しく言い返す。
「てめえが大森に近づいているとイライラすんだよ、カスが」
「さっぱり意味がわかりません。何故大森さんとお話するのに、下崎くんの了承がいるのですか?」
臆することなく良平は言葉を重ねていく。
「何が気に入らないんですか?」
「全部に決まってんだろうが。てめえが大森の面見て話しかけてんのはわかってんだよ。同情して人の良さそうな面して、大森の気を引こうとしてんだろ」
「否定はしないです」
良平は同意する。
「僕は大森さんのこと、好きです。一目惚れでした」
おくびもなく良平は断言する。
当たり前のことを訊くな、と言わんばかりに。
普通のことのように。
当然のことのように。
不問のことのように。
言う。言い切る。
「僕は大森さんのお手伝いをしたい。少しでも笑っていて欲しい。わずかでも力になりたい。好きな女の子のためならなんでもしてあげたい、という気持ちを、他人に邪魔されたくないです」
好きな子だから――
少しでも仲良くなりたい。
少しでも楽しんでいて欲しい。
少しでも――笑顔でいて欲しい。
――好きな子だから。
当たり前のことだ。
大輝もそう心から思っていた。
ありさの笑顔を取り戻したい。
何度思ったことだろう。
何度、痛感しただろう。
何度、嘆いただろう。
当たり前で、当然で、不変な思いだろう。
「……イライラすんだよ、てめえを見てると」
搾り出したかのように大輝は呟く。
「てめえのしてることはただの偽善だ。てめえは――偽善者だ」
「そうです」
力強く良平は頷く。
「僕は、ただの偽善者です」
そのことが誇りであるかのように。
良平は言う。言い放つ。
照れることなく。
悲観すらせずに。
誇るかのように。
良平は言う。
大輝は思わず後ろに一歩下がる。
こんな奴に――大輝は慄き、一歩後ろへ下がる。
……ちくしょう。
「さて、これでお話はもうお済みでしょうか。お腹が減っているので、そろそろ戻りたいのですが」
涼しげな顔で良平は言う。
大輝は唇を強く噛む。こんな奴に負けられねぇ。
俺だって――
俺だって――ありさの笑顔を取り戻したい。
「ふざけんじゃねえ」
ぼつりと大輝は締め出したような声を出す。
「ふざけんじゃねえ。俺だって大森が――いや、ありさが好きなんだ。てめえなんかに、ありさを渡してたまるか」
大輝は吐露する。誰にも言わなかった、否、言えなかった言葉を吐き出す。
後ろに下がった足を、歯をギリギリと噛みながら、今度は良平に向かって大きく踏み出す。そして、良平の胸ぐらを掴みあげ、ガンをとばす。
「ありさを笑顔にするのはこの俺だ。元のありさに戻って欲しい思いは、昨日今日ありさと出会ったてめえなんかにゃあ負けねえ。いや、負けられねえ」
「じゃあ、どっちが先に大森さんの笑顔を取り戻すか競争ですね」
にやりと良平は笑う。
その余裕が気に食わなかった。
――くそったれが。
「おい、一発俺を殴りやがれ」
「は?」
「この前の釣りだ。てめえに貸しがあるだけで我慢ならねえ」
「ああ、なるほど」
良平は頷く。顔を真っ赤にして怒りをあらわにする大崎を見てもなお――穏やかな顔で良平は頷く。
「あれは痛かったですからね。ムカつかなかったと言えば嘘になります。ここでお返ししておくのもアリですが」
そこで良平は言葉を止め、にやりと挑発するように口元を歪める。
「――でも、そのお返しは、大森さんを僕のものにしてから、笑い飛ばすことでお返しさせて頂きます」
「……いい度胸じゃねぇか」
大輝は低い声で、怒りを抑えつつ絞り出す。
「その余裕、後悔させてやる」
「できるもんなら」
そして、大輝は掴んでいた手を乱暴に離し、良平を突き飛ばす。
そして、何も言わずに、そこをあとにする。
大輝が完全に見えなくなり、夏の暑さに耐えられなくなったあと、良平はひとりくつくつ静かに笑い、その場をあとにした。
およそ9ヶ月の間放置してしまい、大変申し訳ないです。
やっとこさ、更新にありつけました。
しばらくは、僕の処女作を完結させるように頑張りたいと思ってるので、そちらが完結するまで、更新は遅くなるかもしれません。
すみません。
ただ、拍手もらったり、コメント貰えれば、その分こちらの更新も早くなるかもしれません。
というのも、処女作完結までこちらは更新停止してようと思ったのですが(重ね重ねすみません;)、リア友に『偽善事業』更新しろと、ファンレターをもらったのでがんばりました(苦笑
ですから、拍手やコメントをもらえれば、その分早く更新できると思います。
よろしくお願いいたしますm(_ _)m
あと、少し本文の付け足しをすると、この話で第一章は終了です。
いかがでしたでしょうか?
少しでも面白かったのなら幸いです。
最後に。
去年の7月2日に拍手コメントしてくださった方、本当にありがとうございました。
亀並速度での更新ですが、末永くよろしくお願いいたします。
それではこれにて。