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第6話 北を目指して

 学術都市ビブリオで食料や旅道具などの準備を済ませると、四人は街を出て北に向かって歩き出した。


 ビブリオから北に出ている馬車はなく、徒歩での移動となったが、天気が良く気温も適温だったことから、それほど疲れを感じることなく歩を進めることが出来た。


 平地が続いており、時折いくつか小さな森もあったことから、木陰で休憩することも容易だった。


 いくつもの小さな森を抜け、小川を渡り、比較的大きめの森を抜けると、もう日が暮れようとしていた。


「この辺で野宿としましょう」


 徒歩での旅に慣れているスモークに促され、四人は荷物を下ろすと、野営の準備を始める。薄暗くなる前に薪集めも終わり、焚き火を始めることが出来た。


「なんかキャンプみたいで楽しいな」


 四人で火を囲みながら座ると、ユリは嬉しそうに言った。それを聞き、ヘレナは不思議そうな顔をする。


「キャンプってなんだ?」


 こちらの世界にはキャンプという概念がないのだろうか?


 ユリは少し悩みながら、拙い語彙力でキャンプとは何かを説明しようと試みる。


「えーと、楽しむ目的で自然の中で焚き火したり、料理したり、テント張って寝たりすること…かな?」


 焚き火したり料理したりすることの何が楽しいのか、と続けて問われる。


「うーん、前の世界で暮らしていた国、日本って言うんだけど、特に私の住んでいた東京っていう街は自然がほとんどなくてね。時々わざわざ自然の多い地方に行って、自然の中でいろんなことをするんだよ」


 ふーん、と言いつつも、ヘレナはあまり納得していない様子だった。すると嬉しそうにスモークが会話に入ってくる。


「それは興味深い話ですね。自然から離れれば離れるほど、人は自然を欲する、か。なんとなくわかる気がしますよ」


 魔王も口を挟んでくる。


「私には正直、自然の良さというものがわからん。そもそも、魔王になってから外に出ることもあまりなかったからな」


 魔王は、どこか寂しそうだった。


 ユリは焚き火に薪を投げ入れると、座ったまま、火を眺めながら言う。


「これからたくさん自然に触れれば良いんですよ。私も、こんなにたくさんの自然に囲まれるのは、生まれて初めてです」


 そのまま空を見上げた。これまでに見たことがないほどの、満天の星空だった。




 スモークとヘレナがテントで寝静まった。ユリと魔王はまだ起きているものの、座ったままもう三十分以上会話がない。


 ユリはもうだいぶ魔王の存在に慣れてきていたが、まだ少しだけ、心の奥底で恐れを抱いていた。なんて言ったって魔族の王だ。少しでも怒らせれば、一瞬で命を奪われてしまうことだろう。


「ユリよ」


「は、はいっ!?」


 そんなことを考えていた時に突如名前を呼ばれ、思わず声が上擦ってしまう。


「旅を続けていれば、また危険な目に遭うこともあるだろう。もっと多くの魔法を使えるようにしておいた方がいい」


「…心配してくださるんですか?」


 すると、焚き火のせいか、魔王の顔が少し紅潮したように見えた。


「ち、違う!また戦いにおいて援護してもらう機会があるかもしれないと思っただけだ!」


 魔王はプイッと顔を背けてしまう。実は魔王はツンデレなのかもしれない、と思い、ユリは思わず吹き出しそうになった。


「ふふ、もちろんです。魔法、もっともっと教えてください」




 夜が明けると四人は簡単な朝食を取り、再び北を目指して歩き出した。ユリは歩きながら地図を開く。


「このまま歩き続けると、夕方ごろに湖畔のロッジに着くはずです。今晩はそこに泊まりましょう」


 キャンプも楽しいが、やはり体を休めるには宿に泊まった方が良い。野生の動物や魔物、山賊に注意しなくて良いと言うだけでも、回復力がかなり違うことにユリは気がついていた。


 それに、やっぱりベッドは寝心地が違う。


 ヘレナが横から地図を覗き込んで来た。


「チシャ湖か。名前は聞いたことあるな」


「へぇ、どこで聞いたの?」


「故郷の村にいた頃だ。旅好きのおっちゃんが、老後はそこで暮らしたい。って言ってたぞ」


 老後に暮らしたい場所…やはり、静かでリラックスできるところだろうか?まさか、リゾート!?


 その時、前方の茂みの中から突然大きな猪のような魔物が現れた。


「魔物だ!」


 真っ先に気づいたヘレナが大きな声で周りに知らせる。残りの三人はすぐに戦闘体制に入った。


 猪のような魔物は、こちらに向かって一直線に突進してくる。その牙は大きく、前を向いており、刺さったらひとたまりもなさそうだ。


「ここは任せてください」


 スモークはそう言うと、向かってくる魔物の攻撃を闘牛士のような可憐な動きで避け、剣で一撃を入れる。


 しかし、魔物はそのまましばらく突進を続けると、ゆっくりとUターンし、またスモーク目掛けて走り出した。


「スモーク!これを使え!」


 ヘレナは鞄の中から小さな瓶を取り出すと、スモークに投げ渡した。


「なるほど。例の毒ですね。ありがたく使わせていただきます」


 小瓶を開け、中身を剣の切っ先につけると、スモークは自らの方向に突き進んでくる魔物を待ち構える。


 魔物の牙が体に当たりそうになったその瞬間、スモークは小さな跳躍でそれを回避し、魔物の背中にチクリと剣を突き刺した。


 着地するスモーク。その奥では、またこちらに向かって来ようとUターンする魔物の姿が見えた。


 しかしその時、魔物は突如その場で倒れると、動かなくなってしまった。


「…すごい即効性ですね」


 ヘレナはスモークの方に歩み寄ってきた。


「今のはボクが調合した毒薬だ。父さんが残したレシピ通りに作れば、こんなもんだよ」


 誇らしげな顔をするヘレナ。


「二人ともすごかったよ!助かっちゃった!」


 魔物から逃げていたユリが戻ってくる。距離を空けて戦いの様子を見ていた魔王も近づいてきた。


「かなりの威力だな。魔物たちが警戒するのも無理はない」


 そう言うと、魔王はすたすたと先に行ってしまった。


 スモークはそれに続きながら、ヘレナの方を振り返った。


「ありがとうございました。素晴らしいコンビネーションでしたよ」


 二人はハイタッチした。

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