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第2話 人間の街レンク

 小さな森を抜けると、街が目の前に見えてきた。あれがレンクだろう。ちょうど日が傾き始めてきた頃だった


 レンクは魔王城からの距離が近いからか、街の周りが堀に囲まれており、石橋を渡らないと中に入れない作りになっている。それぞれの石橋には関所が設けられており、人の出入りを入念にチェックしているようだった。


「やっと着きましたね!でもこれ、入れるんでしょうか?」


 ユリは石橋の前まで来ると、魔王の方を振り返った。


「力づくでも入らせてもらう」


 魔王が背中の大鎌に手をかけたので、ユリが即座に止める。


「も、もっと平和的な方法にしましょう!旅は戦いじゃないんですから、人を襲うのは禁止です!っていうか暴れたら正体バレちゃいますよ!」


 明らかに不満そうだったが、魔王は素直にユリの言うことに従った。旅慣れている、と事前に伝えておいたので、旅の経験を多少は信頼してくれているのだろう。


「で、どうするんだ?」


「まずは守衛さんに話を聞いてみます」


 二人は石橋の真ん中に立っていた守衛の男に近づき、声をかけた。重そうな鎧を着込んでおり、手には長い槍が握りしめられている。


「こんにちは。街、入っても大丈夫ですか?」


 近くで見ると、守衛は優しい顔の老人だった。しかし、疲れ果てた表情をしている。


「お嬢さん方、今はやめておいた方がいい。街の中に魔物が入り込んでしまってね。村人が次々と襲われているんだ」


 守衛は街に入ろうとする他の人たちにも事情を順番に説明している。


 ユリは魔王の耳元で囁いた。


「魔王様のお力で、なんとかなりませんか?」


「ここらの魔物なら、まぁ知っているやつだろうからな。話してみてもいいが…」


 それを聞くとユリはにこりとし、大きく手を振った。先ほどの守衛を呼び寄せる。


「守衛さん!実はここにいるマオさん、めちゃくちゃ強い魔物ハンターなんです!魔物討伐に協力出来るかもしれません!」


 そう大声で言うと、守衛の男は走って近づいてきて、笑みを浮かべた。


「おお、そうかそうか!いやー、その背中につけた変わった武器を見て、なかなかの強者じゃないかと思ったが、そう言うことだったらぜひ街に入ってくれ。詳しいことは酒場のマスターが教えてくれるよ」


 二人は軽く頭を下げると、そのまま石橋を渡る。


「良かったですね。入れて」


「魔王城の近くだと言うのに、警備が意外と緩いのだな…これなら簡単に攻め落とせそうだ」


 確かに、自分たちのように人間に化けている魔物もいるのだ。街の人たちはもうちょっと危機意識を持った方が良いのではないか…と、ユリは魔物の立場で思ってしまった。


「魔物が街に入ったって言うの、実はあの守衛さんのせいだったりして…」


 ユリは苦笑いした。




 街の中は木で出来た家と石畳で構成されており、ヨーロッパの街並みを思わせた。ヨーロッパが大好きでこれまでに何度も訪れていたユリは、自然とテンションが上がる。


 しかし人々の姿はそれほど多くない。誰もが足早に通り過ぎて行き、誰もが暗い表情をしている。街に侵入したという魔物に怯えているのかもしれない。


 少し街の中を歩くと、二人は酒場を見つけた。建物の外にビールの絵が描かれた看板が出ているので、酒場で間違いないだろう。


 こちらの世界にもビールがあると言うことを知り、ユリは心から喜んでいた。ビールが大好物なのだ。


「いらっしゃい」


 酒場の中に入ると、お客さんはあまり多くなかった。内装はアイリッシュバーのようで雰囲気抜群だが、まだ時間が早いのか、それとも魔物に怯えて家を出られない人がいるのか、マスターは暇を持て余しているようだった。


「好きな席に座ってくれ。何を飲む?」


 二人はマスターのいるカウンター近くのテーブルに着いた。メニューはカウンターの奥に白いチョークで書かれている。


「私、ビールで!マオさんはどうしますか?」


「私は水でいい」


 お酒はあまり得意じゃないのだろうか?そもそも、魔物ってお酒を飲むのだろうか?

ユリは少し気になったが、今重要なことではないので聞かないでおいた。


 マスターがビールと水が入ったコップを持って来てくれた。ちょうど良い、と思い、ユリが手を挙げて質問する。


「マスター…何かおすすめの食べ物ありますか?すごくお腹が空いてて…」


 魔王の視線からは「街に侵入した魔物の件はどうした?」という圧力を感じたが、ユリにとって、まずは腹を満たすことが最優先だった。


 マスターはカウンター奥に掛かっている、今日のおすすめ、と書かれたボードを指差した。


「お嬢ちゃん、レンクの人じゃないだろ?だったらレンク名物のステーキがおすすめだな。パンもつけるよ」


「それお願いします!」


 即答だった。ユリはよだれを我慢するのに必死だった。




「ほれ、めはくはおいひいでふ!」


「待っててやるから、さっさと食え」


 運ばれてきたステーキは予想を超える大きさで、しかも大きなパンがついてきた。肉は牛肉なのか豚肉なのかよくわからなかったが柔らかく、いくらでも食べられる。ユリはそれをビールでガーッと胃に流し込んだ。


 魔王は水をちびちび飲みながら店内に視線を巡らせている。警戒しているようだった。


「聞きたいことがある」


 魔王が汚れた食器を運んでいるマスターに声をかける。


「私たちは街に入り込んだという魔物討伐が目的で来た。貴様がそのことについて詳しく知っていると聞いたのだが」


 マスターは店内を一度見回すと、二人の方に近づいてきて声のボリュームを下げた。


「…入り込んだのは夜の魔物と呼ばれているやつだ。昼間は物陰に隠れ、夜に活動する。毎晩犠牲者が出ているんだ」


 ユリはステーキを奥歯で噛み締めながらマスターの話に耳を傾けている。


「すでに三十人以上が殺されている。出来ることなら早めに討伐してもらえるとありがたい」


 それを聞き、ユリは驚いてまだ十分に噛み切れていない肉の塊を飲み込んでしまった。喉に詰まりかけたが、なんとかビールで押し流す。


 三十人以上も犠牲になっている…どんなに恐ろしい魔物だろうか。


 ユリは身震いした。


「夜だけ、か…」


 魔王は少し何かを考えてから、店内の柱に掛けられた時計に目を移す。今は夜の八時半だ。


「おい、九時になったらここを出るぞ」


 それを聞き、ユリは急いでビールをおかわりした。




 レンクの中央広場は閑散としていた。多くのベンチがあり、花壇には様々な花が植えられている。いつもなら夜遅くまで露店などで賑わう場所のようだったが、今は誰一人いない。街の住民は夜の魔物を恐れ、家に閉じこもっているのだろう。


 月の光が広場全体を明るく照らし出している。


 広場の中央には台座があり、その上には石像が立っていた。レンクの初代町長らしい。


 ユリは周りを見渡し、人がいないことを再度確認すると、小さな声で魔王に話しかけた。


「魔王様はその魔物の正体、知っているんですか?」


「ああ」


 ユリの質問に答えながらも、魔王は広場中を慎重に見回し続けている。


「魔物っていうことは、魔王様の手下ですよね。もちろん、魔王様の言うこと、聞くんですよね?」


「そうとも限らん」


 予想外の答えに、ユリは魔王の顔を覗き込む。


「魔物の中にも私の配下ではないやつらがいる。今回のやつは以前私の配下だったが、一ヶ月ほど前に自ら城を出て行ったやつだ」


 ユリは途端に怖くなってきた。魔物なのだから、魔王が説得すれば人を襲うのをやめると簡単に思っていた。


 しかし、魔王の言うことを聞かないとしたら、戦わなくてはならないのではないか?


「そういえばユリ、お前、魔法は使えるのか?」


「え?いやいやいや、無理ですよ」


 何を突然に、と困惑するユリ。


「お前の体はザトルーチのものだ。やつは優秀な魔術師だったのでな。体が覚えているんじゃないかと思ったが…」


 そうだったのか。魔法が使えたらどんなにカッコいいだろう、とユリは思った。手から炎なんか出しちゃったりして!


「試しにオギエンと言ってみろ」


「…オギエン?」


 その途端、だらんと下げていたユリの右手から炎が吹き出し、そのまま右脚を火傷してしまう。


「あちちちち!」


「なんだ、出来るじゃないか」


 ふふ、と少し笑われる。


「あ、危ないじゃないですか!先に行ってくださいよ…」


 どうやら魔物の体は人間より丈夫なようで、少しの傷や火傷なら自然治癒するらしい。すでに火傷の痛みも引いてきた。


「いざという時は頼むぞ」


 いざという時がどんな時なのかよくわからなかったが、ユリはとりあえず、頷いておいた。




 突然、街の広場に男の大きな声が響き渡った。


「これはこれは、魔王様とザトルーチ様ではありませんか」


 その声は広場の中心にある町長像から聞こえてくる。石像が話しているのかと思いきや、月に照らし出された町長像の影から黒いブヨブヨとした物体が現れた。


「久しぶりだな、ノーツ」


 魔王にノーツと呼ばれた魔物は次第にその実態を形成していく。それは巨大な二本の手に、長い爪が生えた魔物だった。その顔には目がなく巨大な口だけがあり、口角が上がっているせいか、常に笑っているように見える。


「魔王様たちが、こんなところに何か御用でしょうか?この街の人間は順調に減らしておりますが?」


「今すぐそれをやめるんだ」


 すると、ノーツは笑うのをやめ、不思議そうに首をかしげる。


「はて?どんな風の吹き回しか?魔王様が人間たちに寝返ったりでもしたのですかな?」


「それは違うな。だが今は旅の途中だ。必要のない殺しはしないでもらいたい」


 するとノーツはニタリと大きな口に笑みを浮かべたかと思うと、「キャーハハハハハ!」と、突然甲高い声で笑い始めた。


 その声は、まるで不協和音のように不快で、ユリは思わず両手を使って耳を塞いだ。


「あの冷酷残忍な魔王様が人間を殺すなと?これは面白い。だがお断りします。私は人間を殺したいので」


 そう言うと、ノーツは長い舌を使って爪を舐め始めた。


「そうか」


 魔王は背中につけた大鎌に手をかけると、次の瞬間、姿を消したかと思うほどの高速でノーツに近づき、一気に大鎌を振り下ろした。


 倒した!


 ユリはそう思った。しかしその攻撃は長い爪によって受け止められていた。金属のぶつかり合う音が広場に鳴り響く。


 ユリは攻撃が当たらない安全な位置から、二人の戦いをただ茫然と眺めていた。あまりのスピードに、体だけでなく、目もついていけない。


 魔王は何度も大鎌で攻撃を当てようとする。しかしそれを軽快な動きで跳び回り、回避しながら、時には爪で受け止めるノーツ。魔王が押しているのは間違いなかったが、ユリには何か決め手に欠けているように見えた。


「夜は私の時間だ」


 ノーツは突然そう言うと、闇の中に姿を消した。魔王は大鎌を構えたまま、広場の中央付近で立ち尽くしている。


「ユリ、周りに気をつけろ!」


 身構えて前後左右に意識を集中する。しかし、夜の闇に溶け込んだノーツはどこから出てくるかまったくわからない。


 その時一瞬、ユリは後方に何か気配を感じた。しかし振り返る間もなく、ノーツの一撃が振り下ろされる。


 キィイイイイイイイン!


 そこに飛び込んだのは魔王だった。なんとかユリが切り刻まれる前に、大鎌で爪による攻撃を受け止める。


「あ、ありがとう…」


 死ぬかと思ったユリは、へなへなと座り込んでしまう。


「こいつの弱点は火だ!少しは役に立て!」


 魔王の声に、ハッとする。そして先ほど火傷した魔法を思い出した。


 咄嗟に、魔王の後ろから右手をノーツに向かって突き出す。


「オギエン!」


 右手から放たれた炎はノーツの顔に至近距離で直撃した。


「ギャアアアアア!!」


 ノーツは跳び上がって二人から距離を取ると、のたうち回るように広場の中を右へ左へと動き回る。しかしその規則性を見切った魔王は、大きく鎌を構えた。


「これで終わりだ」


 大鎌が思い切り振り下ろされる。黒い物体は真っ二つに切断され、すぐに動かなくなった。長くて巨大な爪だけが月の光に輝いている。


 座り込んでいたユリは安堵のため息をつく。そこに、大したことではなかったとでも言うような足取りで、魔王が近づいて来た。


 そしてユリに手を差し伸べる。


「少しは役に立ったじゃないか」


 冷たい口調でそう言う魔王の手を握り返した。その手はひんやりと冷たかった。




 酒場に戻りマスターに魔物討伐の報告をすると、その話はすぐに街中に広がった。真夜中だと言うのに多くの人たちが集まり、酒場では祝賀会が開かれた。マスターも討伐を祝い、たくさんの酒と料理を振る舞ってくれた。


 ユリはビールをじゃんじゃん飲んでいたが、魔王は相変わらず水しか飲まず、料理も少しつまむ程度だった。


「何か欲しいものがあったらなんでも言ってくれ!君たちはこの街の英雄だよ!」


 街の人にバンバンと背中を叩かれるユリ。やっと少し酔いが回ってきた。


「え〜?何がいいかなぁ?何だろうなぁ。う〜ん」


 腕を組み、考えているポーズをする。しかし実際は酔いが回って来ており、何も考えられていなかった。


「地図だ」


 それまでほとんど喋らなかった魔王がはっきりした口調でそう言った。途端に酒場の中が少し静かになる。


「この国の精巧な地図が欲しい」


 その場でどっと笑いが起きる。普通欲しいものと言ったら金か宝石だろ、と騒ぎ出す街の人たち。そこにマスターが割って入った。


「すまないがこの街に地図職人はいねぇ。良い地図を必要なら、学術都市ビブリオに行くと良い。ここからならそんなに遠くないぜ」


「はいはーい!」


 突然大きな声で手をあげたのはユリだった。


「私は観光地を知りたいです!この国で一番見ておいた方が良い場所はどこですかぁ?」


 これには皆、自分の「推し観光地」があるようで、酒場内の盛り上がりはヒートアップする。


 すると全身をローブで纏った男が、人々の群れをかき分けながら、二人に近づいてきた。


「古の昔、西の国から竜ヴァヴェルがこの国にやって来たと言います。それが棲みついたのが北の地にある竜の谷なんだとか。今でも竜がいるのかはわかりませんが、それはもう、この世のものとは思えないほどの絶景らしいですよ」


「この世のものとは思えないほどの絶景かぁ。竜は怖いけど、気になるなぁ」


 ユリはビールのおかげで、もう随分と幸せな気分になっていた。竜の部分はあまり気にもせず、絶景という部分だけが大層気に入っていた。


 それまで黙って聞いていた魔王も、一言ポツリと呟く。


「そうか、竜か」


 その口元は笑っていた。

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