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第17話 白い丘

「あーあ、観光したかったな」


 口を尖らせてそう呟くユリに対して、ヘレナがツッコミを入れる。


「仕方ないだろ。エルフはいろいろと鋭いんだから。ボクらなんてお前らと一緒に魔物扱いだよ。なっ、スモーク?」


 スモークは相変わらず笑っている。


「ははは、まったくですね」


 しかしあまり気にしていない様子だ。


 魔王はラスノーチを出てから一言も喋らない。何かをずっと考え込んでいる様子だった。


「魔王様、どうかしました?」


 ユリがその顔を覗き込む。


「…いや、大したことじゃない。それより、その丘とやらはまだなのか?」


 ユリは地図を開く。クフィアットが地図に目印をつけてくれていた。


「もうそんなに遠くないですよ。ふふ、魔王様も花を見るのが楽しみですか?」


 しかし、魔王は心ここに在らずと言った様子だった。まだ何やら考え事をしている。


 ユリは少し気になったものの、邪魔しないようにとそれ以上声をかけることはしなかった。




 空は真っ青で雲ひとつなく、快晴だった。


「ねぇ、みんな!あれじゃない!?」


 ユリが大きな声を出して走り出す。その方向には、真っ白なユリの花に一面覆われた小高い丘があった。


 ユリの花畑の中で走り回るユリ。「私と同じ名前の花だよ!」と嬉しそうにくるくると踊り出す。


 その姿を、魔王は立ったまま見つめていた。


「魔王様もおいでよ!」


 ユリが無理やり魔王の手を引いた。二人は花畑の中でくるくると何度か回ると、そのまま勢いで倒れてしまった。


 二人はしばらくの間、起き上がれなかった。体を打ったとかではない。ただ、そのまま、ユリの花の隙間から見える真っ青な空を見上げていたかったのだ。


「ねぇ、魔王様」


 ユリが口を開く。


「私、自分の世界で死んじゃったって知って、すごくつらかったし、怖かった。もう大好きな旅も出来ないんだって思ったら、泣きそうだった。でも魔王様と、みんなと、こうして旅ができて、こんな素敵な場所に来られて、私は幸せ者だと思う」


「ユリ…」


 二人の間にしばし沈黙が流れる。


「…私もだ」


 魔王がやっと口を開いた。


「自分の城に閉じ籠り、どうやったら世界を自分のものにし、魔族だけの世界を作ることが出来るかしか考えてこなかった。この世界に、こんな場所があるとはまったく知らなかった」


 二人はまたしばらく無言になる。しかし、ユリは突然上半身を起こすと、倒れている魔王の顔を見た。


 ユリの目には涙が溢れていた。


「やっぱり、竜の谷はやめない?もし本当に竜がいたらどうするの?私はあなたに危険な目に遭って欲しくない!」


 涙声でそう懇願するユリに、魔王は少し驚いていた。しかし自らも上半身を起こすと、ユリの目を真っ直ぐに見つめる。


「竜を放っておけば、やがてこの国、いや、この世界の脅威になる。倒せるとすれば魔族の王である私だけだ。わかるだろう?」


 わからないよ、と言うユリの声はほとんど涙声になっていた。それでも、魔王にはユリが何を言っているのか、すべてしっかりと聞こえていた。


 ユリが魔王の胸に顔を埋め、泣き出した。魔王はユリの頭をそっと撫でる。


「それにな、わかったんだ。やつはいる。とても近いところにな。もう、戦うしか道はないんだ」


 魔王はすくっと立ち上がると、ユリに手を差し伸べた。


「さぁ…行くぞ」


 その時、強い風がユリの花畑を駆け抜けて行った。白い花びらが風に舞う。


 ユリは魔王の手を握った。その手はこれまでと違って柔らかで、暖かかった。




 ユリと魔王が立ち上がると、スモークとヘレナがこちらに近づいてきた。


「なぁ、ユリ」


 ヘレナが声をかけてくる。


「この旅って、竜の谷が最終目的地だろ?竜がいるにせよ、いないにせよ、その後はどうするんだ?」


 その後…。


 ユリは、正直そこまで真剣に考えていなかった。


 普通、旅が終われば自分の家に帰るものだが、この世界にユリの家はない。魔王城から出発したが、あそこに戻りたいとは到底思えなかった。


「…どうしようね」


 ヘレナは呆れ顔だ。


「ユリって案外適当だな」


 そう言うと、少女は先に歩いて行ってしまった。


 しかしすぐに振り返る。


「ボクは帰る場所なんてないから、どのみち旅を続けるつもりだ…ついてきてもいいぞ」


 そう言うとまた前を向いて歩いて行ってしまった。


 ユリは思った。


 当初はただ楽しいからと言うなんとなくの流れで始めた旅だった(魔王様にはいろいろと言い訳したが)。楽しいことも、辛いことも、いろいろと経験することになる旅ではあったが、そこから自分は次に繋がる何かを学んできたのだろうか?


 私は、こちらの世界で生きる意味を見つけられたのだろうか?


 魔王とヘレナに「旅をすれば今後の人生のためになる」とか、「生きる意味が見つかるかもしれない」なんて大層なことを言っておきながら、自分は何も考えていなかったのだと気づき、少し嫌気がさす。


「ユリ、大丈夫か?」


 隣にいた魔王が声をかけてきた。


「う、うん…」


「この旅の先のことなど、竜を倒してから考えれば良い。行くぞ」


 魔王も竜の谷の方に向かって歩き出した。ユリは一人、花畑に置いていかれる。


「ま、待ってください!」


 大声で魔王を引き留めた。その先を歩いていたヘレナとスモークもそれに気づいて足を止め、ユリの方を見る。


「私も、旅を続けたいと思います。だから魔王様、お願いです。約束してください。私たちの旅はこんなところで終わらないって!」


 それを聞いて、魔王はユリの方に戻ってきた。そしてユリの肩をポンと叩く。


「そうだな。じゃあ竜を倒したら、まずは作戦会議をしなくてはな。場所は、どこかの街の酒場か?」


「…はい!」




 四人は北を目指して共に歩き始める。竜の谷は、もう目と鼻の先だった。

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