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第16話 エルフの集落、ラスノーチ

 夜のエルフの集落に着くと、先ほどまで生い茂っていた木々が嘘のようになくなり、煌びやかな月と星の光が集落全体を照らしていた。


「すごーい!」


 ユリは大きな声を上げて立ち止まる。他の者たちも空を見上げた。


 星などまだ出ていない時間のはずなのに、そこには満点の星空があった。


「私たち夜のエルフは日の光があまり得意ではありません。その代わり、星や月の光から魔力を得たり、未来を知ることが可能なのです」


 集落の中は木で出来た質素な家が立ち並んでいた。しかし、ビエドニとは比べ物にならない。穴が空いている建物などなく、どれもが集落全体の一部と言えるようなデザイン性で作られている。どの建物も木の幹や枝の曲線が上手に使われて建てられており、まるでおとぎ話の世界の中のように可愛らしいのだ。


 家々の窓からは光が溢れている。


 街中では多くのエルフたちが五人とすれ違ったが、誰もがユリたちの姿を見ると距離を空け、視線を合わせないようにしていた。


 夜のエルフはあまり社交的じゃないのだろうか?


 五人は集落の広場に到着した。真ん中には細長いポールが立っており、先端には時計がつけられている。


「この集落は常に暗いものですから、時計がないと何時だかわからなくなっちゃうんです。だから私たちは時計をとても大切にしているんですよ」


 クフィアットはそう言うと、懐から懐中時計を取り出した。それは細かな装飾がなされたもので、とても高価なものであることは間違いなかった。


「この集落では大人になる時、親から時計をもらう風習があるんです。私も随分前に両親からこの時計を贈られました」


 ユリは、随分前、と言う表現が引っかかった。


 そう言えば、エルフは長寿の種族と言われている。クフィアットは見た目からすると二十歳ぐらいだが、もしかしたらユリよりも年上か、本当にもしかしたら、かなりご高齢なのかもしれなかった。


 まずは私の家に行きましょう、と言うクフィアットに従い、ユリたちは黙ってついていった。すると、小高い丘の上に、他の家よりも少し大きめな建物があるのが見えた。煙突からは煙が出ている。


 クフィアットは立ち止まると、四人の方を振り返った。


「あれが私の家です。父と母が中で待っているはずです。行きましょう!」


 そう言うと、クフィアットは小走りで駆けて行った。残りの四人もその後に続いた。




「あなたたちにはなんとお礼を言えばいいのか」


 クフィアットの父は、ユリたちに向かって何度も何度も頭を下げた。


 滝の裏の洞窟で倒れたクフィアットを見つけたこと、毒の矢で受けた傷と毒の治療をしたこと、ここまで一緒に来たことを話すと、あまり感情を表に出さないと言われる夜のエルフであっても、そのわかりやすい反応から、一人娘への愛情がユリたちには伝わってきた。


「この辺も物騒になってきている。もう一人で外を出歩くのはおやめなさい」


 クフィアットの父は優しい声で娘を諭す。クフィアットも流石に心配をかけ過ぎたことを察したのか、うん、と素直に頷いていた。


 そこにクフィアットの母が割って入る。


「さぁ、皆さんのおかげで娘も無事に帰って来てくれました。皆さんお疲れでしょう。お食事を用意しますので、しばらく家の中でおくつろぎください」


 その時、タイミング良くヘレナのお腹がグゥと音を立てた。家の中に笑いが起こった。


 それにしてもだ、とユリは思った。クフィアットの両親の見た目が若過ぎるのだ。どう見ても、どちらも二十代前半。だとしたら、本当にクフィアットは何歳なのだろう?と、いくら気になっても、流石に本人に聞くわけにはいかないので、もうこれ以上は考えないようにした。




 食事が用意出来たことを知らされると、ユリたちはダイニングテーブルを囲むように席についた。


 初のエルフ料理にワクワクしていたユリだったが、テーブルの上に出てきたものがパンと野菜とキノコだけだと言うことがわかると、周りに悟られない程度にがっかりした。


 しかし、実際に口に運んでみると、薄い味付けなのにも関わらず、素材の旨みを巧みに引き出した料理ばかりで、ユリたちは食べる手が止まらなかった。


「エルフ料理を気に入ってくれたみたいで嬉しいよ」


クフィアットの父は終始ニコニコしている。


「さぁ、ワインもお飲みなさい」


 その勢いに押され、普段はあまり飲まないワインも口にするユリ。これもまた野菜料理との相性が抜群で、グイグイと飲み進めることが出来た。魔王とスモークも促されてワインを口にする。


 しかしその瞬間、魔王はワインを吐き出すと、椅子から立ち上がり、クフィアットの父に向けて大鎌を突きつけた。


 突然の出来事に、その場にいた誰もが凍りつく。


「貴様、何のつもりだ」


 魔王の声には殺気が宿っている。クフィアットの父は座ったまま、うろたえもせずに魔王の方を真っ直ぐに見ていた。


「ほぅ、流石に気づいたか」


 すでにベロンベロンに酔っぱらっていたユリは、ワインにかけられた魔法の仕業なのか、変身の魔法が解け、魔物の姿に戻っていた。


 それを見たクフィアットの父は、驚く様子もない。


「ほぅ、魔物だったか」


 クフィアットの父は魔物の姿に戻ったユリを見て、ここにいる四人全員が魔物だと確信したようだった。


「君たちからは邪悪な力を感じる。とても強いものだ。エルフはそう言うことに関しては敏感なものでね」


 見かねて、それまで黙って座っていたクフィアットがガタンと音を立てて立ち上がった。


「父さん、やめて!この人たちは私を助けてくれたんですよ!」


「この集落を襲うため、お前を利用したのかもしれないぞ?」


 睨み合う父と娘。その間に割って入ったのは、やはり母だった。


「お父さん、たとえ魔物でも、大事な娘をここまで届けてくれた恩人じゃないですか。それに、楽しい食事の場でこのようなことをするとは、見損ないましたよ」


 クフィアットの父は、その言葉を聞いて苦笑いする。魔王は、もう危険がないと察したのか、大鎌を納めた。


「武器を抜いたことは詫びよう。確かに我々は魔族だ。しかし、貴様らを襲う気はない」


「ではなぜここに参った?」


 魔王はちょっと恥ずかしいのか、言葉が出てこない。助けを求めるように、視線をユリに向けた。しかし、ユリはまだベロンベロンで役に立たなかった。


 魔王は諦めたようにため息をつく。そしてユリを指差した。


「…あいつがこの集落を観光したいと言うからだ」


 その場にしばし静寂が流れる。それを破ったのはクフィアットの父だった。


「観光か!まさかそんな言葉を魔物から聞く日が来るなどとは思いもしなかった」


 クフィアットの父は笑っている。魔王は目を合わせようとしなかった。


「しかし、君たちは邪悪な気が強すぎる。エルフはそういうものに敏感なのだよ。私はこの集落を治めるものとして、皆を怖がらせたくない。悪いが、観光は諦めてくれ」


 クフィアットも申し訳なさそうに頭を下げる。


「ならば一つだけ聞かせてくれ」


 魔王がクフィアットの父に向き直る。


「私たちはこれから竜の谷に向かう」


 すると、クフィアットの父の表情は真剣なものになった。


「何か知っていることがあれば教えて欲しい」


「…魔物たちにこんな忠告をするのもおかしな話だが、やめておいた方がいい。竜が今でもあそこに住んでいるのか、我々でもわからん。だが、もしいたとしたら、魔物では歯が立たんだろう。むろん、人間でも、エルフでも、な」


 それを聞くと、魔王は笑みを浮かべた。


「なるほど。肝に銘じておこう」




 四人はクフィアットと共に家を出ると、北の出口まで案内してもらった。ユリは酔いが覚め始めていたが、まだちょっとふらふらとした足取りをしている。


「お父さんのこと、本当にごめんなさい」


 クフィアットは立ち止まると、目からは涙を流し、謝り始めた。


「本当は私たちの集落のこと、たくさん案内したかった。お友達も紹介したかった。私はあなたたちが魔物だろうと構いません!」


 すると、魔王の魔法でまた人間の姿になっていたユリが、クフィアットを抱きしめる。


「ありがとうね、クフィアット。そのうちまた、遊びに来るからね」


 クフィアットは涙を流したまま、顔を上げた。


「皆さんは、本当に竜の谷へ?」


「はい、そのつもりです」


 スモークが笑顔で答える。クフィアットは相変わらず心配な表情をしている。


「どうかお気をつけください…嫌な予感がします」


 あ、そうだ、とクフィアットが思い出したように付け加える。


「竜の谷の方角に向かうのでしたら、途中にある白い丘にぜひお立ち寄りください。とても綺麗な場所で、私のお気に入りなんです」


 四人はクフィアットに別れを告げると、ラスノーチを後にした。可憐な夜のエルフは、いつまでも手を振り続けていた。

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