第14話 ヴォーダの滝
ビエドニを出ると雨はすぐに止み、空には虹が架かっていた。
重たい空気になっていた四人だったが、なんとかして今までの楽しい旅の雰囲気に戻したいと思う気持ちは一致していた。
「なぁスモーク。その剣術はどこで覚えたんだ?」
ヘレナが明るい口調で質問する。
「西の国にいた頃ですよ。たくさんの剣士と戦いましたので、まぁ見よう見まねと言った感じですかね」
スモークは笑っているが、見よう見まねで剣術を習得できるものなのだろうか?ユリには少し不思議に思った。
「じゃあさ、私もスモークさんが戦う姿を見ていれば、剣が使えるようになったりしますかね!?」
ユリは剣を振るう仕草をしながら、思い切って聞いてみる。しかしそこに横槍を入れたのは魔王だった。
「人間にも魔物にも向き不向きはある。ユリは魔法だけに専念しておけ。怪我するぞ」
ユリは不満そうに口を尖らせた。
そこからヴォーダの滝までの道のりは、想像以上に険しかった。
道中は足場が悪い箇所が多かっただけでなく、何度も魔物たち(魔王の命令に従わない下等なものたち)に襲われた。魔王とスモークが強すぎて、もちろん負けそうになることはなかったが、その度にユリの魔力もヘレナの薬も少しずつ消耗していった。
「ヴォーダの滝はこの森の中だね」
ユリは地図と照らし合わせながら、目の前に広がる森を眺める。
その森に足を踏み入れると、ところどころから生えてくる木の根っこが四人の邪魔をする。森の中は暗く、魔物などに注意を払う必要もあったため、進む速度は必然的に遅くなっていた。
森の中では地図があまり役に立たない。どちらに進んでいるのかも頻繁にわからなくなり、木々の合間から見える太陽の位置を参考に、方向をその都度確認した。これにも余計時間が取られた。
森に入ってからどれだけの時間が過ぎたかわからなくなった頃、突然水の流れる音が聞こえ始めた。先に進むにつれ、その音は徐々に大きくなっていく。
「川だ!」
ヘレナが嬉しそうに叫ぶ。それは綺麗な水の流れる小川だった。魚も多く泳いでいる。
「川がある、ってことは、滝もすぐ近くかもしれないね」
そう言うとユリは再度地図を開き、川の位置と滝の位置を確認する。
四人は小川を右手に見ながら、森を北上していく。すると、今度は水の落ちる音が聞こえてきた。
「お、あれじゃないか?」
ヘレナが突然走り出す。残りの三人が小走りで追いかけると、森が開かれ、目の前には大きな滝が聳え立っていた。水が轟々と音を立てながら落ちている。
ユリは滝が好きだった。前の世界で旅行をしていたときにも、そのスケジュールには大抵、滝観光が入っていたぐらいだ。
そんなユリから見ても、ヴォーダの滝はかなり「いい滝」だった。五階建てのアパートぐらいの高さしかなく、横幅もそれほど広くなかったが、真っ直ぐに落ちる滝の姿が尊厳な印象を与えている。
ふと、自分の横に立っている魔王を見た。しばらく何も言わずに、ただ滝をじっと見上げている。
「滝と言うものを見るのは、生まれて初めてだな」
魔王はポツリと口にする。
「ただ水が高所から落ちているだけなのに、なぜにもこう…」
そのまま言葉に詰まってしまった。感極まったのか、次に続く言葉が出てこない。
ユリはその気持ちを汲み取り、何も言わず、もう一度滝に目を移した。
自分が生まれて初めて見た滝はどんなだっただろう?その時、私はどんなことを思っただろう?
思い出そうとしてみたものの、後方からやってきた男の声に邪魔される。
「なんか、落ち着きますねぇ」
後から来たスモークが気の抜けた声で話し始めた。
「私の生まれ育った西の国では、滝あるところに竜住まう、と言われています。きっと昔の人が、水が落ちる姿と竜の姿を見間違えたとか、そういうことなんでしょうが、この壮大さを見ると何かしら本当に関連があるのかもしれませんね」
ユリは黙ってもう一度滝を見つめた。大量の水が一気に落ちてくる姿。水が滝壺にぶつかる音。どちらもこれまでの疲れを吹き飛ばしてくれた。
滝の周りでしばらく休憩していた魔王一行だったが、ヘレナだけは薬草を集めたり、薬を調合したりと、忙しそうに動き回っていた。
「おーい、ヘレナも少しは休んだら?」
ユリの声が届いているのかどうなのか、ヘレナは返事をしない。
仕方なく腰を上げ、少女の方に歩いて行くユリ。ヘレナは変わった形の草を見ながら座り込んでいた。
「その草、どうしたの?」
「…ああ、これ、本で見たことがある薬草なんだけど、今まで実際に目にしたことがなくて。やっぱり地域によって生えてる植物って違うんだな」
これなら新しい薬が出来そうだ、とぶつぶつ言い続けるヘレナ。ユリも花を見るのは好きだが、草はその良さがわからない。
邪魔をしないように、ユリは静かにその場を離れることにした。
ユリ、魔王、スモークの三人は、滝の近くの岩に移動すると、そこに腰掛け、うろうろするヘレナを眺めていた。
「若いって良いですねぇ」
またもスモークが老人発言をする。
「スモークさん、前に聞きそびれましたけど、結局おいくつなんですか?」
「ははは、ユリさんよりは年上です。魔王さんよりは…いや、魔王さんの歳はわからないな。聞くわけにもいかないし」
またも、スモークは笑って誤魔化す。
でも確かに、魔王様は一体いくつなんだろうか?見た目からすると、三十歳ぐらいだと思うのだが…。
ユリは魔王の方をチラリと見る。それに気づいた魔王は、口を開いた。
「年齢など大した意味はない。見た目なら魔法でいくらでも誤魔化せるからな」
ええ!?と言うことは、もしかして魔王様がおばあちゃんという可能性も…?
「だが、見た目は誤魔化せても、中身は誤魔化せない。生きているものは歳をとる。その影響は必ずどこかに出てくるだろうな」
魔王はヘレナの方をじっと見ている。
ユリはもうよくわからなくなったので、これ以上考えるのをやめた。
その時、
「おーい、滝の裏に行けるみたいだぞー」
ヘレナが、滝の音に負けないような大声で三人を呼ぶ。三人が合流し、ヘレナが指差す方を見ると、滝壺をぐるっと周るように道が出来ており、それは滝の裏に繋がっていた。