第11話 ビエドニのイヴォーナ
ユリは地図を広げ、ここまでの道のりを確認した。
「うん、あれがビエドニで間違いないね」
四人の目の前には、寂れた村があった。入り口には木で作られた門のようなものもあるが、ボロボロで今にも崩れそうだった。
「ヘレナの友達が村のどこに住んでるかはわかるの?」
「いや、でも小さい村だから、たぶん見つけられると思う」
ヘレナはそう言うと、先頭に立って村へと入っていく。
「まずは宿屋を探そう。荷物を置いたら、ボクは友達を探しに行くよ」
ビエドニの村に入ると、村の貧しさが見るものすべてから伝わってきた。建物はすべて木造だが、どれも古く、壁に穴が空いたり、建物全体が傾いていたりするものが多い。道も舗装されておらず、穴だらけでかなり歩きにくくなっていた。
村人たちも、着ているものが全員ボロボロだった。そしてあまり外の人間を見慣れていないのか、やたらとジロジロ四人のことを見てくる。
それに交易が活発でないのか、店らしいものはほとんどなく、畑や畜産場ばかりが目につく。
誰もが自給自足の生活をしているのだろうか?
「あれが宿屋…かな?」
ヘレンが指差す先には、ほとんどツタで覆われた看板がある。書かれた文字がほとんど隠れてしまっており、看板の意味をあまり成していなかった。
宿屋と思われる建物に入ると、中はかなり朽ちており、今にも崩れそうだった。受付には誰もいない。
「すいませーん」
ユリが少し大きな声を出すと、奥の方から誰かが急いでこちらに向かってくる音が聞こえた。
奥から顔を出したのは、ヘレナより少し年上ぐらいの少女だった。
「まぁ、お客さんですね!何と珍しい!これもブーク様のおかげですね!」
そう言うと、少女は何やらさっと祈るような仕草をする。それが終わったかと思うと、紙切れと筆をこちらに差し出してきた。
「それではこちらに皆さんのお名前をお書きください」
全員が名前を書き終えると、ヘレナがその紙切れを少女に手渡した。少女は書かれた名前を確認すると、ヘレナの顔を不思議そうに何度もチラチラと見る。
「…ヘレナ?」
その顔を思い出したのか、ヘレナの目が見開き、驚いた表情になる。
「…イヴォーナ?」
「そうよ!ヘレナ!なんて久しぶりなの!」
少女たちがキャッキャと騒ぎ出す。どうやら探していた友達が見つかったようだった。
「皆さんはヘレナのお友達ですね。ようこそビエドニへ。見るものはあまりありませんが、とても素敵な村ですよ。ゆっくりしていってください」
ユリたちが女性向けの個室に通されると、やはり部屋の中もボロボロだった。床にも壁にもところどころ穴が空いているし、ベッドにはシミもあるし、窓ガラスにはヒビが入っていた。
正直、何泊もしたくないな、とユリは思った。
「ぜひごゆっくりお寛ぎください」
イヴォーナはぺこりとこちらに向かってお辞儀をする。
「ねぇ、ヘレナ!下でお話しましょ!話したいことがたくさんあるの!」
ヘレナが荷物を置くと、すぐにイヴォーナがその手を取り、階段を降りて行ってしまった。部屋にはユリと魔王だけが残された。
「…行っちゃいましたね」
「ああ」
「まだ夕ご飯までは時間がありますし、散歩でもしますか?」
ユリはあまりこの部屋にいたくなかった。
「そうだな」
二人は宿屋を出た。
ユリは村の中を歩いていて気づいたことがある。
まず、村のあちこちの建物の壁に同じ男が描かれたポスターが貼られていること。それと、おそらく同じ男の石像が村の至る所にいくつも立っていること。
そして、常に誰かに見られているような気配がすることだった。
「ねぇ、マオさん」
ユリは隣を歩く魔王の腕を掴んだ。
「近くに魔物が隠れていたりしませんか?なんか、すごく嫌な感じがするんですが…」
魔王はユリの腕を振り払ったりせず、そのまま前を向いて歩き続ける。
「あまりキョロキョロしない方がいい。我々は監視されている」
監視?一体誰に?
気になって周りを見たくなるが、必死にそれを抑える。ユリは怖くなってきた。
「あの、やっぱり宿屋に戻りませんか?」
魔王は立ち止まると、前方を指さした。
「ユリ、あれを見ろ」
魔王が指差す方に視線を向けると、そこには、この村にはあまりにも不釣り合いな豪邸が立っていた。建物の各所がキラキラと輝いている。
ブラスクが使われているのだ、とユリにはすぐわかった。右手に輝く指輪と同じ輝きだ。
「あれ、使われているのブラスクですよね?どんなお金持ちが住んでいるんでしょう…?」
「さぁな。だが、こんな村にあんな豪邸だ。ろくなやつではないだろう」
二人が急足で宿屋に戻ると、一階の食堂ではヘレナとスモークがお茶を飲んでいた。
「あれ?イヴォーナは?」
ユリの声に気が付き、ヘレナが入り口の方を振り返った。
「仕事に戻ったよ。ここの宿屋、一人で切り盛りしてて、やることがたくさんあるんだってさ」
ユリと魔王も空いていた席に座る。
「イヴォーナとたくさんお話はできた?」
「ああ…」
ヘレナは浮かない顔をし、じっと手元にあるティーカップを見ている。
「村の中にキラキラ光る豪勢な屋敷があった。こんな村にも金持ちはいるのだな」
魔王がヘレナを気にも止めずにそう言うと、食堂の奥からイヴォーナが顔を出した。
「それはブーク様のお屋敷ですよ」
ブーク様?
その名前には聞き覚えがあった。確かさっきもイヴォーナがその名を口にしていたはずだ、とユリは思った。
「ブーク様はとってもすごいんですよ。ブーク様のおかげで、この村の人はみんな幸せに暮らしているんです」
イヴォーナは嬉しそうに話し続ける。
「私の家族もこの村に引っ越してきたばかりの頃、仕事がなくて大変だったんです。でもブーク様がすぐにこの宿屋の運営を私たち家族に任せてくださったんですよ」
ニコニコしながら、イヴォーナは食器を運んだり、掃除をしたりと忙しくしている。
「…ご両親はどこにいるんだろう?」
ユリが独り言のように口から出したその質問に、ヘレナが淡々と答えた。
「イヴォーナが自分の手で殺したってさ。二年前に」