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第10話 ブラスクの指輪

 帰り道、採掘場までの道を塞いでいたドワーフたちに魔物を討伐したことを伝えると、四人はそのまま酒場に向かった。カミエンには数多くの酒場があるが(ドワーフが酒好きなため)、後のことを考え、部屋を取った宿屋に一番近い酒場を選んだ。中はドワーフたちで繁盛していたが、幸い四人がけのテーブルを確保することが出来た。


「それではみんな…カンパーイ!」


 ユリの掛け声と同時に、鉄で出来たジョッキがカチンと音を鳴らす。ユリとスモークはカミエンの名産ビール。ヘレナはレモネード。魔王は相変わらず水を頼んでいた。


 四人はドワーフたちの主食とも言える肉料理とジャガイモに似た芋料理を注文した。どれも塩コショウと言ったシンプルな味付けだったが、とても美味しく、魔王までもが一心不乱に食べていた。


「ここにおりましたか!」


 すると、突然見知らぬドワーフがやってきて、声をかけてきた。随分と小綺麗な服を着ている。四人とも一旦食べるのを中断し、ドワーフに目線を向けた。


「宿に戻っていると聞いていたのですがおりませんでしたので、こちらに立ち寄ってみたところです。私も喉が渇いておりましたので…おっと、失礼しました。私、この街の町長アンジェイと申します」


 そう言ってアンジェイは深くお辞儀をした。釣られてユリたちもぺこりと頭を下げる。


「街の者から報告を受けました。採掘場を荒らしていた魔物を討伐していただいたと。本当にありがとうございます。これでまたブラスクの採掘が再開できます。何かお礼が出来ないかと思い、家の中を探していたのですが…」


 アンジェイは手に持っていた赤い小さな箱をこちらに差し出す。ゆっくりとそれを開けると、中にはキラキラと輝く指輪が一つ入っていた。


「ブラスクの指輪です。大変貴重な物でして、私の家にも一つしかなかったのですが、ぜひお持ちください」


 ユリは瞬時に、その美しさに目を奪われた。視線を逸らすことが出来なくなっていた。


 そして、それに一番に気がついたのは魔王だった。


「だったら魔物討伐で大活躍だったユリ、お前がもらっておけ」


「え?」


 スモークもヘレナも、無言でグッと親指を立てる。


「みんな…ありがとう!」


 ユリはブラスクの指輪を手に取ると、右手の薬指にはめた。不思議とサイズはぴったりだった。




 魔王一行は、そのままカミエンで三日間過ごした。


 大博物館では様々な鉱石やその加工品を目にすることができ、何千年と続くドワーフたちの技の継承を知ることが出来た。しかし、展示品の中でも一際目立っていたのが、やはりブラスクだった。原石はもちろん、ブラスクで作られた剣、盾、鎧、腕輪…どれもが魅力的に輝いており、ユリとヘレナは一々立ち止まって見入っていた。


 そんな中、魔王は一枚の巨大な絵画の前に佇んでいた。


「マオさん、その絵が気になるんですか?」


 ユリも隣に立ってその絵を一緒に眺める。


 巨大で全体的に暗いその絵画には、たくさんのドワーフたちと、それに襲い掛かろうとする大きな魔物のようなものが描かれている。


 昔の戦争の絵だろうか?


 すると、近くにいたドワーフのお爺さんが二人の方に近づいてきた。


「その絵が気になりますかな?」


 ユリは静かに頷く。


「これはドワーフに代々伝わる伝説を描いたものですじゃ。遥か昔、大きな獣がドワーフたちの築いた富を狙って襲ってきたことがあってな。ドワーフたちは自分たちの街を守るため、一丸となって獣と戦い、封印したと言われておるのじゃよ。これはその封印戦争を描いたものじゃ」


 封印戦争…確かに、よく見ると描かれているドワーフたちは皆、斧や剣、弓と言った武器を持っている。獣の方は誇張されているのか、ドワーフと比べてかなり巨大に描かれていた。


「その獣と言うのはどこに封印されているんだ?」


 魔王が老人に問いかける。老人は笑い出す。


「なぁに、ただの伝説じゃよ。こんなに巨大な獣が本当におったら、竜でさえも食べられてしまうじゃろ!」


 そう言うと、ドワーフのお爺さんは歩いて行ってしまった。


 魔王は、まだしばらくその絵を眺めていた。




 博物館の他にも、カミエンには見どころが数多くあった。武器防具や装飾品を作る工房、様々な肉が取引される巨大な市場、そしてドワーフたちが信仰するという石の神を祀る教会も見学することが出来た。


 ドワーフは皆、石の神を信仰している。しかし、教会の中で行われていたのは、ユリから見れば、ただの酒盛りだった。どうやら石の神は大のビール好きらしく、教会の中でご先祖様に感謝しつつ大騒ぎするのがドワーフ流らしい。


 ユリはさりげなくドワーフたちに混ざって一緒に飲んでいたが、気にするものは誰もいなかった。


 また、どうしてもと言うユリの願いで、一行はビール醸造所にも立ち寄った。見学コースがあり、他の三人はほとんど興味がないようだったが、出来立てのビールを試飲することも出来た。ヘレナはノンアルコールビールに初挑戦してみたが、初めてのビールの味は舌に合わなかったようだった。




 日の光が恋しくなった四人は、カミエンを出発した。


 ユリは上機嫌だった。たくさん美味しい料理とビールが楽しめた、と言うのも大きかったが、何より、その指にはブラスクの指輪が光っている。


 魔王一行は、東を目指していた。夜のエルフの集落までの間には滝があり、まずはそれを見学する予定となっている。


 カミエンを出てから最初の夜、四人は焚き火を囲いながら、いろいろな話をしていた。ヘレナは会話に参加しながらも、すり鉢で薬を調合している。


「そういえばヘレナ」


 ユリが声をかけた。ヘレナは手を休めない。


「どうした?」


「あのさ、私たちが魔物って知った時、怖くなかった?特に、ここには魔王様までいるんだよ?」


 ヘレナは、そんなことか、とでも言いたげな表情で、薬の調合を続ける。


「ボクの目的は敵討だった。英雄なんかじゃないんだから、魔物たちをやっつけようなんて別に思わない。それにボクの力じゃ魔王なんて相手にならないんだ。だったら一緒にいた方がむしろ安全だろ」


 確かに、とユリも思った。


 魔王の力は絶大だし、ユリもそれに何度も助けられている。今では少しだけ、頼りになるパートナーのような気もして来ていた。


「でもそうだな…」


 ヘレナは続ける。


「旅する魔王、って言うのはちょっと面白いよな!」


「…何が面白い」


 その時、魔王の方からユリにもわかるほどの殺気が放たれていた。ヘレナは急いで自分のテントに逃げていった。




 スモークとヘレナがそれぞれ先にテントに入ると、魔王がユリの元に近づいてきた。


「ちょっといいか?」


「あ、はい」


「その指輪だが、強い魔力を感じる」


 驚いて魔王の顔を見ると、続いて右手に着けている指輪をまじまじと見つめる。


 なんの変哲もない、綺麗に光る指輪にしか見えない。


「魔法の指輪…ってコト?」


「ああ、装備している者の能力を高めるものか、新たな力を授けるものか…もしくは、何かが封印されているのかもしれない」


「や、やめてよぉ」


 ユリは少し怖くなって身震いする。


「すまない。まぁ、つけていて何も不調がないなら問題ないだろう」


 おやすみ、と言うと、魔王は自分のテントに入って行った。


 ユリは焚き火の傍に独り座ったまま、またも指輪を見つめる。焚き火の炎が反射し、指輪はキラキラと輝きを増していた。


 なんの変哲もない、ただの指輪だ。


「綺麗だな」


 まるで何かに取り憑かれたかのように、ユリはずっとその指輪を眺めていた。




 朝日が昇り、野営の撤収作業をしていると、すでに荷物をすべて担いでいるヘレナが、テントを畳むのに手こずっているユリのところにやってきた。


「なぁ、ユリ」


「ん、どうしたの?」


「ちょっと相談なんだけどさ」


 ヘレナはもじもじと何か言いたそうにしている。


 その仕草がちょっと可愛いな、とユリは思った。


「なーによ、お姉さんに何でも言ってみな!」


 自信満々に自分の胸を叩き、思わず咳き込むユリ。それを見ていたヘレナは、思わず吹き出す。


「ふふっ、えっと、この近くにビエドニっていう村があるんだけど…そこに昔の友達が住んでるんだ。みんなが嫌じゃなければ、ちょっと寄って行きたいんだけど…」


 ユリは持っていた地図を開いた。確かに、少し南に行ったところにビエドニと書かれた小さな村がある。観光ガイドブックに載っていなかったので、その存在に気づかなかったのだろう。


「私は良いけど、二人はどうかな?」


 魔王とスモークの方を見て聞いてみる。二人とも、すでに出発する準備が出来ていた。


「少し寄るぐらいなら、私は構いません。ねぇ、魔王さん?」


 スモークに同意を求められ、魔王はなぜか不満気だった。


「…ああ、構わん」


 ヘレナは全員にお礼を言うと、ユリのテントを畳むのを手伝った。




 四人は穏やかな道を南に向かって歩いて行く。


「ヘレナはそのビエドニっていう村に行ったことあるの?」


 ユリの突然の言葉に、ビクッとするヘレナ。心ここに在らずと言った感じだった。


「え、あ、いや、ない」


 そのまま俯いてしまった。ユリは事情がわからず、スモークの方を見る。


「ビエドニは人間の村ですが…かなり変わったところだと聞いたことがあります。私も実際に行ったことはないのでよくは知らないのですが」


 変わった村?


 ユリは東京の都心に生まれ育ったので、村というものがそもそもどんな所なのかあまり想像できなかった。ご近所付き合いが大事だということだけはテレビで見て知っている。


「そういえば、私たち、街に行くとよく魔物と戦うことになりますよね…今度は大丈夫でしょうか…?」


 ユリはチラリと魔王の方を見た。魔王は気にせず前を向いて歩き続ける。


「私に歯向かうものは人間だろうと魔物だろうと、叩き斬るだけだ」


 四人はそのまま歩き続ける。正午が過ぎた頃、道の先には寂れた村が見えてきた。

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