シュールな場面がそぐわない - 5
【前回までのあらすじ】
妨害対策を講じ、単独召喚術を行使する
原因の究明は予定通り難航していた。
あわよくば特定したいと思っていたが流石にそう上手くはいかないか。
まあいい。
悔しさと焦りを見せておけばとりあえず目的は果たせる。
実際それなりに憤りはしているから最低限の演技は出来ているだろう。
完璧な嘘を演出できるほど役者に向いているわけではないが、これで十分だ。
俺は密かに単独調査を進めていた。
改良ついでに半自動化を可能にした機器は概ね問題なく動いている。
今のところは大丈夫そうだ。
そして田中に再度メッセージを送ったのだが、以前残したメッセージは思いのほか効力を発揮していたらしいことを知った。
2度目に送った内容は、あなたが少しでも話して構わないと思うまでコンタクトをとることはしない。
もし話してもいいと思ったら一緒に働いた会社の俺のロッカーに〇の印を付けておいてくれ、と書いた。
いつも監視しているわけではないこと、主導権は渡したということを田中に理解させ、俺たちが一緒にというくだりで少しでも共感を与えられたらいい、と考えた文章だ。
近いうちに返事が来ることは期待していなかったのだが、予想より早く〇の印を見ることになった。
印がつくまでの間のことだが、エラー問題前から取り組んでいた干渉術強化も進めていた。
かつては対象のモノを動かす程度だったのでもう少しコミュニケーションをしやすいように対面に近い状況にできないか考えた。
その結果、自分の姿を映し出す術の開発に成功したのだ。
それを投影術と名付けた。
いわば魔法でホログラムを作りだすような術。
この術は俺が作ったものではない。
もともと映画などの映像技術を開発していたエンジニアが作ったもの。
それを映画で見てこれだと閃いた。
関係者に頼み召喚術用に調整したものが投影術というわけだ。
いかに俺が優秀といえど単独でできることは少ない。
コネ作りはどんな業界でも必須というわけだ。
面倒なものだ。
干渉術で文字を書く必要がなくなった今、以前より楽に対話が出来るので早速試す。
だが音声はなく、自分の姿と文字をセットで投影しないといけない。
まあ、いきなり物を動かしてメッセージを書きなぐるよりはずっとましだろう。
しかし俺のロッカーか。
記憶の主は自分ではないと思っていたが、この文句は無意識に書いていた。
いつの間にか自分と認めてしまっていたとは。
2つの人格の記憶が内在したこの体にとって俺が誰かなどあまり意味はないのかもな。
確かに2つ合わせて今の俺なのだから区別にそれほど意味はない。
今こうしてこの研究に携わっているのはこの記憶の影響でありそれを使ってきたのは俺自身。
二重人格ならまだしも自分など境目は無いのだから、今にして思えばおかしな考えをもっていたものだ。
他人の記憶として見ている冷静な自分に酔っていたのだろうか。
意地になっていたのだとしたらくだらないことをしたな。
自分というものは案外よくわからない。
さて、田中と話すか。
聞きたいことはまとめてある。
あいつが何を知っているのかを探っていかなくてはな。
研究室に誰もいない時間帯を狙って準備を進める。
念のため、自分だけであることを確認しゲートを開く。
1人で起動させるとなぜだか不思議と異界に足を踏み入れているような心地になる。
ふと閃く。
投影術の次は投影したものから主観的に見てみるのもいいかもしれない。
より解析度を上げて向こうの世界にあるVRのような感覚で歩く。
いわば意識を異界に送るような体験をできるようにするのだ。
発想はゲーム感覚だが面白いかもしれない。
落ち合う場所は奴の家。
今日のことは誰にも知られたくないと要望を出したところ、自分の部屋にてとのこと。
ゲートの向こうでは田中が椅子に座って待っていた。
ようやくだ、この瞬間のために随分苦労させられた。
俺は呼吸を整え投影術で姿を映しメッセージを送って筆談を始めた。
ちなみに田中側のメッセージは向こうの音波を分析し文字に起こしている。
たまに誤認することはあるが意図は伝わるので支障はない。
「久しぶりだな。と言っていいものかわからないが」
「聞きたいことがあるのでしょう。お答えします」
「ああ。早速だがなぜそう落ち着いているんだ。俺のことも知っていたような節がある」
「簡単なことですよ。あなたならきっかけがあればすぐに気づきます。そのゲート、時間軸が決まっていると思いますか?」
どういうことだ?時間軸が決まっているか?
異界同士が同じ時間で動いているわけじゃないってことか。
考えてみればそうだ。
ああ、なんとなくわかってきた。
「気づきましたか」
「別の時間軸の俺から話を聞いていたということか」
「ええ、そんなところです」
「あいまいな返事だな」
だが、そうであるなら、ああ、疑問が溢れてくる。
「お前はいつから知っていたんだ?俺が死んだ時にはすでに?」
「はい。以前のあなたが亡くなる時間と場所を教えられていました」
「助けるためか?」
「いえ。亡くなるのを確認しろ、とのことでした。確実に転生するため、死亡を見届けるよう指示がありました。それがあの場に居合わせた理由です」
「確実な転生?その方法がわかっているのか」
「詳しくはわかりませんが、肉体に保存された情報を召喚し別の体に移し替える、という方法だそうです。あなたもいずれその術を開発されるのではないでしょうか」
つまり、こいつの裏で動いていたのは俺自身だったということか。
別の時間軸の俺。
一体どれほどの未来から指示を出しているんだ。
そんなことをするくらいなら直接俺自身に言えばいいものを。
その方がよほど効率的だ。
それになぜわざわざこいつに成り行きを監督させる必要があるんだ。
こうしてゲート越しに見ればいいだけだろうに。
未来の俺が意図していることが読めない。
「お前が知っている俺は何の目的でこんなことをしているんだ?」
「さあ、わかりません。ちなみにですが、未来のあなたとは限りませんよ」
「どういうことだ?」
「可能性は無限です。並行世界と言えばわかる。そう話されているあなたもいましたよ」
「なるほど、俺は俺自身が邪魔であるかもしれないのか。だが自分の存在を消すことでその俺にももしかしたら影響が出るかもしれない。どうなるかわからないから手が出せないとかか?」
「どうでしょう。そこまでは伺っていません。色々なあなたを見ていますから、目的についてはわかりません。というより似てはいてもそれぞれの考えで行動されています。一概にこうだといえるものがありません」
「まあ、それはそうだろうな」
無限にいる俺が互いの邪魔にならないようにしている?
そんなことが可能だろうか。
今この場で他の俺が見ている可能性だってある。
それをただ黙って見ているのか?
それぞれの考えで、利害が全員一致しているなどありえんだろう。
とりあえず妨害者とその方法がわかったのはいいのだがその意図がやはり見えん。
それにこれまで考えていた俺の予想が外れたことになる。
てっきりアンが邪魔をしていたのだと思ったのだが、なら彼女の目的はなんだ?
共犯なのか、別なのか。
そうにも厄介な話になってきたな。
「他の俺の中に変わった奴はいたか?最も力を持つ者とか」
「特異性のある方ですか、そうですね。そういえば多くのあなたを見てきましたが、1人だけ明らかに違う人がいましたね」
「明らかに違う俺?なんだそれ」
「皆さんとても聡明な方なのですが、1人だけぼんやりしているような方がいて、どうもそのタイプは今のところ他にいないように思います。一人称も彼だけは僕を使っていたので、あなた以外の誰かかと思いとても驚きました。そんなはずはないと」
「そうか。特殊な個体がいるということか。気になるな。それを知っているのは他に誰がいる」
「それはわかりません。あなただけか、皆さんご存じなのか」
ふむ、ぼんくらか。
田中が全ての俺を知っているわけではないだろうが、無限に近い俺がいるのだからそういった世界線も少なからずあるのだろう。
いや待てよ。
「おい、なぜそれが俺だとわかる」
「エイゼットと名乗っていましたし、容姿は確かにあなた似でした。外見上の特徴となるものはありませんが、成人していた割にどことなく子供っぽい印象はありましたね」
「他には?並行世界については気づいていたのか?」
「いえ、あの様子では気づいてはいないでしょう。彼は、ご自身の死因を受け入れられずにいました。あなた方のこと遠回しに示唆したのですがどうも耳に入っていなかったようです。私は諦めてその場を離れました。以降お会いすることもありませんでしたのでそれ以外のことは何も」
「わかった。その他何か有用そうなことを知っていれば教え」
そこまで書き起こしたところで背後に気配を感じた。
次回「シュールな場面がそぐわない -6」