シュールな場面がそぐわない - 1
【前回までのあらすじ】
記憶の主、研究者への道
それなりに成果を収めていないと入所は認められない。
というのが研究所から届いた手紙の内容だった。
何かしらの学位がないとだめらしい。
仕方がないから異界の知識を持っている、という旨の主張を返信。
さらに研究所に赴いて例のスマホや異界の知識について色々論じてみた。
おかげで事務兼見習い研究員として採用が決定。
ある程度は思惑通りに進んだ。
これで実家暮らしも終わりだ。
父親は俺に対して大して関心を持っていない。
俺の進路に指図しないだけましか。
ここで決別するため給与が入り次第荷物をまとめて家を出てやる。
白衣を着てからあっという間に時間は流れた。
入所からもうだいぶ経つ。
事務兼見習い研究員という立場から、そう間もなく研究員として扱われ今では主任だ。
ここまでこれたことに驚きはない。
そうなるよう努力したし十分成果も出したからだ。
異界の調査において、一部の異界に特化しているものの他の世界を知っているということは強みとして存分に活かすことが出来た。
この世界の常識から外れたモノへの理解が早い、そういったところから周囲を追い越していけたというのは当初の目論見通りでもある。
ここまでは上手くいっている。
そして肝心の記憶の調査。
異界調査中に何度か記憶の世界、異界No.1-26へアクセスしたおかげで後輩を見つけ出すことには成功している。
奴の名前は田中、割とありふれた名だ。
現在も企業務めは相変わらずだが家庭を持ったようだ。
お互いの時間の流れを感じさせられた。
目的の達成には当時の状況を知る田中と話す必要がある。
だが肝心のコミュニケーション方法がない。
そこで開発を進めているのが対象世界に直接影響を与える干渉術という名の術だ。
いま俺はこの術の開発に多くの時間をかけている。
魔法は未だ不可解な部分が多い。
しかし不思議とこちらが定めたルールにのっとって発動する。
不確定な要素が少なくないのは不安だがこの世界の住人はあまりそのことに疑問を抱いていない。
能天気というわけではなく魔法が当たり前すぎて疑問を感じにくいようだ。
あって当たり前なことに疑問を抱きだしたのが近代ということらしい。
魔法の研究が盛んになっている時代。
こういったところも俺が成果をあげられた要因だな。
この記憶には感謝している。
だが、もちろん全ての人が鈍いわけではない。
賢い人は決して少なくはないし、この研究所にも天才と名高い人がいる。
彼女の名前はアン。
同年らしいのだが、俺がこの研究所に来た時にはすでに主要な研究員として働いていた。
理知的な雰囲気から感じる冷たさよりもどこか思いつめたような形相を見せることが印象に残っている。
なんとなくだがその悲壮感は何かの使命を果たせないがために焦燥感を抱いているかのようだ。
彼女の論文を読んだことがあるが転移学に対してどことなく否定的な印象を感じさせる内容だった。
そして俺が進めている新術開発においてもプロジェクトの立案時から反対の姿勢を見せた。
てっきり画期的な術だから嫉妬でもしているのかと思っていたのだが、最近そうではないという気がしている。
立案時のプレゼンでの反論も俺個人というよりは術に関して危険性があるということだったし。
あれは何というか、何か彼女の中にあるテーマに抵触してしまった感じだ。
アンの知見は参考になる。
一体何を求めているのか。
それがわからないと迂闊に話題を振れない。
やれやれ、出来れば仲良くしておきたいものだ。
干渉術は次第に完成へと向かっている。
協力してくれる研究職員たちのおかげだ。
じきにテストが行われるから目的が果たされるのも遠くない。
田中と話すにあたりどうアプローチするのかそろそろ考えておこう。
まずは初接触時。
五感の中で伝えられるのは視覚、触覚、聴覚だ。
全てモノを操作する際に生じる情報。
効果的なのは視覚、場合によっては触覚か。
聴覚は音声ではなく物体操作時の衝突音などのため会話では使えない。
何を見せるか。
意思を伝えるには当然文字がいい。
何かに文字を書くとしてどう見せるかによってその後の展開が変わる。
ふーむ、怯えさせないようするにはどうしたらいいだろうか。
いや、いっそ恐怖で固まらせるか。
その方が言いなりにできるし何より簡単だ。
よし、その方向で進めよう。
そうなると見えない恐怖だな。
候補から外した聴覚で攻めるのがいいか。
少し楽しくなってきた。
次回「シュールな場面がそぐわない - 2」