世界の落差が半端ない - 1
【前回までのあらすじ】
世界に希望を見出すアンを見て自身の使命が何であるのかを悟る
あの日、白衣ではなく彼女を掴めたらよかった。
でも俺は掴めなかったのだ。
もっと早く動き出せていればと繰り返し考えたが、走り出した彼女をすぐに追わなかったのは他でもないこの俺なのだ。
だがあの時不自然に体が動いた気がした。
どこかの誰かが俺に干渉したのだろうか。
見ていたならそんなことをせず、そもそも彼女を捕まえてくれたらよかったのに。
いや、そもそもという話しでいえば怯えさせるような事をさせなければいいんだ。
役に立たんお節介め。
俺は転移術との向き合い方を考えた。
何をしても結局、過去を変えることはできなかった。
その先にあるこの世界の未来を変えることはできない。
運命とは定まっているものなのだろうか。
俺は疑問に思う、本当にそうだろうかと。
ゲートの向こうには過去の世界がある。
過去の世界は当然この現在と同じ構成で作られている。
なら簡単なことだ。
今にないならそこから持ってくればいい。
そう、とても簡単な話だったのだ。
「アン、気分はどうだい?」
椅子に座っているアンに声をかける。
今日も返事はない。
意識はあるようなのだが彼女の精神はどこかに行ってしまったかのように呆けている。
だが生きている。
窓から落ちた彼女からすると未来にあたる俺がこちらに持ってきたのだ。
召喚術のおかげといえる。
まあ、何度か失敗して落としてしまったが無事こうして救うことが出来たのだから問題はない。
しかしこちらに持ってきてから一度もしゃべっていない。
とりあえず機械につないで人工的に生かし続けてはいるが。
ああ、早く良くなってほしい。
きっと辛い想いをしたせいで気が変になってしまったのだ。
病人には果物がいいという。
いつ意識が戻ってもいいようにいくつか持ってきていた。
こうやってナイフで果実を切り裂いていくのはなんだか気分が落ちつくな。
早く良くなってくれたまえ。
待ち遠しいよ。
もしかしたら本当に精神と呼ぶべきものがないのかもしれない。
精神とは何か。
抽象的な話はあまり好きではない。
該当するものがあるとするなら、その人の根源に値するもの。
それを作るとしたら身体に蓄積された記録、記憶が必要だと考えている。
アンにはそれが欠けてしまっているように見える。
身体だけを召喚してしまったのだろうか。
意識が戻っても精神に当たるものがなければ動くことはないのかもしれない。
身体があり意識もあるのだが、どうにも人間らしい動きを見せないのはきっとそのせいではないのか。
精神に該当する何かがない。
ではどうすればいいか。
これも簡単だ。
ふふ、ここにないなら取ってくればいい。
手元に無いなら用意すればいいのだ。
彼女が懸念した通りこの力があれば世界を自由に扱える。
さて、なるべく窓から落ちた後の時間で持ってきたい。
時間が古すぎるとさすがに記憶に齟齬が出て混乱するだろうし、何より俺のことを知らないようでは困る。
人間にとっての記録デバイス、つまり肉体はここにある。
それなら向こうのアンの知覚をこちらの肉体に紐づけ、逆に向こうの肉体の知覚を閉ざしてしまえばいい。
そうすればここにいるアンが目を覚ますかもしれない。
俺は召喚術と転送術、そして干渉術の応用でこれは可能と考えている。
ゲートの開通と同じ要領で転移術により2つの意識をつなぎ干渉術でこちらの身体が自分のものと錯覚させることで知覚をこちらに紐づける。
一瞬でもいい。
こちらの体に意識が紐づけば、後はおのずと動くはずだ。
向こうの方は、どのみち落ちて果てるのだからどうなろうと変わりはない。
今この時こそが大切なのだから。
果たして成功するだろうか。
何度かやってみたがどうにも上手くいかない。
原因は彼女の知覚をこの体に結び付けるところで問題が起きていると思われる。
さてどうしたものか。
向こうの彼女を持ってくれば早いのだが、もし同じことになっては意味がないし、何よりこの技術は今後も活用できそうだからここで確立させておきたい。
時間はある。
じっくり取り組めばいい。
次回「世界の落差が半端ない - 2」




