ハートは作らないはずだった - 5
【前回までの亜あらすじ】
平行世界の調査を行う中、どこか明るい世界を見つける
並行世界に気づき調査を始めてから数年が経過していた。
アンは異界の魔法と並行世界について調べ、俺は発現過程にある魔法の消失をテーマに研究を続けた。
研究所から不信な目で見られていた件を懸念し、研究所へ貢献かつ俺たちに都合がいいプロジェクトを立ち上げたのだ。
研究室にこもっていた理由について2人でテーマを模索していたという言い訳で何とか押し通し、他にも手をまわして色々対応した結果、完全とは言い難いが次第に信頼は取り戻せていった。
俺は魔法を発動しようとして失敗に終わるケースが散見されることに注目した。
目標としている魔法の消滅において参考になると考え、魔法の不発を類似する現象と仮定しこれをテーマにしたのだ。
原因はまだ特定されていない。
この分野はまだあまり深彫りされていないことも要因だ。
現代魔法はその用途の幅を広げることに重きを置いている。
つまりまだ魔法は全体的に発展途上、活発であっても未熟さがある。
魔法を打ち消す研究は少なくとも表向きには行われていない。
そのため資料が乏しく、学会が保有するデータで使えそうなものはこの魔法の不発という現象に類するものだけだった。
この方向で問題はないはずだ。
魔法が発現しなかったという現象を突き詰めれば相殺する方法につながると考えている。
しかし、まだ成果と言えるほどのモノは何もない。
アンの方も似たいような状況らしい。
彼女のチームの調査は主に異界のデータ回収と分析だ。
異界の魔法に対し調査を行い、その定義をまとめている。
異界ごとで違う法則に従う力は別物なのか。
異界に対して魔法を行使しているこの転移術はなぜ有効なのか。
観察からしかその過程を知ることが出来ないので難航しているらしい。
いっそ異界に行けたらいいのに、とアンはよく言っているそうだ。
それとは別で並行世界の対魔法研究に関してはアンが単独で調査を行っている。
並行世界があるという事実を広めるのは危険だからチームでは取り扱わないと決めた。
こちらについてはまるで上手くいっていない。
同じようなことを研究している人物を探しているのだが未だ見つからない。
手掛かりさえないのだ。
まぁおかげで良かったということもある。
「同じ世界だから構成物質も一緒、だからもし見つけたら異界と違って向こうに行ってもよさそうね」
とアンは危険なことを言っていたのだが、どうやらそうなることはしばらくはなさそうだ。
同じ世界とは言い切れないのだから危険なのに、彼女は時々妙にアクティブになる。
困ったものだ。
とはいえ発見がなかったわけではない。
並行世界を見てきたアンは調べていく中で特異な世界があることに気づいたのだ。
そう、あのバカっぽいエイゼットがいた世界である。
あの世界をアンは明るいと言っていたが、どことなく朗らかな印象を受けたのはきっとあのアホのせいなのだろう。
だがアンはそんな世界を羨んでいた。
見ていると何となく安心できるのだという。
アンはあの世界のことを明の世界と呼んだ。
そうしてお気に入りの世界を眺めている内にあの世界だけ違うことに気づいたらしい。
他の平行世界には出てこなかった人物が幾人かいる。
そしてそれはエイゼットを中心としている。
何より複数の世界の経過観察を行った結果、世界は些細なことで分岐しそれらは重なることはないという結論に達し始めたアンだったが、明の世界だけが一本の線になっているのではないかと仮説を立てている。
一本線といっても分岐点はある。
しかし細かく見ていると自分たちの世界は無限に枝分かれしているのに明の世界はどれだけ分かれても必ず本流に結び付く。
どんな流れになったとしても必ず行きつくところは同じとなる。
明の世界の運命は定められており、自分たちの世界とは違い独立した平行世界なのだと彼女は言う。
それは果たして並行世界といえるのだろうか?
何をしても行きつくところは等しいとするならば、それは作られたかのような世界であり自由がないことになる。
あの世界でそんな在り方を知ったら、それこそ俺はいつかの彼女同様に自害を選ぶかもしれない。
人形劇の演者になどなりたくはない。
もしこの世界も、いや、これは考えないようにしよう。
しかし今の俺には自由の有無より大切なものがある。
そうなのだ。
そう、それを思えば。
ふん、演者だとしても問題などないさ。
次回「 ハートは作らないはずだった - 6」