ハートは作らないはずだった - 4
【前回までのあらすじ】
アンの身を案じ、そして平行世界の調査を提案する
翌日、俺は研究所にかなり早く来ていた。
アンは来るだろうか。
心配でいても立ってもいられない。
不安だ。
もしかするとあの異界のアンはいつもこんな気持ちを抱えて生きていたのもしれない。
それはとても辛いことだろう。
彼女の想いは、今の俺には何となく理解できる。
そわそわしていると足音が聞こえた。
近づいてくる。
凝視しているとアンの姿が見えた。
よかった、本当によかった。
「おはよう、アン」
「おはよう。本当にお早いのね。準備しておいてくれたのかしら?」
「もちろん。いつでも始められる」
「結構なことね。他の研究員達が噂していた」
「俺たちのことを?」
「何やら怪しい研究を行っているって。さっき聞こえてきた」
「ここ最近仕事を押し付けてずっと異界を観察していたからな。まあ、残念ながら間違ってはいない。魔法の発展を研究しているところで魔法の消滅を目指しているんだ。たしかに研究所の方針に合わない怪しい研究をしている」
「そうね。邪魔されないといいけど」
「しばらくは問題ないはずだ。だが手は打っておこう」
また召喚ゲートを開き並行世界と思わしき異界を渡っていく。
どうも世界の多様性というものは本当に際限がないらしく、多種多様な自分を見ていると自分とは何者なのかと考えずにはいられなくなる。
俺たちのベースはみんな一緒だ。
頭がいい、嬉しいことに例外なくこれは一致している。
そしてなぜか全員研究者でもある。
家族構成も、どの段階で両親が死亡しているかという違い位でほぼ一致だ。
しかし人間性は一貫していない。
人類の在り様を一覧にして見ているかのような多彩さ、と言ってはさすがに過言か。
だが人と関わることを良しとする自分もいれば、かつての俺のように孤立したやつもいる。
倫理観もそうだ。
善意か悪意どちらの性質をもつか、そこまで明確ではないにしても世界ごとで違う。
ちょっとしたことで人間性は簡単に、そして大きく変わってしまうのだろう。
同じ自分を保つことなどそうそうできるものではないのだ。
そう思い知らされる。
けれど人間性を一定に保つ必要性は感じないから問題ないか。
基本的に変化しないモノの価値は下がるものだから変われることを喜ぼう。
世界の基準が自分ならまだしもそうではないのだ。
互いの基準を照らし合わせ世界は作られていく。
まあ、変わるからこそ変化を恐れ不変のものに価値を見出すということもあるか。
とりあえず、多様性があることはいいこととしておこう。
今はそれでい。
数日かけても思うような世界に行きつけない。
俺は焦りだしていた。
こんなにも忍耐力がないとは実に情けない。
対してアンは落ち着いている。
いや、そう見せているだけかもしれない。
アンは今の状況をどう思っているのだろうか。
いつもの冷静さを秘めた眼差しからは抱える絶望も希望も見抜くことはできそうになかった。
「あれ。ねえこの世界、並行世界よね。どう思う?」
「どうと言われても、うーん。特に何も。俺にはこれまでと同じように見えるよ」
「そうかしら。なんというか、うまく言えないけどなんだか明るい感じがする」
「明るい感じって、晴れているからじゃないかな」
「そうじゃなくて。なんて表現したらいいのかしら。まあいいか。あら、あそこにいるのって私ね。隣にいるのは、あれは誰?」
「さあ、研究員の誰かだと思うけど。気になることでもあった?」
「何かが引っかかって。何かしら。さっきからもどかしいわね。うーん。そうかあの子、なんだかあなたに似てないかな」
「いや、似ていないでしょ。たくさんの俺を見てきたけれどあんな間抜けそうな俺1人もいなかったよ。違う人さ」
「でも、ほら。首から下げてる入館証、エイゼットって書いてある」
「ほんとだ」
うそだろ?
まじか?
冗談だろ?
あんな馬鹿そうなのが俺?
信じられん。
あれが俺?
ええい、なんかもう見るに堪えんな。
すごくもやもやする。
そうだ、この世界消せないかな。
魔法の根源を消す練習とか言っておけばいいだろう、アンも納得する。
この新たな研究課題目指して頑張ろう。
ナイスアイデア、さすが俺。
あんなボンクラ別人さ。
「アン、ちょっと提案があるんだが」
「何?突然」
「魔法の根源をどうにかするには世界丸ごと消去しないといけないかもしれない。だからさ、今見てるこの世界で練習してみないか」
「エイゼット、あれはあなたよ。現実を受け入れなさい」
「きっとあれは同名の別人さ。ね、消そう、この世界」
「却下」
「なぜだ」
「当たり前でしょ。そういうことする人を私は警戒してるのに。あなたの提案を呑んだら本末転倒じゃない。まったく」
「そういえばそうだったか。なら、仕方がない、か。ごもっともだ」
「はぁ、しっかりしなさい」
「でもその方法を知ることが対策を練るきっかけになるかもしれないじゃないか。だから」
「さすがに怒るわよ?」
こわい。
さっきとはうって変わって冷静な眼差しに怒りを見て取ることが出来た。
やめておこう。
ああ、あれが俺か。
現実とは酷いものだ。
知性が乏しいとはなんとむごい。
せめて何かしてやれないだろうか。
そうだ、もう一度転生させてあげよう。
バカは死ななきゃ治らないというし。
転生の方法はわからんが一度できたならもう一度できるだろう。
名案だ。
「なあ、アン」
「あの世界に干渉するようなことを言ったらあなたを未知の異界へ飛ばすわよ?」
「あぁ、えーっと、ははっ、そんなこと言わないよ、もちろん。いやその、そろそろ休憩にしないか?」
「そうね。そうしましょう」
「じゃあどこか、そうだカフェにでも行こう。暗い部屋にこもってばかりいると気が滅入ってくるからね。いいかな?」
「ええ」
「よし、さてどこに行こうか。アンが気に入ってくれそうなところがいいよな」
「あなたと向こうの子、やっぱり似てると思う」
「え?何か言った?」
「何でもないわ。行きましょう」
次回「 ハートは作らないはずだった - 5」