ハートは作らないはずだった - 3
【前回までのあらすじ】
行き着いた異界でアンの狂気を目の当たりにする
機材から離れ、飲み物を口にして一息つくことにした。
「きっと、あれは私が世界に恐怖した姿なんだと思う。以前考えたことがあるの。もしルールを無視してみんなが魔法を使い出したらって。世界は荒れる。序列が出来て何かしらの秩序は出来るでしょうけど、今より暴力的な世界になるのはわかりきってる。むしろどうして今そうならないのか不思議なほど。彼女はそんな世界に恐怖して正気を失ったのかもしれない」
「暗くて表情までは見えなかったが思いつめた様子は感じ取れたからそうなのかもしれないな。アン、大丈夫かい?」
「どうかしら。自分が死ぬところを見るなんて沢山ある世界でも私だけじゃないかな。どう処理したらいいのか、まだ混乱してる」
「その点については前例がいるよ。目の前に。俺も自分の死んだ姿をこの目で見たからね」
「ふふふ、そういえばそう言ってたわね。私には彼女の絶望がわかる。自分自身だもの、当然ね。走り出した時にどうするつもりか何となくわかった。何か、絶望的な何かをゲートの向こうに見たのかもしれない。そして彼女は決断した。死にたくないから抗っていたのに、その方がましだと判断してしまった。あの決断を見た私は今後どうしたらいいんだろうって考えると、わからなくて苦しくなる」
「じっくり考えればいいさ。この件について急いで結論を出すのはとても危険だ」
「そう、ね」
俺は慌てていた。
彼女以上に混乱しているかもしれない。
もし目の前にいるこの人が同じ道をたどってしまったら、と。
そう考えると落ち着いていられなくなる。
なんとかしないと。
どうする?
そうだ、彼女の自害の原因が魔法の存在にあるのだからアプローチするならそれだ。
だからとりあえず方針は変えない。
魔法の対抗手段を探そう。
並行世界があるなら俺たちと同じことを考えた世界があるはずだ。
異界からではなくその世界の研究成果を活かせばいい。
安易な考えだと頭をよぎったが、気にせず俺はアンに話を持ち掛けた。
「なあ、アン。もっと並行世界を見てみないか。同じ世界の研究成果の中に魔法の対抗手段があるかもしれない。俺たちと同じ考えを持った誰かがいる世界はきっとある。そこに可能性はあるはずだ」
「なるほどね。平行世界を参考にするのはいいと思う」
「うん、決まりだな。今日のところはもう止めておこうか。疲れているだろう?日を改めてから一緒に取り組もうじゃないか」
「あなた、随分変わったわね。他人に気を使うような人だったかしら」
「俺は、俺は元から実はこういう風だったさ。ただ、人に知られる機会がなかっただけで」
「そう。そういうことにしておきましょうか。じゃあ明日」
「ああ。なあ、アン。変な気を起こさないようにな。きっと大丈夫だから」
「ええ、わかってる。大丈夫。ありがとう」
次回「 ハートは作らないはずだった - 4」