ハートは作らないはずだった - 2
【前回までのあらすじ】
数多の世界を渡り、行き着いた世界はまるで
ゲート越しに見えるこの部屋、あの2人。
まるで、まるで。
「ねえ、エイゼット。気のせいかもしれないけどこの場所、というかあの2人、私たちに似てない?」
「俺もそう思っていた。あの2人が見ているのはゲートじゃないか?もしかして過去のこの世界にアクセスしてしまったか」
「でもこんな状況記憶にないわよ。前例はないけれど偶発的に未来にアクセスした?それにしては異常値も特にない。機材はいつも通りに稼働している。向こうに時間を特定できそうなものはないわね。あの2人の感じからそれほど離れた時間軸を見ているわけではなさそうだけど。そういえば向こうの私たち、どこか雰囲気が違う気がする。なんというか、私であって私じゃないような妙な感じ。例えば、自分だけど自分では人間がいる世界。ねえ、まさかこの世界って、並行世界なんじゃ」
「並行世界か。考えてみれば十分ありうるな。なぜ思いつかなかったのか」
「そうね。待って、並行世界があるなら私たちのたどる道は変えられないんじゃ」
「えっと、過去を変えても今いる世界に結び付くとは限らないってことかい?それは、そうかもしれないが」
「ちょ、ちょっと、あれ私よね。なんで急いで窓に向かってるの?なんだか嫌な予感がする。エイゼット、お願い何とかして、お願い」
向こうのアンが窓を開けよじ登る。
そばにいる俺は動かない。
バカが、なんで動かない。
仕方がない、干渉術で背中を押してやるか。
何とか間に合えよ。
俺は起動させて待機中だった干渉術を異界の俺に向けて使った。
身体を操作して、というよりほとんど放り投げるように。
身体を持ち上げるだけならまだしも走らせるなんて芸当はさすがに難しい。
だがうまいこと彼は自走してくれた。
よし、間に合ってくれ。
あ、考えてみれば向こうのアンに干渉術を使えば早かったか。
まあ今更だな。
再起動までの時間はさすがにない。
もう一度ここに繋げられるかもわからない。
繋げたところでこの世界線はもう、変わらないかもしれない。
アンは窓から飛び降りる段階だ。
高さはどのくらいだろうか。
彼は走り寄って手を伸ばす。
アンが身を投げ出した。
だが彼はアンの白衣、その襟首を掴むことに成功した。
間を置かずに自分の方へと無理やり引き寄せた。
よかった、助けられた。
よかった。
そう思ったのは間違いだった。
彼女は腕を伸ばして掴まれた白衣を脱いでしまった。
重さを失った反動で彼は白衣を手にしたまま後退する。
彼も、俺も、隣にいるアンも、みんな凍り付いて動けなくった。
彼女の姿はない。
落ちたのだ。
おそらく同じ研究所の研究室、ここは到底助かる見込みがないほどの高い位置にある。
さすがにこれは。
自分がよく知る人物の自殺を見ることになるとは。
それも最愛の人の。
白衣を持ったまま彼は微動だにしない。
窓の下は見ようとせず、そのうち座り込んでそのまま動かなくなった。
そばにいるアンが心配になって見ると、目を強く閉じて痛みを我慢するようにうつむいていた。
少し呼吸が荒れている。
「アン、大丈夫かい?ゲートは一旦閉じよう。いいね?」
「ええ、お願い」
次回「 ハートは作らないはずだった - 3」