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俺、走りたまえよ - 3

【前回までのあらすじ】

アンに協力することを決め過激な実験を開始する

 魔法の創始者である魔王の物語は広く知られている。

なんせ学校の教科書にさえ載っているのだから。


 魔王誕生。

ある森に狩人がいた。

その名の通り狩りを生業としていた。

彼には弟がいる。

弟は耕作を得意とし、2人で共に山のふもとで生活をしていた。

 ある日のこと。

彼は狩りのため森に入ると間もなく天候が崩れ大雨に襲われた。

どこか雨がしのげるところを探す内に森の奥へと入りこんでしまう。

そこで大きな獣に遭遇し襲われ、武器を失いながらも必死に抗うが追い詰められる。

武器になるものを探し、ふと獣の足元にある頭ほどの岩に意識が向いた。

あれを打ちつけることができたなら。

そう思う狩人だがしかし距離があり届きそうにない。

そして襲いかかる獣。

狩人は最後の瞬間を意識し、せめて死ぬ前にあの岩をぶつけてやれたらと恨みをこめ念じた。

するとそのイメージが具現し獣めがけて岩が飛んでいく。

獣は突然のことで動揺し足が止まる。

狩人は先ほどの感覚を必死に思い出しながら獣が動かなくなるまで岩をぶつけ続けた。

 雨が止み彼は無事に家にたどり着く。

そして狩りの収穫に加え新たに得た力を弟に見せた。

その力を弟が同じように使えないか試したものの一向に発現する気配はなく彼は落胆した。

 彼はたまに近くの集落へ赴くことがあり暇つぶしに子供らへ力を見せた。

その力に憧れ真似を始めた子供たちにわずかだが素養を見せる者がいた。

次第に力を増していった彼はその子供たちを率い新たに得た力で近隣の町を襲い始める。

更には周辺を治めていた国と争いを始めた。

それは戦争と呼ぶに相応しい激しい戦いであった。

 だが戦争は長くは続かなかった。

国は崩れたが狩人も無事では済まず共倒れとなり戦いは終わった。

それが魔法の創始者と呼ばれる者の末路。

人々は彼の力を悪しき魔性の法則、魔法と名付けた。

そしてそれを操った彼のことを魔性の王、魔王と呼んだ。

 魔王のもとにいたわずかな生き残りはその力を戦の場で活かしながら世界をめぐり、そうして魔法は次第に広まっていった。


 この話でいつも疑問に思うのは世界はなぜ突然魔法に目覚めたのか。

世界は動き続けている。

狩人が念じたことなどどこかの誰かがやっていそうなものだ

なのになぜ彼なのか。

これは大事なところだ。

素養があるモノが他にいればそれを全て排除しなければならないからだ。

実際魔王の登場から今では当たり前のように行使されている。

誰でも使える力だ。

魔力が世界に宿ったのはいつなのか。

始めからか?

何かきっかけがあったのか。

原因はなんだ?

なぜこの世界には魔法があって俺がいた世界にはなかったのか。

本当になかったのだろうか?

結局何もわからない。


 魔王を殺してダメならどうする。

何か他に方法があるだろうか。

だめだ、やはり今は考えても答えがでない。

できることをやるしかないか。

不意に、アンがさっき言いかけた言葉の続きが気になった。

言おうとしたのは、魔法に目覚めたきっかけについてだろうか。

いや、まさかな。


 俺は過去へ繋がる召喚ゲートを開いた。

目的の時間と場所に行きつくのに何度も失敗したが日が登る前になんとか行き着いた。

魔王の姿がわからないため手間がかかる方法を取るしかなかったのだ。

俺は史実の逆行、歴史に残る悪行から辿り魔王を特定した。

魔王はゲートから少し離れたところにいる。

かなり強く雨風が吹いている。

ゲート越しに見るこちらとしても視界が悪いほどに。

魔王の話は色々脚色されているのだと思っていたがどうやら嵐は本当だったようだ。

彼は崖沿いの細い道を慎重に歩いている。

道に迷ったのだろう。

崖から落とせば容易く目的を達成できる。


 俺とアンは同時にお互いを見た。

彼女はうつむくようにうなずき目を強く閉じた。

俺は魔王の足場に向けて干渉術を使い道を崩した。

目論見通り、魔王は崖下へ落ちていった。

魔王は一向に動く気配を見せず、俺たちの目的は達成された。

過去を変えたのだ。

だが、召喚ゲートが消失する気配はなく、未だこの世界に魔法が健在であることを示していた。


 アンは落胆していた。

この世界はまったくと言っていいほど変わっていない。

探せば何かあるのかもしれない。

だがこうなることはわかっていた。

だからだろう。

彼女は身体を支えきれなくなったかのように近くの棚に寄りかかり座り込む。

「そうよ。わかっていた。きっと何も変わらないって。私たちの過去は、歴史はもう出来上がっている。どうやったって変えられない。別の分岐世界ができただけ。わかっていたのよ、はじめから。でももしかしたらって」

「アン、まだ諦めなくてもいいだろう。もしかしたら魔王以外にも魔法の始祖になるような素養ある人がいたのかもしれない」

「そうかもしれない。でもね、魔王がいなくなった世界に魔法という概念を植え付けたのは他でもない私たちなのかもしれない。この干渉術を使ったことが世界に魔法の概念を与えた。つまり何をやってもどうにもならない」


 彼女は疲れ切っていた。

さっきまで見せていた気力はもう残っていないようだ。

いや、始めから結果はわかっていたのだ。

あれは覚悟を決めたからこそ意思を強く保てたのかもしれない。


 俺はアンに近づこうとした。

その時だ。

アンがもたれている棚から器具が詰まった箱が動き出した。

あまりにも不自然な事象に驚きながらも俺は叫んだ。

「アン」

だがとっさに口から出たのは名前だけだった。


 彼女は俺を見ずうなだれていた。

だが真横に重量のある器具が落ち重く鈍い音が散らかると頭を抱えうめくように悲鳴を上げた。

「やっぱり、やっぱり私を見ている。無駄なあがきだと笑っているのよ。もういや、もう耐えられない。もう、もう、そうよ、なぶり殺しにされるくらいならいっそ、自分で」

彼女は窓に駆け寄ると一気に開きよじ登る。

ここは研究所の最上階に近い部屋だ。

躊躇したのか動きが止まった。

それでいい、やめてくれ、たのむ。

アンを止めたいのになぜだか声が出せなかった。

自分の感覚がよくわからないほど混乱している。

思考が止まったように感じたが俺の体は素早く動いていた。

まるで自分の体ではないかのように動き出した俺はその勢いで走り出した。


 そして窓から身を乗り出した彼女に手を伸ばした。

次回「 ハートは作らないはずだった - 1」

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