俺、走りたまえよ - 1
【前回までのあらすじ】
妨害者と対峙、その意図を暴こうとする
「アン、どうしてなんだ。なぜ俺の邪魔をするんだ。君は俺に協力してくれていただろう。ずっと一緒に」
「そばにいればあなたが何をしようとしてたのかすぐにわかる。だからよ。エイゼット、召喚術の研究はもうやめなさい。これ以上は見過ごせない」
「見過ごせないって、なんでだ。どんな問題があるっていうんだ」
「召喚術の危険性はあなただってわかっているでしょ。この術が研究されていけば世界のあらゆる場所にアクセスできる。越えるのは空間だけじゃない、時間だって越えられる。過去も未来も、異界さえ、次元さえも。安全な場所はなくなるのよ?そうなったらみんな安心して生きていけなくなる。常にテロの脅威にさらされて生きていくなんてまともな人間の精神では到底もたない。いずれ術の応酬が始まって殺し合いになる」
「そうはいっても術の発展は時間の問題だ。だったらしっかり研究して理解を深めた方が対処もできるし安全性を確保できるかもしれない。この話は以前にもしただろう。時間を超越できるなら未来からすでに干渉を受けているはずだ。だがこの世界も異界も無事なまま。アン、君は何が不安なんだ?」
「何がって、それは、それはその」
彼女にしては珍しく言いよどんでいる。
そんなに言いにくいことなのだろうか。
「教えてくれ。ちゃんと聞くから」
「信じてくれるわけない。でも、そうね。話すわ。昔から、小さいころから不自然なことが身の回りで起きていたのよ。私の頭上に物が落ちてきたかと思えばそれが急に軌道を変えることもあった。最初は周りの誰かが魔法を使ったのだと思ったの。本来は違法だけれど偶発的に行使してしまうこともある。それでとっさに私に当たらないようにしてくれたんだと。だけど違った。だって周りには誰もいなかったんだから。私が体験したことの中には、周囲の人間による魔法ではないことが明白な事象が他にもあった」
「本当に誰もいなかったんだな?」
「ええ、いなかったのよ。やっぱり信じてくれないのね」
「すまない、何か他に気になるものもなかったのかと思って」
「そう。なかったわ、なかったの。だからずっと怖かったのよ。例えば私が無意識に魔法を使っていたならまだよかった。だけどあれは自分ではない誰か、それも視認できない長距離から使用された術。この研究を始めたのだってその真相を知りたかったからよ。私たちが異界に行けるのであれば向こうだってこちらに干渉できる。もしかしたら異界へ干渉した私たちを追ってきた存在がいるのかもしれない。私たちを追って。逆に私たちが知らずに追ってしまったのかもしれないけど、そんなことはどっちでもいい。ただ、怖いの。あなたが作った干渉術はまさにそれそのもの。そもそも魔法自体危険性の高いものだけれど、一応国が監督している。街にだって監視役はいたるところに常駐している。だけど私の知るあの力はそんな監視網を容易く越えて好き勝手出来ている。対策なんてしようがないじゃない。もう、どうすればいいのかわからないのよ。ただ怖いの」
アンの言っていることは間違ってはいない。
確かに彼女が例に出した現象を説明できる術でもある。
彼女の気持ちを汲んでやりたい。
だけど、ここで俺が術の研究を止めたところでいずれは誰かがやることだ。
どうすれば彼女を説得できる?どういえば彼女は俺の妨害をやめてくれるんだ。
諦めるしかないのか。
俺は何を優先したい。
それがとるべき行動の答えだ。
次回「俺、走りたまえよ - 2」