丸く治ってるのを外から見るとイラッとしたりする
学校が終わった頃、俺は組織の拠点の一つである港の倉庫街に訪れていた。
「ようやく来たわね」
「凛花さん……」
そう、俺は自転車の件の報酬となっていた、事前準備1ヶ月分の働きをするために放課後の時間を悪事に費やすのである。
「で、一体今回の事前準備は何をするつもりなんですか?」
「まずは銃火器と弾丸とかの製造ね」
「ちょいちょい……銃火器ってマジで言ってます?」
「当たり前じゃない、この前の花火で火薬の取り扱いは慣れたでしょう。今回はヒーローとの直接対決の時に使う決戦兵器シリーズを制作してもらうわ」
「この歳で無免許での火薬取り扱いどころか銃火器の製造にまで手を染めるのか……」
「悪の組織の一員のくせに今頃何言ってんのよ……さっさと始めなさい」
「って言われても……」
「欲しい弾はマシンガン用とランチャー用の2種類。本体に関しては本部に設計図を作ってもらったからこれを元に作りなさい。終わったら発煙弾や閃光弾なんかの小物も用意してもらうわ」
「へいへい……材料はきっちり整ってるって訳ですね……」
細かい部品自体は支給されているから本体を組み上げるのは1日もかからないだろう……が、あまり早く組み立てると持ち運びと保管時の偽装が困難になるか……
「まずは弾丸の量産からコツコツ始めますわ」
「そう、好きになさい。じゃあ、刹那ちゃんこっちは任せたわよ」
「え、凛花さんはどこいくんですか?」
「本部に新しいコスチュームを作りにいくの」
「……マジで言ってます?」
「なんか文句でもある訳?」
「い……いや、何もないです」
「よろしい」
それから俺は放課後になれば倉庫街に通い銃弾の製造に力を入れた。
もちろん万が一倉庫を探られた時のために偽装工作も入念に行っている。
気の遠くなるほどの量を制作し、日常生活を送っていても、自然と銃弾を製作する手の動きを取ってしまうほど作業に慣れてしまっていた。
「いやー……シャー芯を詰める時からおにぎりを握る時から全部弾を作る動きになってしまうとは思わなかったぜ……」
おかげで1週間で1回の作戦ではとても使いきれないほどの膨大な数の弾丸と銃器の本体を制作することが出来た。
「あんた……意外なところで意外な才能を発揮するわよね……」
「それって褒められてるんですかね?」
「まぁ、感心はしてるわ……ここまで順調に進むと思ってなかったし」
「そりゃどうも……あとは何をするんです?」
「時間もあることだし、妨害工作のためのトラップも作ってもらおうかしら」
「トラップ……ですか」
「ヒーローとの戦闘が長引けば必ず警察が数にものを言わせて囲んでくるわよね?」
「まぁ、奴ら連携が生きがい見たいなもんですからね」
「だから、戦闘中にわらわら湧いてくる警察に嫌がらせができるトラップが欲しいのよ」
「そんな不快害虫を駆除したいみたいな言い方……」
「うふふ、あの時のいかつい野郎……どんな目に合わせてやろうかしら……」
どうやら凛花さんは東署で受けた借りを次の作戦で返したいらしい……
というか特定個人なんていくら警察といえども応援で来るかもわからんだろうに……
「倒すというよりは……足止めがメインなんですかね?」
「そうね、そして恥辱に塗れた姿を市民に見せつけられるようなものなら尚良いわ」
「……それはそれで面白そうですね」
「やるなら徹底的に、中途半端はNGよ」
「……了解しました!」
「刹那ちゃんのそういうところにワクワクする小悪党みたいなところは嫌いじゃないわよ」
「ふふふ……見ていてください!足止めしつつグッチョグチョのネッチャネチャの冷え冷えにして見せます」
「……期待してるわ」
ふふふ……徹底的に遊んでやるとしよう
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作戦の準備は準備としてしっかり平日の放課後に取り組んでいるが、それはさておき土日が来れば、俺は家賃や学費、生活費を稼ぐため下っ端として本番の作戦にも参加している。
今日は週末のため凛花さんの手伝いはお休みとなり、別の幹部の応援に駆けつけていた。
作戦の目的はアメリカザリガニをひたすらに市民に食べさせることらしい……何がしたいのかよくわからないが、やれと言われれば何も言わずにやるのが下っ端の務めである。
ザリガニの幹部は「食料廃棄率を0%にするだのフードロスだの、食料不足の時代が来れば世界は昆虫食になるだのと言っているみたいだが、まずは俺たちを食い尽くして見せろ!ウシガエルの餌にするために外国から連れてきて望み通り人々の腹を満たすために増えてやった俺たちを特定外来種だなんだと言って虐殺し、食べることすらしないとは何事だ!」と演説していた。
イマイチ共感しづらい話題ではあるのだが、直参の下っ端達はそれはもう大盛り上がりであまりの熱量と歓声に建物が揺れるほどだ。
さらには「沖縄のマングースのように人間の都合で勝手に連れてこられて、絶滅させようとして……俺たちは生きてるんだ!餌として持ち込んだのならせめて餌にして絶滅させてくれ!ウシガエルをもう食べないと言うならドードみたいに直接食い尽くしてくれ!」と今回の作戦に対する意気込みを語っていた。
まあ、幹部の意気込みや直参の下っ端の感激具合はさておき、俺たち応援下っ端のミッションは大きく2つ……
①どこかの広告代理店が長い時間をかけて企画し、準備してきたであろうイベント『食フェス2024〜エビカニックスは世界を繋ぐ〜』という甲殻類に焦点を当てた食フェスイベント会場を乗っ取る。
今回は出店団体が100店舗ほど集まる大規模なイベントだが、その出店スタッフを全員拘束、その後下っ端集団が店員に扮する。
②保健所に提出されたレシピを模倣し、調理したものを販売するのだが、レシピに記載のあるエビやカニ(中にはシャコやセミエビ、ダイオウグソクムシもあったが)の部分を全てアメリカザリガニに変更して調理する。これらを全てそのままの商品と偽って市民に食べさせる。
と言った流れで実施する。
ステージイベントのエビフライ大食い選手権で使われるエビフライもザリガニフライで実食させ、イベントが終わる直前に幹部が出てきてネタバラシをし、市民達がザリガニを食べてしまったと動揺している中、直参の下っ端が売上金と会場への入場料を全て回収するという流れだ。
食べられて絶滅したいという破滅願望持ちの幹部は珍しいタイプだがそれはそれとして下っ端の役割はしっかりとやってやろうではないか……
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今回の作戦は序盤は特に問題は無く、円滑に進行していった。
出店者との入れ替わりも特別性コスチュームのおかげでバレることもなく、市民や自称グルメ評論家に美食家、料理動画投稿者など多くの来場者はアメリカザリガニを食し、「美味しい」「こんなエビ食べたことない!」などと絶賛しっぱなしだった。
転機が訪れたのはイベントの中盤をすぎた頃だった……特別ゲストとしてダイオウグソクムシを食べに来た珍味食ヒーロー「このわたマン」が会場のダイオウグソクムシを食べて言ったのだ。
『ん?これは……グソクムシじゃないぞ!?……間違いない、この香り、風味……これはアメリカザリガニだ!』
この発言を聞いた市民はイベント責任者の元へ駆けつけて、説明しろとこのわたマンの元に引きずり出してきてしまった。
そして、この責任者に扮していた者こそが、今回の幹部だったのである……
さらに運の悪いことに、このわたマンはこのイベントの責任者と以前から交流があるようで、仕草や発言の違和感から入れ替わりもバレてしまうという展開になってしまう。
「貴様俺の知る責任者では無いな!何者だ!!正体を表せ!!」
「ハッハッハーばれてしまっては仕方がない!しかしながら市民にアメリカザリガニを食べさせるという目的の第一段階はすでに達成したのだ!あとは貴様を黙らせればどうにでもなるさ……思い知るがいい!アメリカザリガニの積年の恨みを!!」
「市民にすでに食べさせただと!?まさか!!」
「その通り!この会場で使われる予定だった甲殻類は全てアメリカザリガニと入れ替わっているのだ!
どうだお前たち!アメリカザリガニのポテンシャルは!!自称グルメ評論家や美食家ですら旨味の詰まった極上のシャコだの濃厚な味わいのエビだのと絶賛だっただろう!アメリカザリガニだと気付きもしなかっただろう!
つまり美味しく喰えるのだ!それなのに!それなのに!!なぜ喰わないのだ!!」
「まさかそんなことを……食品偽装は犯罪だぞ!」
「やかましい!こちとら悪の組織だ!その程度の犯罪が何なんだというんだ!」
「素直にアメリカザリガニだと言って売り出せば歩み寄ることも出来ただろう!なぜそんなことをした!」
「素直に……だと??……そうやって都合のいい綺麗な言葉を並べたところで誰が食べるんだ!!俺たちを絶滅させるまでの需要が新たにうまれるのか!?こたえてみろ!!」
「………………」
「答えられまい!!そうだ!所詮人間は偏見に塗れた生き物だ!ザリガニだと知れば手に取らず!喰わず!捨てる!それだけの業を重ねてきただろう!そして一部の買った者たちはゲテモノだと言って罰ゲーム扱いまでするんだろう!それでもまだ素直になれだと!!バカにするのも大概にしろ!!」
「それでも……こんなやり方をしてうまく行くわけがないだろう!!」
「うるさい!!もはや言葉は不用!この先のザリガニ食については俺と貴様の勝敗が全てを決めるのだ!かかってこい木端ヒーローが!!」
白熱したやりとりを聞きつけ、いつしかヒーローと幹部の周囲には市民が集まってきていた……
しかし不思議と幹部を罵倒するような声は聞こえず、皆一様に真剣な眼差しでヒーローとのやりとりを見つめている
「どうした!さあ来いヒーロー!!俺を力ずくで止めて見せろ!!」
「……俺は……お前とは戦えない……」
「何を言っている!!そんなことは許されない!ザリガニを食べさせる事を悪事だと言ったのは貴様だろう!!」
「……俺はザリガニを食べさせる事を悪事だとは一言も言っていない!他の甲殻類だと偽って食べさせた事を悪事だと言ったんだ……」
「それの何が違う!!」
「……周りをよく見てみろ……そして声を聞いてみろ」
「……周り……だと?」
幹部が警戒しながら周囲を見渡すと市民達が口を開く
「意外とザリガニ美味かったぞ!!」
「レシピ次第であんなに深いコクが出るとは思わなかったわ」
「今まで厄介者扱いしてすまなかったな!」
口々にアメリカザリガニに対する肯定的な発言と謝罪の言葉が聞こえてくる
「そうか……俺は間違えていたのか……」
「やり方は間違ってしまったが、ここにいる者達はわかってくれただろう?アメリカザリガニは美味しく食べることができると……そうやって少しずつ理解してもらうのじゃだめなのか?」
「……俺は少しでも早く喰われて、この世からいなくなってしまいたいと……それだけを考えて……」
「あれだけずっと厄介者だと批判されれば精神的に不安定にもなるだろう……辛かったよな……どうだ?俺と一緒にこないか?」
「……おれは悪の組織の幹部だぞ……それにこんな見た目なんだ……今更受け入れてもらえるわけがないだろう……」
「見た目がなんだと言うんだ……過去の過ちを許し、個性を認めることができるのが人間のいい所なんだぜ?」
「……そうか……俺は、俺の方が人間を誤解していたのか……」
いつのまに幹部の近くには直参の下っ端達も集まって来ており、なんだかいい話で終わりそうな雰囲気になっているが……
応援で来ている下っ端達はこの流れに巻き込まれるわけにはいかない(組織の粛清とかこわいからね)
「おい!いい話っぽくて最後まで見ていたいが、俺たちだけでもずらかるぞ!」
「あ、あぁ!」
他の下っ端達も考えは同じみたいで、ひっそりと会場から姿を消し始めていた。
俺も置いていかれるわけには行かないと会場を後にした……
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後日イベントに参加していた市民達の中でアメリカザリガニの味が忘れられないという人達がちらほらと現れ始め、「このわたマン」の支援のもと、旧幹部はザリガニ食堂をオープンした。
さまざまなアレンジをされたアメリカザリガニの料理が食べられると評判になった食堂は今では行列ができるほどの人気店となっている。
直参の下っ端たちも、店舗スタッフとして働いたり、全国各地にザリガニを捕獲しにいき、専用の施設で臭みや泥を抜く作業のために全員そのまま旧幹部の下で働いているらしい。
悪の組織から報復などのアクションがあるかと思ったが、元々破滅願望持ちと言うこともあり、重要な情報は何一つ持っていないなんちゃってポジションだったらしく、足が付きそうだった廃棄予定の倉庫を与えていただけだからむしろ処理してくれて組織的には助かったとの事で制裁もなかった。
今までの下っ端活動の中でもかなり特殊な内容だったが、無事に足抜けせずに帰ってきた応援下っ端達は、ボーナスとして今回の作戦で支給されていた、誰かに成り変わることが可能な特殊コスチュームと金一封が手渡されたのであった。
だがしかし、あんな雰囲気で組織から足抜け出来るケースなど初めてのことだ……あの流れにうまく乗ることができれば俺も抜けられたのだろうか……
凛花さんには自宅もバレてるし重要拠点も凛花さんの作戦準備で数箇所行き来しているから無理か……
「くそっ!なんかいい雰囲気で終わりやがって!!羨ましいぞ!!」
俺は自宅に帰ってから布団にやり場のない怒りをぶつけたのであった