積極的に行くのは良いが、来られるのは困る
「ん゙ん゙っ!……姫宮ちゃん……で良いかしら、、ちょっと待っていてもらっても構わないかしら?」
「あ、はい」
「ちょっとこっちきなさい」
「わかってますよ」
幹部は俺を引っ張り七瀬さんから離れたところに連れて行く。
「アルバイト先を聞いても良いですかって……どうすんのよあんたこれ……」
「なんとか乗り切るしか無いですよね……悪の組織バレだけはNGですよ」
「バレないようになんて当たり前の事よ!……それより、適当な場所言ったらあの子お店とかきちゃうわよ……だったら素直に組織に勧誘しちゃった方がいいんじゃないかしら?素質は……無さそうだけど」
「七瀬さんが組織に入るわけないじゃ無いですか、というか絶対ダメです!俺が許しません」
「下っ端の分際で許すも許さないも無いでしょうに」
「それはそうですけど……」
ここを切り抜ける方法はなかなか思いつかない……
仕方ない、ここは名前を名乗った上で誤魔化すしかないか
「とりあえず名乗るだけ名乗って、バイト先についてはなんかこう……誤魔化す的な感じでどうにかしましょう」
「……上手くいくのかしら?」
「最悪は自転車がーと言って協会に逃げます。どうやら七瀬さんは協会の中までは行きたくないみたいですから」
「……悪の組織の人間がヒーロー協会に逃げ込むことになるなんて……」
俺もそれはちょっとどうなんだろうとは思っているけども、そうは言っても背に腹は変えられないのだから仕方がないじゃないか……
「七瀬さん、お待たせしました!」
「お待たせしたわね」
「いえ、全然大丈夫ですよ?」
「それで、バイト先はとりあえず置いとくとして、まずは自己紹介しますね……俺は1年の神影 刹那です!これからも末永くよろしくお願いします」
「私は九条 凛花よ」
「神影くんと九条さんですね……こ、こちらこそよろしくお願いします」
「……というか姫宮ちゃんはこいつの名前知らなかったの?」
「実はそうなんです……朝の事故の時に知り合ったのですが……私が名前を聞く前に走って行ってしまったので……」
「あら、そうだったの……薄情な男ね」
「いえ、私もはっきりと聞けなかったので仕方がないですよ」
この状況を俺が無事に切り抜けるなら事故の時の話が出たこのタイミングしかない!
「あ!こんな時間だ!!自転車取り行かないと協会の受付閉まっちゃう!……ではお二人はゆっくりスペシャルアイスを食べててください!俺は先に行ってます!!」
「えっ、あ!」
「ちょっと!あんたまた!!」
「七瀬さん!また会いましょう!!」
俺は少し溶け始めてしまったアイスを2人に押し付けて一目散に協会へと駆け出した。
そう、俺は再び幹部の九条さんとやらを犠牲にこの窮地を乗り越えることができたのである。
一度東署で窮地を乗り越えたのだ。彼女なら再びの窮地もきっとうまいこと乗り越えてくれるだろう……
「……すごい速さで行っちゃいましたね……」
「あいつ今度会ったらマジでぶっ飛ばしてやろうかしら」
「と、とりあえずアイス食べましょうか……」
「そ、そうね……溶けて食べられなくなったら勿体無いものね」
ベンチでアイスを食べながら語らった2人は少しだけ仲良くなることができたのであった
悪の組織の幹部と魔法少女という本来であれば絶対に相容れない関係だということをこの時の2人はまだ知らない……
―――――――――――――――――――――――――――
「ふぅ……なんとか協会前に到着することができた……」
「む!すごいスピードで走ってきたそこの青年!何か困りごとかな!?なんでも気軽に相談するといい!!」
ヒーローは余計なお世話が本質と言わんばかりにこちらに駆け寄りながら暑苦しく鬱陶しいレベルの声量で呼びかけてくる。……というかこの感じと声……どこかで……
「……あ、あんたはレシピマン……だったか?」
「む!青年!どこかで出会ったことがあったかな?」
「あ……いや、確か商店街で活躍していたみたいな噂を聞いただけだ」
「お!そうかそうか!俺のことが噂になっていたか!!とうとう噂されるほどにまで俺の人気も上がってきたということだな!!」
この前直接あんたに必殺技を喰らったから覚えていただけだとは口が裂けても言えないため、要件を伝えて誤魔化すことにする。
「それよりも聞きたいことがあるんだが」
「む?なんだ、なんでも言うと良い!助けになろうじゃ無いか!」
「朝方自転車乗ってたら事故に遭っちゃいまして……とりあえず大事なテストは終わったので自転車を取りにきたんですが」
「むむ?……どっかで聞いた話だな……先ほどマジカルななみんが聞き回っていたやつか?いや、炭酸ヒーローコークマンの方か?でもあっちは自転車が原型を留めないほどの……」
「いや、誰の話でもなんでも良いのでとりあえず自転車を引き取らせてもらえれば……黒に赤のラインが入ってるやつなんですけど」
自転車が原型を留めていないものもあるらしいので俺の自転車が無事であることを祈るばかりである。
レシピマンが協会に話を通してサクッと自転車を受け取ることができれば、先日の必殺技の恨みは無かったことにしてやろうでは無いか……
「まぁ、少し待っていると良い!中にいる事務のオネェさんに聞いてこよう」
「なんかいまお姉さんのイントネーションおかしく無かったです?」
「オネェさんはオネェだからオネェさんであってるぞ!」
「……ヒーロー協会も多様性の時代なのか」
悪の組織もなかなかキワモノが集まるとは言え、ヒーロー協会も同じような状況になっていると言うことに時代の流れを感じる。
俺が小学校の頃は赤、青、黄などの原色没個性ヒーローばかりだったと言うのに……
「待たせたな青年!大丈夫か!?」
「普通にこっちにくるの見えてるんで登場シーンばりの声量で叫ばないでください」
「はは!すまないな!俺のファンと聞いたからにはサービスをしないといけないかと思ってな!」
「いや、別にファンじゃ無いです」
というか、むしろ敵の組織の人間です……
「なんだと!まあ、それならこれからファンになって貰える可能性もあると言うことだ!燃えてきたな!」
「いや、絶対ならないです。それより自転車はどうでした?」
「ああ!確かにここに青年の自転車は保管されているぞ!それに状態も多少の補修は必要だろうが概ね無事とのことだ」
「よかった……」
「先ほど警察の方でひき逃げした車両の運転手は捕まえたらしいからな!青年が赤信号で突っ込んだ落ち度もあるだろうが、後の賠償金やらの話は自宅に通知がいくはずだ!とりあえずは受付のオネェさんのところに行けば自転車を受け取れるぞ!」
「ありがとうございました」
「ああ!ヒーローは困っている人の味方だからな!これからも何かあれば頼ると良い!では、さらばだ!」
警察が車両の運転手を捕まえたなら幹部……九条さんは東署で個室に連れ込まれた意味が全くなかったのでは?
というかもしかして犯人が捕まったから解放されたのかあの人……まぁ、この話は聞かなかったことにしよう。
「さっさと自転車受け取って帰るか」
俺は受付にいるオネェさんらしい人に話しかけに向かった……
「あの……「あらぁ?私のタイプの可愛いぼーやじゃなぁい?今日はどうしたのかしらぁ?」」
「…………レシピマンが言ってた自転車を引き取りにきた者です」
「あなたがそうなのねぇ?怪我はなかったかしらぁ?背中とかお尻とか自分で見えないところあるならオネェさんがじっくりたっぷりみてあげようかしらぁ?」
「……結構です。この後予定あるので早く自転車だけください」
初対面の高校生に向かってタイプだの尻をじっくり見てやろうだのと言い始める人が本当にヒーロー協会の受付にいて良い人なのだろうか……
「あぁーら、つれないわねぇ……ここに名前と連絡先をサインしてくれれば「ここですね……カキカキ……」仕事終わったら私が連絡するわよぉ」
「くそが!!」ーービリビリ!!ーー
「なぁーにしてるのよぉ!紙が勿体無いじゃない!」
「あんたヒーロー協会の人間だろ!人を騙すようにして連絡先を聞き出そうとするんじゃねぇ!」
「んもぅ!そんなに嫌なら今日は諦めてあげるわよ!ほら、こっちの書類にサインしなさい!」
「全く……最初からちゃんとして欲しいもんだ」
保管物受け取りの書類に記載していくのだが、机の向こう側から熱烈な視線を感じる……
俺の個人情報は適切に、厳重に管理され、この先も無事でいられるのだろうか……
ヒーロー協会で個人情報を記入し、最もセキュリティとして安全であろう場所に預けられるはずなのに、適切な保管がされるかを悪の組織の人間が心配するという謎の現象が起きている。
「書き終わりましたけど……こっそり見て連絡とかマジでしないでくださいね」
「あらぁ?それは押すなよ押すなよ的な……」
「マジで違いますからね!」
「まあ、私も出会って早々に嫌われたくは無いからね、ちゃんと段階は踏むから安心しなさぁい」
「全く安心できないんだが……それより早く自転車を……」
「そうだったわね、あっちで受け取りなさぁい」
「はいはい、お世話になりましたっと」
「もっとお世話してあげたかったわぁ」
「いらねぇです」
オネェな受付の人に指定された場所に行き、なんとか無事に自転車をうけとるが、やはりフレームが歪んでしまっていて、真っ直ぐ走ることはできそうだが、結構な補修が必要かもしれない……
「くそ……予定通りに自転車を確保できたのに余計な疲労感が……」
「まぁ何はともあれ無事回収できてよかったじゃない」
「あ、ども……今日は助かりました」
「下っ端……ごほん、刹那ちゃんはこれからすぐ自宅に戻るのかしら?」
「あー、まあそうですね……できるなら自転車の補修を早めにしたいとは思ってます。そういう九条さんは?」
「凛花さんでいいわ」
「でも、「凛花さんと呼びなさい」……はい」
……これはどういうことなのだろうか
悪の組織は秘密の多い縦社会なので基本的には下っ端の身分で幹部の名前を知ることや名前で呼ぶなんてことはあり得ないのだが……
「2回も置いて行かれたのだから、20日、いや、1ヶ月は私の直属としてこき使わせてもらうからね、刹那ちゃーん?」
「あ、なるほど、そういう感じでしたか……」
俺の平穏な日常はしばらくやってくることはないらしい