表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/41

過程より結果を誇ろう


〜刹那視点〜


「そういや刹那は釣りはやったことあるのか?」

「それが一度もないんですよね」

「かぁ〜お前もったいねぇぞ、こんな良い釣り場が独占出来る環境にあるのに」

「まぁ、なんだかんだ今まで余裕もあんまりなかったですしね」

「ならコレを機会に色々やってみたら良いさ、釣りくらいなら俺でよければいつでも教えてやるからよ」

「ありがとうございます……」


 そんな話を海野さんとしながら着々と釣りの準備をしていた。

 確かに今までの生活を振り返ってみると、俺は一日をちゃんと過ごして行くことに夢中で趣味を見つけることはしてこなかった。とはいえ、何がしてみたいかと言われるとパッと思いつくものも無いしな……


「趣味は絶対必要なもんじゃないが、有れば人生が少しだけ豊かになるからな……いつか余裕ができたら見つけてみるといい……」

「そっすね」

「さて、準備もあらかた終わったし、こいつを針にかけてこんな感じでちょいと放り投げればあとは待ちだ」

「アジ……ですか」

「おう、泳がせ釣りっていってな、こいつを餌にしてるやつが食ってくるから簡単に大物が釣れるんだ」


 海野さんが釣り針にアジを取り付けてサッと投げ込んだのを真似して俺もアジを海に送り込む。

 少し小さめのアジだけど、半身にすればお寿司として食べれるようなサイズなだけに少し勿体無い気持ちになる。

 

「なんか釣れなかったら勿体無い気がしますね……」

「何でもかんでももったいないって考えてたら釣りなんかできねぇからな〜」

「そうですけど……」

「まぁ、例の美少女ももう少ししたら来るだろうしゆっくり待ってると良いさ」


 海野さんはリールの先端のつまみを回してから糸を引っ張り、糸が緩むようにしてからクーラーボックスの上に座る。

 俺も同じようにリールにの先端を回すとすぐに糸が出ていった……出ていった?


「海野さん、これって……」

「……ちょっと待てよ……」

 ーージリジリッ……ーー


 少しだけドラグの音が鳴り、糸が出ていく

  そしてドラグの音がぴたりと止まった……


「刹那ドラグを少し絞めろ……」

「こ、こうか……?」


 大きな魚が掛かると言われた泳がせ釣り、見えないけど確かに反応があった俺の竿……

 俺はこの後どうすればいいかわからないが、とにかく、作戦前とは違う、込み上げるドキドキ感とワクワクする高揚感が抑えきれなくなってきた。


「海野さん!これ喰ってる!?喰ってるよな!?」

「……落ち着け!まだ前当たりだ、ヒラメ40、マゴチ20だぞ!本アタリが来てからあわせるんだ!」


 待てと言われて竿をぎゅっと握りしめながらその時を待つ。

 俺の竿の先に何がいるんだ……いまエサはどうなってるんだ……いつになったら合わせればいいんだ……

 わからないことだらけだが、そんな中でもひとつだけ確かなことがある。それは何より楽しいと言うことだ。

 俺達は七瀬さんを誤魔化すためにここにきていると言うことを忘れて、竿に全神経を集中させていた……

 

ーー…………グイィ、グイグイィ!ーー

「今だ!刹那!合わせろ!」

「任せろ!!おらぁ!!!」


 俺は竿先が叩くように引っ張られたのを見た海野さんの合図を受けて竿を共に一気に持ち上げた

ーーーギィ〜ーーー

 アジとは明らかに違う重たい物が針に付いているのを感じる。

 

「掛かったぞ!!!この感じはヒラメじゃないか!?丁寧に巻いてこい!タモは任せろ!!」

「ああ!」


 ヒラメなんて高級魚がこんなところから本当に釣れるのか?……そんな疑問を持ちながらもゆっくりと無理に引っ張り合わないように気をつけながらリールを巻いてくる。

 あと少し……もう少しで掛かった魚の姿が見えそうだ……


「御影くん!!やっと会えました!!!」


 俺達は釣りに集中するあまり、少し離れたところから発せられていた七瀬さんの声を聞き逃してしまっていた……


「見えたぞ刹那!ヒラメだ!タモの方に寄せてこい!」

「ああ!!」

「もう少し手前だ!!……よし入った!!」

「うおーーー!!!やったぜ海野さん!!」

「どうだ刹那!初めての釣りは!?」

「感激しました!これはハマるのもわかります!!」

「そうだろ!そして釣りの醍醐味はここからだ!みてみろこのヒラメ!60センチはあるぞ!」

「近くで見るとすごいデカいですね……」

「こいつをこうやって絞めて、家に帰って捌いて刺身で喰うって訳だが……どうするよ刹那?」

「でも俺……魚なんて自分で捌いたこと無いですよ……」

「そこは俺に任せろ!今日はご馳走を振る舞ってやるぜ!」

「マジっすか!!」

「ヒラメといえばやっぱ刺身だが…………


 そう、俺たちは完全に当初の目的を見失い、釣り上げたヒラメを見て、2人で大はしゃぎしていたのだ。

 七瀬はそんな2人を見てどのタイミングで声を掛ければいいのか分からず少し離れた場所で呆然と立ち尽くしていた。


――――――――――――――――――――――――――

〜九条視点〜


「刹那のやつ……完全に目的忘れてますね」

「はぁ〜……ほんとバカよね」

「で、どうします?」

「ほっときたいところだけど……相手は姫宮ちゃんだし……同じ女性として放っておくわけにも……あー!!もう!!ちょっといってくるわ!!」

「いってらっしゃいー」


 モニターで3人の動向を念のため確認していたけど、よりによって自分が何のためにそこにいるのか普通忘れる!?

 バカだバカだと思ってたけど流石にそうはならないでしょ!!


 私は3人がいる場所に向かって走った。それはもう全力で……


「刹那ちゃん!!」

「……!? 凛花さん!?何でここに!!……あ」

「あ、あの……こ、こんばんわ……御影くん」

「えっと……こんばんは七瀬さん」


 私が到着して声をかけると刹那ちゃんは驚いた様子でこちらを振り返る。

 そして、姫宮ちゃんを視界に入れて全てを思い出したような顔をして挨拶をしている。

 本当に手が掛かる男だと思いながらも、状況を丸く収めるために考えを巡らせる……


「はぁ〜……まったく、それで何してるのかしらねぇ?」

「……え、あ、そ、その……」

「お、俺はほら、刹那が釣りをしたこと無いって言うから教えてたんですよ……」

「それは知ってるけど、それでこんな場所に姫宮ちゃんが1人で来てるのに男2人とも気づかず釣りに夢中だったって訳?」

「「それは、その……はい……すいません……」」

 

「それで、姫宮ちゃんはこんなところになんで1人で来てる訳?この辺治安悪いってわかってるわよね?」

「あう……み、御影くんが学校から急いで出ていったので、何かあったのかと思って……」

「だとしても、女の子が1人で来るような場所じゃ無いんだから、他の人を呼ぶなり、刹那ちゃんに先に連絡するなりしなさい!」

「ご、ごめんなさい……でも連絡先も分からなくて」

「じゃあほら、ここで交換して、今日はもう暗くなってきたんだからさっさと解散する!」

「「えっ?」」

「2人が連絡先知ってれば、今回みたいな誤解も生まれないでしょ!ほら、さっさとしなさい!」


 私は姫宮ちゃんに話すきっかけを与えず、連絡先を交換させる事で強引にこの場を納めて解散させることにした。


――――――――――――――――――――――――――


 〜刹那視点〜


 憧れの人の連絡先の交換……それは男子高校生においては重大イベントの一つである。

 好きな人に連絡先を聞く→断られる=脈無し(振られたと同じ)これは誰もがわかる真理だろう。

 そして残酷なことに連絡先を交換できた=脈ありではないのだ。


 俺は七瀬さんに一目惚れしたと告げているが、七瀬さんが俺をどう思っているかは正直わからない。

 七瀬さんは誰が困っていても助けになる人だし、誰にでも同じように明るく接している。


 まぁ、何が言いたいかというと俺は怖いのだ。

 いままで学校で明るく接して来たのだって、東方協会への道中だって明るく返してくれることがわかっていたから冗談混じりに話すことができたが、それ以上のプライベートな部分に踏み込むというのは覚悟がいる。

 

 まして俺は悪の組織の下っ端なのだ。

 連絡をいつでも返せるわけでもなければ、放課後や休日に気軽に会えるわけでもない。七瀬さんのプライベートな部分に少しでも踏み込むということは、俺もまた彼女に踏み込まれることも覚悟しないといけないということだ。

 俺はまだそこまでの覚悟もできていないし、これまでの気軽な関係を失う可能性だってある。それは本当に怖いのだ……

 

 だからそんな俺は凛花さんが言っている言葉の意味がすぐに理解することができなかった。

 

 2人が連絡先を交換する……2人って俺と七瀬さんだよな……いいのか本当にそんなことして……俺は七瀬さんと連絡先を交換できるような立場の人間なんだろうか……

 俺の頭はかろうじて流れてくる言葉を断片的に理解しようとしている最中なのだが、話がどんどん進んでいく。


「ほら、さっさと用意しなさい」

「…………」

「え、えっと、じゃあ神影くん……これ、読み取ってください」

「い、良いんですか?俺なんかが……」

「神影くんだから良いんですよ!私だって誰にでも教えて良いとは思ってませんから」

「でも……俺はきっと七瀬さんの思ってるような人じゃないですよ?」


 七瀬さんの画面に表示されているコードを悪の組織の下っ端と言う立場にいる俺が読み取って良いのだろうか……それがどこかでバレてしまった時に彼女との繋がりが深くなればなるほど傷つき、傷つけることになる。

 だったらいっそ……ここで断ってもらった方がいいんじゃないか?

 

「そうですか……わかりました……ごめんなさい」

「やっぱり……そうですよね……」


 俺の気持ちが伝わったのか、七瀬さんの口からごめんなさいと告げられる。

 胸が痛むがこれはこれで諦めもつく。憧れを辞めるわけでも一目惚れしていることも無くなるわけではない。

 推し活みたいにずっと好きなだけでいてもいいじゃないか……俺は所詮悪の組織の下っ端なんだ。これでよかったんだ……

 

「私の言い方が悪かったです!神影くんの連絡先を知りたいので私に教えてくれませんか?」

「……でも……」

「刹那ちゃんが何に悩んでるのかはわかるけど、やる前から諦めるなんてらしくないわよ!それに、前に言ったみたいに本気の本気になったら私も手伝ってあげるから、まずはちゃんと姫宮ちゃんの目をみて今思ってる答えを教えてあげて?」

「あ……」


 俺は悪の組織にいる限り、この恋を続ける権利はないと諦めようとしたが、七瀬さんの言葉を聞いて胸が苦しくなる。

 そして、凛花さんの言葉を聞いて七瀬さんのことをちゃんと見てもいなかったと今更気づき、ゆっくりと目線を上げる。


「お願いします……やっぱりだめですか?」


 そこには少しだけ震えながら上目遣いでこちらを見る七瀬さん……いや、天使がいた。


「こちらこそよろしくお願いしまぁす!!!」


 組織の下っ端がなんだ!バレた時がなんだ!神影刹那は震えながら連絡先を交換しようとする女の子に否と言える人間なのか!?違うだろ!!

 俺は今、この時、この瞬間覚悟を決めた。

  悪の下っ端だって、1人の女の子に恋をしてもいいじゃないか。全力で恋を叶えようとしたっていいじゃないかと。


「ふふっ、ようやくいつもの刹那ちゃんに戻ったわね」

 

――――――――――――――――――――――――――


 連絡先を交換した俺のスマホのトーク画面には確かに[姫宮七瀬]とある。

ーーピコンーー

『えっと、姫宮七瀬です!

 これからもよろしくお願いします』


 そして俺のトーク画面には新しく七瀬さんからのメッセージが届いた。


「くぅっ……」


「なに画面見て1人でにやにやしてんのよ!交換できたならお子様達はさっさと家に帰りなさい!」

「「は、はい!」」


 七瀬さんからのトークが嬉しくてニヤケがとまらないでいると、凛花さんに追い出されるようにして帰路につかされる。


「あ、そうだ神影くん、今日は勝手に追いかけて釣りのお邪魔をしてしまってごめんなさい」

「あ、全然大丈夫です!むしろ来てくれたから連絡先も交換できたし良かったです!」

「それならよかったです……それにしてもあのお魚大きかったですね!」

「俺も初めての釣りであんなのが釣れてびっくりしました!」

「そうだったんですね!私も釣りはやったことないのでいつかやってみたいです!」

「俺がいつか釣りマスターになったら七瀬さんに教えてあげますよ」

「ふふっ、なんですかそれ……でも楽しみにしてますね」


 2人で話して歩くと楽しくて、帰りの道中の暗さを感じる暇もなく七瀬さんの家の近くに着いてしまった。


「あ、私はこの先が家なのでここで大丈夫です!送ってくれてありがとうございました!」

「全然、俺も帰り道なので気にしないでください!」

「それならよかったです!」

「それじゃ七瀬さん、おやすみなさい!!」

「おやすみなさい…………あ、あの神影くん!」

「?……なんですか?」

「今度連絡……してもいいですか?」

「っ……喜んで!」

「よかったです!……それじゃあまた!」

「はい!また明日ですね!」


 最後まで七瀬さんは天使だった。

  倉庫に向かったことが七瀬さんにバレて、組織のことを誤魔化す任務を釣りをしていて忘れて、七瀬さんとの関係が深まることを恐れて……

 それでもこうして七瀬さんと連絡先を交換できて、笑顔でまた明日と言ってくれた。

 恐れていたら何も始まらなかったし、こうして丸く治ったんだ。

 いつしか組織を辞めたザリガニ幹部の気持ちも今なら少しだけわかる気がする。


 とにかく、明日凛花さんに怒られることが確定していたとしても、今日はこの結果を誇ろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ