第9話 初めての依頼
ギルドの掲示板に掲載される依頼内容は申請したパーティの強さによって必要人数が変わってくる。例えば2級の依頼であれば中級冒険者の数が5人、もしくは高級冒険者の数が2人いるパーティであれば1組で十分だが、規定の階級に満たない冒険者しかいない場合、パーティの数は最低3組必要になる。これは依頼を必ず遂行するための措置であり、なるべく死傷者を出さないようにするためでもある。
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聖暦500年 7月1日
アイリスとフラメールはパーティ申請を終えた後、普通掲示板の前にまで移動する。2級と3級の依頼は数多く貼り出されているが、1級の場所には何も掲載されていなかった。1級の依頼というのは町の存続に関わるような緊急性を有する事態にのみ出されるものなので、これが通常の光景である。
「フラメールは高級冒険者だから、3級の依頼は少し物足りないかな?」
「いえ、どれも誰かが必要として出している依頼ですので、選り好みするつもりはありません」
「私はしちゃうけどなー。報酬は高いほうがいいし、簡単なのは新人に任せて私たちは面倒な依頼をこなすほうがみんなより安全に稼げると思うよ」
「では、これはどうでしょう?『ガナル鉱山付近でゴブリンの洞窟を発見。被害多数のため至急討伐求む』。報酬は金貨20枚です」
「悪くないね。他のパーティによる申請はもう入ってる?」
「いえ、まだです」
「それじゃあ報酬が減る前に早めに申請しちゃおう!」
アイリスとフラメールは受付で依頼の申請を行う。フラメールは高級冒険者で、アイリスはワルファンの許可があるため2人だけのパーティで申請が通った。その瞬間張り出されていたその依頼は受付人によって剥がされる。
「それでは『夏の空』の皆様、ご武運をお祈りしております」
フラメールは早速ガナル鉱山へと向かおうとするが、アイリスがそれを引き止めた。
「ちょっと待って。工房でポーションの補充をする」
「工房?あなたの工房は辺境の村にあると言っていませんでしたか?」
「簡易工房だよ。夏の間はずっとこの町にいるからね。村の工房よりは少し小さいけど、ポーションは問題なく作れるよ」
アイリスはそう言いながらフラメールを連れてギルドの裏手にある倉庫に向かった。本来は文字通りギルドが倉庫として使っていたが、アイリスの手によって改造され、今ではアイリス専用の工房になっている。
中に入ると、大きさが異なる壺が複数置かれていて、周りの棚にはポーションやその材料が並んでいる。アイリスは棚から何個かポーションを取ってポーチに入れた。
「錬金術師の工房というのは、こんな風になっているのですね」
「見るのは初めて?まぁ今時の錬金術師はみんな山や森に引き篭もってるからね。頻繁に会うのは商人ぐらいなんじゃないかな?」
「だとすると、あなたは相当変わった錬金術師です」
「よく言われるよ。けど私だって冬の間はずっと家に引き篭もってるし、案外彼らと大差ないと思う」
「討伐依頼をこなす錬金術師がこの世にいますか?」
「討伐依頼じゃないけど、ずっとダンジョンに潜ってる友達の錬金術師はいるよ」
「……変人の友達は変人ですね」
「ひどい!それだとエリカも変人ってことになっちゃうよ!」
「エリカさんは例外です。彼女はいい人です」
「その通り!……さて、私の準備は終わったよ。フラメールはどう?」
「剣1本あれば十分ですので」
「よし。ポーションが欲しくなったらいつでも言ってね。なんでも持ってるから。それじゃあガナル鉱山に出発しよう!」
アイリスとフラメールは倉庫を出て、町の北西部に位置するガナル鉱山を目指す。この山では昔から鉄鉱石が多く産出しており、周りには鉱夫たちが暮らす村もある。ゴブリンは彼らを襲って人間の血肉を喰らっている。
アイリスたちはまず依頼を出した村へ向かってゴブリンがどこから来ているのか聞き込みをすることにした。村に到着すると、ちょうど近くの家から斧を持った男性が出てくる。2人はその人に声をかけた。
「すいません。少しお聞きしたいことがあります」
「あんたらは……もしかして冒険者か?依頼を引き受けてくれたのか!」
「そうだよ。それで聞きたいんだけど、ゴブリンはどこから来るか知ってる?」
「山の中腹で作業をしていた鉱夫がゴブリンがよく出入りする洞窟を見かけたって言ってたな。その鉱夫が住んでた村の近くにあって、先日その村が襲撃されたんだ。俺たちが助けに向かった時にはもう村はもぬけの殻だった。……多分、喰われたか攫われたかのどっちかだろう、くそ!」
村の住民の男性が悔しそうにそう呟く。
「あなたが依頼を出したのですか?」
「いいや、出したのはこの村の村長だよ。ガラル鉱山の村は代々鉄鉱石を売って生活してきたんだ。最近になってゴブリンが住み着くようになっちまって、掘りに行こうにも行けない状況なんだ。頼む!どうかアイツらを根絶やしにしてくれ!この村には女子供も多いんだ!もし襲撃なんてされた日には……」
男性の顔がみるみる青ざめていく。
「安心して。ゴブリンはちゃんと討伐する。依頼の報酬はもう村長さんがギルドに払ってるのかな?」
「ああ、もう支払ってある。みんなで少ない蓄えから出し合ったんだ」
「だったらちゃんと仕事をしなきゃね。その襲撃された村はどこにあるの?」
「あの森を真っ直ぐ進んだところにある」
「わかった。それじゃあ行ってくるよ」
アイリスとフラメールは襲撃を受けた村へと向かう。村は凄惨な姿になっていた。あちこちに血痕が残っており、家屋には燃やされた跡がある。
「この様子だと、数は結構いそうだね」
「はい。恐らくは夜襲を仕掛けたのでしょう。さっきの人は山の中腹に洞窟があると言っていたので、ここから山の中腹までの最短距離を辿れば、洞窟に辿り着けると思います」
「そうだね。山は彼らが潜んでいる可能性もある。警戒しながら登ろう」
2人は山の中腹を目指して前進する。道中、ゴブリンの爪痕が残されている木が幾つかあり、それを辿っていくと、茂みに覆われた洞窟を見つける。鉱山用の設備が全くなく、中から少し血の臭いが滲み出ている。これがゴブリンの洞窟であることに疑いの余地はない。しかし、アイリスとフラメールは安易に入ろうとはしなかった。
「……誘われてるね」
「はい。そして何匹か背後の森に潜伏しています」
「ゴブリンは目がいいからね。きっと村にいる時から見張られていたよ」
「彼らは恐らく私たちを洞窟の中で挟み討ちにするつもりかと。先に倒しますか?」
「いや、逃げられたらまた繁殖するかもしれない。だったら罠に乗って洞窟の中で一網打尽にしよう。私たちの目的は根絶やしだからね」
「了解です」
アイリスとフラメールは背後に警戒しながら洞窟の中に入る。アイリスは光のポーションを取り出し、フラメールに手渡す。洞窟の中に入ったというのに、前からも後ろからもゴブリンが現れる気配はない。少し洞窟の中を進むと、道が二手に分かれていた。
「なるほど。どちらか片方の道に進んだら挟み討ちにするつもりかな。多分途中に道と道を繋ぐ隠し通路があって、そこを獲物が通り過ぎたら獲物が通らなかった方のゴブリンたちが通路から現れる」
「随分詳しいですね」
「ゴブリンの肝臓は精力剤の材料として使えるから、たまに狩ってるんだよ。だから彼らの考えそうなことは大体わかる」
「では、背後の森にいたゴブリンたちはどこから来るのですか?今のところついて来ている気配がありません」
「分かれた道の頭上からかな。私たちはまだ洞窟を少ししか歩いてない。恐らくそこまで深くはないはずだから、上から掘れば穴を通せると思うよ」
「3次元的な奇襲方法、奴ら賢いですね」
「仮にも"人型"だからね。けど、バレている奇襲なんて何も恐ろしくないよ。二手に分かれよう。私が右で、フラメールが左。これなら彼らは隠し通路を使えない。その代わりこちらの戦力は分散するけど、大丈夫そう?」
「問題ないです。あとで合流しましょう」
アイリスとフラメールはそれぞれの道に進む。少し進むと左隣からゴブリンの叫び声が聞こえてくる。どうやらフラメールの方で戦闘が始まったらしい。するとアイリスの前方からもゴブリンの群れがやってくる。そして彼女の真上から突然光が差し込む。アイリスは素早く後ろに下がった。
案の定上からゴブリンが降ってくる。奇襲に失敗したゴブリンたちは怒り狂っていた。アイリスは淡々とポーチから3本のポーションを取り出す。
「さて、じゃあ討伐を始めようか」