第7話 夏の風物詩
アイリスがいる町の湖は周りを砂浜が囲んでいる稀有な場所である。湖のため波は穏やかで夏は泳ぎに来た観光客でいっぱいになる。彼らをターゲットにしたレストランやホテル、雑貨店が浜沿いに数多く並んでおり、そこにしれっと冒険者ギルドは開設されている。ギルドには酒場が併設されており、夜は冒険者で大いに賑わっている。
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聖暦500年 6月31日
住民たちとの踊りを目一杯楽しんだアイリスとエリカは湖の近くにあるレストランで昼食をとることにした。レストランの2階にあるテラス席に案内された2人は、白い砂浜と青々とした湖を眺めながら注文する料理を選んでいる。
「いやー本当に久々のまともな食事だよー」
「ここに来るまで何食べてたの?」
「干し肉と乾パン」
「私なら死んじゃうね。けどちょっと憧れるかも。私ひとり旅とかしたことないからさ」
「大変だよ?魔物は多いし夜は寒いし」
「やっぱり、私にはまだ早いかな」
「うーん、ひとりはまだ危険だけど、パーティーを組めば多少安全だよ。だけどまずは自分ひとりでも生きられる力を身につけること。でなきゃ他のメンバーの足手まといになる」
「うん、そうだよね。……私がんばる!がんばって魔術師の資格をとるよ!」
「エリカは昔から魔術師になりたがってたよね。錬金術師じゃだめ?」
「錬金術師ってなんか地味なんだもん」
「……私って地味かな?」
「地味というより、浮浪者っぽい。いつもギルドでお酒ばっか飲んでる」
「ぐぬぬ、何も言い返せない」
「さ、早く料理を注文しちゃおう。アイリスは何にする?」
「肉はもういいし、最近甘い物を食べてなかったからこの南町のパンケーキにするよ」
「じゃあ私もそれにしよっと。すいませーん」
エリカは店員を呼んでパンケーキを2つ注文する。その後はお互いの冬での出来事やアイリスがこの町に来るまでに起こったハプニングなどを話していると、店の中から料理が運ばれてくる。分厚い2枚のパンケーキの上に夏にしか採れない柑橘類の果肉とシロップがふんだんにかけられていた。
「わぁ、美味しそう!いただきます!」
アイリスは早速フォークとナイフを手に取りパンケーキを口に放り込む。さっぱりとした甘さが口いっぱいに広がった。
「あぁ、幸せ……」
「ふふっ、毎年この町に来て初めてご飯を食べるといつもトロけた顔をするよね」
「この快感を味わうために、状態維持のポーションを使わずに無味乾燥な保存食を食べているまである」
「ほんと、アイリスって変人だよね。お母さんも言ってたよ」
「あの子の方が変人だよ。昔肝試しとか言って1人でドレスのままダンジョンに突っ込んで行った時はこっちの肝が冷えたよ」
「え!?うそ!?お母さんがそんなことする訳ないよ!」
「してたんだなぁこれが。今のあの子からは想像もつかないけど。……ふぅ、ごちそうさま」
アイリスはナイフとフォークを置き、ナプキンで口を拭く。
「相変わらず食べるの早いね」
「美味しいからね。エリカも早く食べなよ」
「私はちゃんと味わって食べるの」
エリカはそう言ってナイフとフォークを動かす。長いオレンジ色の髪が風によって靡いている。その様子を見たアイリスはハッとあることに気づいてポーチを開く。
「忘れてた。エリカにプレゼントがあるんだ。じゃーん!ハイビスの花で作った髪飾り!」
「わぁ!きれい!もらっていいの?」
「うん。エリカに似合いそうだなって思ったんだよ」
エリカはアイリスから髪飾りを受け取ると、早速髪に飾り付ける。オレンジ色の髪と赤いハイビスの花の親和性は高く、白いワンピースを着ていることも相まってまるで太陽のように明るく美しい。
「やっぱり。すっごく似合ってる」
「そう?えへへ、ありがとう!」
エリカは恥ずかしそうにはにかむ。
「うんうん。私のエリカはカワイイねぇ」
「もう何おばあちゃんみたいなこと言ってるの」
その後も和気藹々とした会話が続き、気づいた頃にはすでに夕方になっていた。砂浜で遊んでいた観光客も徐々に町の方へと戻っていく。
「ちょっと長居しすぎちゃった。早くギルドに行って酒場の手伝いをしないと」
エリカはギルドの酒場の看板娘でもある。
「だったら私も一緒に行くよ。ギルドには用があるからね」
「どうせ酒飲みどんちゃん騒ぎに参加したいだけでしょ」
「〜♪」
アイリスはわざとらしく口笛を吹く。
「はぁ、ほどほどにしてね。それじゃあ行こっか」
エリカとアイリスは会計を済ませて冒険者ギルドにまで足を運ぶ。ギルドは1階が受付や依頼掲示板、酒場が常設されていて、2階には冒険者用の宿がある。アイリスはギルドの扉を勢いよく開けた。
「たのもー!!」
中には屈強な剣士や弓士、杖と魔導書を持った魔術師がひしめいていた。皆机を囲んで酒や食事を楽しんでいる。
「お!アイリスじゃねえか!やっと来たか!」
「お前が来たってことはいよいよ夏も本番だな!」
「早くこっちにこいよー!一緒に酒を飲もうぜ!」
あちこちからアイリスを誘う声が聞こえてくる。彼女は一人一人に声をかけながらまず最初に一緒に飲むと決めている人物を探す。エリカは酒場の厨房に向かった。
ギルドの奥の方にベロンベロンに酔っ払っている屈強なおじさんが若い青年にダル絡みしている。同じ机にはギルドの受付嬢と白髪の少女が仲良く書類に睨みを利かせていた。
「やぁワルファン!それにクバール、フラメールも!」
「アイリス!おせぇじゃねえかぁ!今年はこないんかとおもったぜぇ!」
「アイリス様助けてください!この方ずっと僕に酒を勧めてくるんです!お酒は得意じゃないんですよ!」
「こらワルファン。酒を無理に勧めるな。そんなに誰かと飲みたいんだったら私があとで一緒に飲んであげる」
「なんだぁ?いまから飲まないのかぁ?」
「先に飲みたい奴がいるんでね」
アイリスはそう言ってフラメールの隣に座る。すると受付嬢が困った顔をしてアイリスに話しかけてきた。
「アイリスさん、この人文字が読めないみたいなんです。彼女が書く文字も私にはさっぱりで……」
「けど前話した時はこの地方の言語を喋れていたよ?ねぇ、フラメール」
「はい。言葉は話せますが、文字はまだ勉強中です。北部地帯の文字なら書けるのですが……」
フラメールはそう言って申請書類をアイリスの前に差し出す。確かにこの地方の文字とはまるで形が異なっていた。
「なるほど。これは北部でも結構北側で使われている文字だね。フィリスが知らないのも無理はない」
受付嬢ことフィリスは安心した様子でアイリスに再び話しかける。
「よかった。アイリスさんは読めるのですね。でしたらこの書類に書かれている内容に不備はないか見て頂けますか?」
「いいよ。どれどれ」
アイリスは申請書類をまじまじと見つめる。
「名前はフラメール、年齢は17歳、出身地は北部地帯ガリア山脈付近の村、職業は剣士、冒険者ランクは高級……うん。書かれてることに不備はないよ。その歳で高級ってすごいね!」
「運がよかっただけです」
「それじゃあ、これで登録しておきますね。ふぅ、やっと終わりました。フラメールさんもお疲れ様です」
「はい。お疲れ様でした」
フィリスは書類を持って受付の方へと向かう。するとアイリスが待ってましたと言わんばかりの勢いでフラメールに声をかける。
「ねぇねぇ君、お酒飲める?」
「飲めますよ。北部ではお酒を飲んで身体を温めていましたので」
「よしきた!エリカー!酒2杯こっちによろしくー!」
アイリスは配膳をしているエプロン姿のエリカに注文を叫ぶ。エリカは笑顔で親指を立てた。アイリスはいつもギルドに初めて来た人間と飲むようにしている。彼らが馴染みやすくするためでもあり、彼らの話す冒険譚が好きだからだ。ワルファンも同様の理由でこの席に座っている。
「僕、ギルドに来るのは初めてだったので、こんなに賑わっているとは思いませんでした」
クバールが周りを見ながらそう呟いた。
「夏はいつもこんな感じだぞぉ。それに今年は魔物が多いから他の地方から冒険者がわんさか来てるんだぁ」
「あなたも冒険者なのですか?」
フラメールが目の前で酔っ払うワルファンに冷たいを目を向けながら話しかける。ワルファンは呂律が回っていないので、代わりにアイリスが質問に答える。
「コイツは元冒険者だよ。今はこのギルドの長としてギルドの管理や本部との連携を任されてる」
「僕にはただの酔っ払いにしか見えませんね」
「ああ見えて仕事はちゃんとしてる……はず」
「しとるぞぉ〜しとるしとる」
ワルファンが適当な返事をすると、厨房から出てきたエリカがお酒の入った木製のジョッキを机に置く。
「ワルファンさん、お酒はその辺にしといてくださいね。いつもフィリスが愚痴ってますよ?執務室が酒臭いって」
「エリカ、お酒ありがと!クバールは何かお酒以外の飲み物頼む?」
「僕にはオランの果汁がありますので」
クバールはそう言って手元のジョッキを指差す。
「そんなお子様な飲み物をのんでたらいつまで経ってもおとなになれないぞぉ〜」
「はいはいワルファンさんには水を用意してるからちゃんと飲んでね。クバールさんもこんな大人の言うこと気にしなくていいですからね」
「あはは、そうします」
「それじゃあ各々飲み物は確保できたから、乾杯しよっか!」
アイリスはジョッキを手に持ち、皆の準備が整うのを待つ。それぞれがジョッキを片手にアイリスの方に目を向けた。
「夏の始まりに、乾杯!」
「「「かんぱ〜い!」」」
剣士に商人、魔術師に錬金術師、冒険者ギルドにはそれぞれの道を行く旅人たちが一同に会する。となりで笑う気心の知れた仲間も、明日にはいなくなっているかもしれない。しばらく会えていなかった友人と、再び再会するかもしれない。
この冒険者ギルドには、毎年夏にだけ現れる錬金術師のエルフがいる。夏になると必ずギルドに現れて、その場にいる全員と馬鹿騒ぎをする。出会いと別れの繰り返しである冒険者にとって、彼女は正に夏の風物詩だった。