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第6話 夏が始まる



 アイリスが毎年出向く町の家々は巨大な湖と砂浜を囲むように建っている。村と町の決定的な違いは冒険者ギルドの有無である。冒険者ギルドは王都のギルド本部から直々に営業許可を貰わないと開設することはできず、その条件は住民の数が1000人を超えていることである。アイリスが向かう町の住民は1500人だが、観光の名所でもあるため、観光客を含めると2000人を超える。

 アイリスは夏にしかこの町に出向かないため、夏の行事しか知らないが、冬場も湖が凍ってスケートなどを楽しむことができるため、一年中観光を楽しむことができるそうだ。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

聖暦500年 6月31日


 アイリスは荷台から今にも飛び出してしまいそうなほど身体を出しながら興奮した様子でクバールに話しかける。


「見て見てクバール!町が見えてきたよ!」


「あ、アイリス様!危ないですから座っていてください!」


「あっはは!毎年来てるって話なのによくそんな新鮮な反応ができるよな!」


「隊長も、ちゃんと前を見てください!」


 アイリスを乗せた商隊は徒歩だと2ヶ月かかる道のりをわずか1ヶ月で駆け抜けた。その間にアイリスと商隊のメンバーはすっかり仲良くなり、今後ポーションを売る際の仲介を行う契約まで結ぶ約束をしている。商隊の馬車は丁度収穫時期の麦畑を通り過ぎながら町の関所へと向かう。関所に到着すると、隊長が他のメンバーに向かって話しかける。


「よし、お前ら身分証明書を用意しろ」


 身分証明書とは関所を通る時に必要な書類であり、そこには名前と職業、所属がある場合は所属先の名前が書かれている。証明書は町でも発行しているが、王都から発行されたものならどの関所も通ることができる。


「あれ?アイリス様は王都の証明書を使わないのですか?」


「使わないんじゃなくて、持ってないの。前は持ってたんだけど、無くしちゃって。まあ最近はこの町にしか行かないから大丈夫大丈夫!」


 アイリスはそう言ってクバールの肩を叩きながら荷台から降りて、関所の衛兵に証明書を見せる。


「錬金術師のアイリスさんですね。今年も楽しんでいってください」


「うん!ありがとう!」


 アイリスと商隊は無事関所を抜けて町の中に入る。町の大通りには多くの露店が並んでいて、そのどれもが旅人や観光客で賑わっている。人々は皆夏用の服装で出歩いており、もう日焼けをしている人までいる。アイリスはこの光景が好きだった。

 

 アイリスと商隊は町で1番大きなホテルの前まで移動する。


「じゃあな嬢ちゃん。俺たちはこのホテルで次の商談があるんだ。短い間だったが楽しかったぜ」


「私も楽しかったよ!ポーションの仲介については後日契約書にサインしてそっちに送るね」


「はい。……あの、アイリス様はこのホテルに宿泊されないんですか?」


「夏の間はずっと滞在するつもりだからね。お金を節約するためにももう少し安い宿を探すよ。……もしかしてクバール、寂しくなっちゃった?」


「な、なってません!揶揄わないでください!」


「あははっ、冗談だよ。もし会いたくなったらギルドにおいで。高確率で私がいるから!」


「まったくもう……覚えておきます。アイリス様、良い夏をお過ごしください」


「うん!そっちもこの夏を目一杯楽しんでね!」


 アイリスはそう言って手を振りながらホテルを去る。彼女は早速宿探しを始めた。夏は観光客も多いため中々空いている宿は見つからない。特に湖沿いにある宿は眺めがよく、予約でいつも満室になっている。アイリスは毎年泊まる宿を変えている。泊まるたびに新しい仲間と出会うのを楽しみにしているのだ。


「湖の近くもいいけど、今年は少し離れた場所にしてみようかな」


 アイリスは湖から少し離れた場所を歩いていると、去年にはなかった新しい宿を見つける。どうやら民家を改装したらしく、部屋の数は少なそうだった。


「ここら辺は人通りも湖辺りと比べると少ないし、ここなら空いてるかも」


 中に入ると、すぐ横に受付があり、その奥はリビングのようだった。


「ここって宿だよね?部屋空いてる?」


 アイリスは受付に座っていた仏頂面のおばあさんに話しかける。


「……相部屋なら空いとるよ。それでいいなら貸したげる」


「お相手は?」


「安心しな。女だよ」


「わかった。ここにする。2ヶ月くらいこの町に滞在する予定だから、宿泊料はいくらぐらいになるかな?」


「2ヶ月かい?旅人にしちゃ随分と長いね。それなら金貨30枚は頂くよ」


「了解!……はい、金貨30枚」


 アイリスは金貨をおばあさんに手渡す。


「部屋は2階の一番奥にある。これが部屋の鍵だ。無くすんじゃないよ」


「へぇ、鍵なんてあるんだ!珍しいね!」


「あの部屋は死んだ夫の執務室だったのさ。仕事中に邪魔されたくないからって勝手に鍵を付けたんだよ」


「……なるほどね。それじゃあ、有り難く使わせてもらうよ」


 アイリスはそう言って2階へと続く階段を登っていく。一段踏むたびに木製の板がギィギィと音をたてる。2階に登って、言われた通り奥の部屋の扉を開ける。中を覗くと、白髪の少女がベッドの上で本を読んでいた。アイリスに気づいたらしく、本を閉じてアイリスの目をじっと見つめる。


「やあ!今日から一緒にここを使わせてもらうよ。私の名前はアイリス!君は?」


 白髪の少女はアイリスの問いかけに淡白かつ美しい声で答えた。


「フラメールです。よろしくお願いします」


「フラメール。いい名前だね!」


 アイリスは隣のベッドに座り、荷物を整理しながらフラメールに話しかける。


「ここに来るのは初めて?」


「はい。そうです」


「そっちに立て掛けてある剣を見るに、冒険者かな」


「あなたもそうなんですか?」


「うーん、冒険者かと言われると微妙だね。確かにここまで来るのに結構な冒険はしてるんだけど、どっちかっていうと出稼ぎかな。君は1人で冒険してるの?」


「はい。北部地帯から来ました」


「北部か、あそこはずっと冬みたいなものだからね。私は絶対行かない。寒いの苦手だから」


「私も、寒いのは好きではありません」


「お!気が合うね!だったらこの町の夏はきっと気に入ると思うよ!よかったら今日案内しようか?」


「いえ、大丈夫です。今日はギルドで登録手続きがありますので」


 冒険者は新しい町で活動する際、ギルドに自分の名前を登録する必要がある。


「なるほど。この町のギルドは手続きが面倒だから早めにやっといた方がいいね」


「はい。ですので今から行こうと思います。失礼します」


 フラメールは一礼すると剣を携えて部屋を出ていこうとする。


「あ、ちょっと待って!君は鍵って持ってる?」


「手元にあります」


「ならよかった。行ってらっしゃい」


 フラメールは再び一礼して部屋を出る。アイリスはベッドに仰向けになってこれからの予定を考える。


「まずは町の中心に行ってエリカに会わないと。その後はエリカと時間を潰して、夜はギルドに行こう」


 アイリスは立ち上がり、必要最低限の荷物を持って宿を出る。丁度昼頃なのもあって刺すような日差しが彼女の身体に降り注ぐ。アイリスは目を細めながら空にある太陽を眺めた。


「やっぱり夏は最高だね!」


 アイリスはスキップをしながら町の中心へと向かう。通りに沿って並んでいる家屋の花壇には夏にしか咲かない赤いハイビスの花が咲いている。通りを歩く女性の中には頭にハイビスの花を飾りとして付けている人もいた。アイリスは少し考えた後、近くの花屋に足を運んだ。


「すいませーん!ハイビスの花ってまだありますか?」


 アイリスが店の奥に向かって叫ぶと、エプロンを着た男性が笑顔でやってきた。


「ちょうど今開花しているものが入荷してきたばかりだよ。お客さん、運がいいね!」


「やった!なら1輪ください!」


「あいよ、銀貨3枚な」


 アイリスは店主に銀貨を渡してハイビスの花を受け取る。葉と茎を剪定し、花弁はこのままだと少し大きいので縮小のポーションを一滴垂らして花全体を小さくする。最後に金具を付ければ花飾りの完成だ。


「お客さん、器用だね。もしかして魔術師かい?」


「いいや。私は錬金術師だよ」


「錬金術師……ああ!ギルドの!」


「私のこと知ってるの?」


「ワルファンからよくお前さんの話は聞いているよ。夏にだけやってくる奇妙な錬金術師だってな」


「ワルファンおじさんと知り合いなんだね!彼、元気にしてる?」


「あいつが元気じゃない日なんてないさ。今日もギルドの酒場で昼から酒でも飲んでるよ」


「相変わらず酒好きだなぁ。私も夜にはギルドに行くから暇だったら来てね!」


「おう。久々にワルファンの馬鹿と飲みたいしな」


「それじゃあ、お花ありがとねー!」


 アイリスは花屋を離れて再び町の中心へと歩き出す。町の中心には大きな噴水があり、その周りを多くの露店が囲んでいる。この時期は朝昼晩一日中お祭りのような雰囲気で、中心に近づくほど人が多くなり、陽気な音楽があちこちから聞こえてくる。アイリスも音楽を口ずさみながら真夏の楽園を散策する。

 噴水付近に到着すると、そこでは多くの住民が音楽に合わせて華麗に舞っていた。そのうちの1人にアイリスの親友がいる。


「エリカ!」


 アイリスが親友の名を叫ぶと、楽しそうに踊っていたエリカがこちらに振り向き、弾けるような笑顔で走ってきた。


「アイリス!久しぶり!」


 エリカはそのままアイリスに抱きつく。


「元気にしてた?寒くなかった?」


「寒かったけど、ポーション6本毎日キメてたからなんとか耐えれた」


「もう、そんなに飲んだらポーション中毒になっちゃうよ」


「大丈夫!もうとっくの昔に中毒になってるから。それよりエリカの方はどうだった?特に変わりない?」


「うん!去年の冬はお父さんと一緒に王都に行ったよ!建物もお城もとっても大きかった!」


 エリカはこの町の大商人であるアウグス・アトラスの娘である。アイリスは代々アトラス家の専属錬金術師としてポーションを提供している。


「王都かぁ、あそこは年中暖かいからいいよねぇ」


「寒いのが苦手なら、王都に住めばいいんじゃない?」


「私今王都から出禁くらってるんだよね……それに、あそこの気温は私にとっては生ぬるい。やっぱりこの町の真夏が一番だよ!」


「ふふっ、そう言うと思った。さ、アイリス。私と一緒に踊りましょう!」


 アイリスはエリカに手を引かれ、踊る住民たちの輪の中に入る。2人は音楽に合わせてステップしながら噴水の周りを舞う。通りすがりの魔術師が機転を利かせて噴水の水を様々な魚獣の形に変化させ、踊る住民たちと共に宙を泳がせる。真夏の日差しを浴びた魚獣たちはキラキラと宝石のように輝いている。


「アイリス、踊り上手くなったね!」


「ふふん、何年も踊ってれば自然と上手くなるよ」


 楽しそうに踊る住民たちを見た観光客も次々と踊りに参加する。皆見よう見まねだが、笑顔で笑い合いながら汗を流す。冬を耐え忍び、春を旅してようやく辿り着いた。


 アイリスの夏は、ここから始まる。


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