第4話 錬金術師の狩り
一流の錬金術師は材料を自らの眼で見て調達する。生成派の派閥に属する者は生物を材料にすることが多いため、当然1人で狩りができなくてはならない。
ポーションの材料は鮮度が命である。ポーションには主に2種類あり、飲むことで効果が得られるタイプと、何かに付着するか外気に触れることで効果が出るタイプがある。そのどちらも鮮度が高くない材料、即ち材料本来の魔力が失われた状態の物を使用して作成しても、ドロドロとした液体になるだけである。そのため見習い錬金術師の多くは最初に状態維持のポーションを作成できるよう努力している。アイリスはこのポーションを作るのに100年の歳月を必要とした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
聖暦500年 4月15日
暖かな日差しが荒野を照らす。アイリスは岩陰に隠れて獲物の様子を伺っていた。アイリスの視線の先には黒い立髪を持つ獰猛そうな魔獣の群がいた。数は4匹で親が2匹、子供が2匹だ。魔獣の名前はガラルド。荒野に多く生息しており、グラノドラゴンがいなければ彼らが荒野の生態系の覇者だ。
「……動く気配はなさそう」
どうやら休憩中のようだ。子供2匹がじゃれて遊んでいるのを母親が近くで見守っている。父親は周りをぐるぐると移動して警戒している。彼らの口元には赤い血痕が残されていた。
「道中冒険者が食い荒らされてたからもしやと思って来てみたけど、当たりだね」
ガラルドの爪や内臓は俊敏のポーションの材料になるため、アイリスは見つけたら積極的に狩るようにしている。狩るのは1番サイズが大きい雄のガラルド。
「矢の数は限られている。できれば一発で仕留めたい」
アイリスはポーチから狩り用に改良した毒のポーションを取り出す。このポーションは他の毒のポーションと異なり毒が脳にしか回らないため、他の部位を毒や魔力で汚染させることはない。さらに即効性もあるので獲物も苦しまずに死ねる。アイリスはポーションの栓を抜き、矢尻に垂らす。そして岩陰から立膝をしながら弓を構える。
「……ふーぅ」
軽く深呼吸をして、弓を引き標準を合わせる。ガラルドは動きが素早く反応速度が速いため、生半可なスピードの矢ではたとえ不意打ちでも避けられてしまう。避けられたが最後、ガラルドは一瞬でこちらに距離を詰めてくるだろう。前衛のいない孤独な錬金術師に求められるのは、反撃を許さぬ必殺の技である。
太陽が丁度真南に登る。子供たちが少し遠くへ駆けていき、砂埃が舞う。母親が首を持ち上げ、彼らの方を向く。それに父親がほんの一瞬、反応した。
――ビュン
この一瞬に放たれる矢は、もはや誰にも再現することはできないだろう。魔術が主流となった今、剣士や戦士、弓士ですら、皆武器や身体にどれだけ強力な魔術を施せるかによって力量が変わってくる。ただの生身では昨今の魔物はもう倒せない。
だが錬金術師にとって、魔物は倒すものではない。魔力を帯びた武器で殺した魔物は鮮度が落ちる。故に一流の錬金術師は、己の技と錬金術のみを用いて、魔物を狩る。
アイリスが放った矢は、影を置き去りにしてガラルドの喉に突き刺さる。ガラルドは白眼を剥きながら地面へと倒れる。驚いた母親は立ち上がり、こちらに気づくと威嚇してくる。だが近づいてくる気配はない。母親と子供は狼狽しつつも、父親の死体から離れていく。死臭は風に乗り、他の魔物を引き寄せる。そのため家族が殺されたとしても、その場を離れる他ない。
アイリスはすぐに倒れているガラルドの近くに駆け寄り、ナイフを取り出して腹を割く。内臓を引きずり出すと、状態維持のポーションを素早く垂らす。内臓は周りの血と共にゲル状の塊になる。次にナイフで爪を切り取りこれにもポーションをかける。
「……うん。上手くいった」
アイリスは満足げに頷くと、ポーチに一言声をかける。
【喰え】
するとポーチの口から巨大な魔物の腕が飛び出し、ゲル状になった内臓と爪を掴んで再び口の中に戻っていく。暴食獣には無尽蔵の貯蔵を誇る胃袋があり、アイリスはそれを"反転"させて暴食獣を胃袋の中に閉じ込め、飼い慣らしている。このポーチはアイリスの最高傑作の1つである。
「よし。私もさっさとここを離れよう」
アイリスは残骸を残したまま荷物を置いていた岩陰に戻る。錬金術師は普通の狩人と違って部位を余すことなく持ち帰ることはしない。獲物が獣なら話は別だが、魔物の肉は食えたものではない。また、彼らは共食いをするため、放置しておけば明日には跡形もなく消え去っているだろう。
「冬の間は狩りをしないから、やっぱり腕が鈍るね。頭を狙ったんだけど、少しズレた」
アイリスは肩を回しながら再び荒野を歩き出す。日差しが彼女の身体を照らす。春の暖かさを全身で楽しみながら、アイリスは前へ進んだ。