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第11話 路地裏の魔道具店



 錬金術師は多くの場合自分が初めて作り上げた工房を一生使い続ける。それはそこで積み上げてきた有りとあらゆる試行錯誤がその環境でしか成り立たないものだからである。壺の位置、その土地の気温変化、採れる材料など、少しでも異なればポーションは作れない。

 アイリスは村と町にそれぞれ工房を設けているが、この2つの工房から出来上がるポーションはたとえ同じ効能を有していても、錬金術師から見れば全くの別物である。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


聖暦500年 7月2日


 アイリスは昨日疲れて早く寝たためか、今日はいつもより早起きだった。太陽は出ておらず、外はまだ暗い。こんなふうに暇を持て余した時、アイリスには必ず向かう場所があった。

 隣のベッドですうすうと寝ているフラメールを起こさないよう、静かに着替えて外に出る。まだ早朝だからか、少し涼しい。昼はあれだけ賑わっていた町の通りも今は誰もいない。


「……静か」


 アイリスはそう呟き、湖に向かって歩き出す。砂浜に到着すると、その場でしばらく波の満ち引きを眺める。湖の奥の方で巨大な魚獣が水面から勢いよく飛び出し、背中を打ち付けるようにして再び潜っていく。 

 アイリスは砂浜を歩いて、いつもの場所に座る。ここは昇ってくる太陽が一番綺麗に見える。脚を伸ばしてリラックスした体勢でぼんやりと湖を眺める。


 さざ波の音が心地よく、アイリスを眠りに誘う。いつもここに来てしばらくすると瞼が再び重くなる。それを必死に堪えながら日の出を待つ。


 空が段々と白みだしてきて、遠くの水面が橙色になっていく。太陽が水平線から顔を出すと、輝く光の直線が波によってキラキラと映し出される。エルフにとっては長い年月の中のたった一日の始まりに過ぎない。しかし、昇らぬ太陽もあることをアイリスは知っている。何気ない毎日が送れることに感謝すること。アイリスがエルフとして生まれ、最初に心に刻んだことだ。


「さて、フラメールを起こしに行こう」


 アイリスは立ち上がる。太陽は今日も昇った。そのことに感謝しながら、砂浜をあとにした。



▲▽▲▽



「起きてーフラメールー!朝だよー!」


 アイリスはフラメールの身体を揺り起こす。フラメールは目を擦りながらゆっくりと起き上がった。口には白い髪の毛が纏わりついている。


「おはようございます……」


「おはよう!今日も快晴だよ!」


「そのようですね……」


「昨日は依頼をこなしたけど、今日はどうする?」


「特に予定はないので、あなたに合わせます」


「だったら買い物に付き合ってくれないかな?そのあとポーションを作りたいんだよね」


「わかりました。それでは準備しますので、適当に時間を潰しててください」


「了解!」


 アイリスはベッドの上でゴロゴロと転がりながらフラメールの準備を待つ。フラメールの準備が終わる頃にはすっかり寝落ちしてしまっていた。フラメールは呆れてアイリスの身体を揺り動かす。


「はっ!!寝てしまっていた!!」


「朝早く起きるからですよ」


「え?なんで知ってるの?」


「ガサガサうるさかったから」


「すいません……」


「謝らなくてもいいですよ。それで、何を買いに行くんですか?」


「ポーションの瓶をそろそろ買い溜めしときたいんだよ。けどその前にまずは朝食を食べなきゃ。ついてきて。おすすめのカフェがあるんだ〜」


 アイリスとフラメールは噴水近くにあるお洒落なカフェに向かう。朝から繁盛していて、通りのテラス席しか空いていなかった。2人はパンと黒豆茶を注文してその席に座る。


「今日は午前中に知り合いの魔道具店に行って瓶を買い、簡易工房でポーションを生成する。午後は……暇だしエリカの家にでも遊びに行こうかな」


「エリカさんは確か大商人の娘なのですよね。やはり家も大きいのですか?」


「そりゃもうおっきいよ!真っ白な豪邸、プール付きの庭、どこにいても見かける使用人たち……ヘタな貴族よりもいい暮らしをしてると思うよ」


「……けど、彼女は商人を継ぐ気は無さそうですね」


「そうだね。エリカは母親に似て好奇心旺盛だから、冒険だったりダンジョン攻略の方が気になるらしい。酒場で働いてるのも、冒険者たちのそういう物語を聞くのが好きだからだよ。それに関しては私もだけど」


「……冒険なんて、楽しんでやるものじゃないです」


「だったら君はどうしてここまで冒険してしたの?」


「南部地帯に用事があったからですよ。それより黒豆茶にパンを浸すってどうなんですか?」


 アイリスは千切ったパンをカップに注がれた黒豆茶の中にびちゃびちゃと染み込ませていた。


「わかってないねぇ、甘いパンと苦い黒豆茶の相性は抜群なんだよ。こうして染み込ませることで食べたときに甘さと苦味が口の中で溶け合うんだ。美味しいよ?」


「そういうのはあまりお店でやらないほうがいいと思いますよ。少なくとも私は不快です」


「むむ……だったらパンを食べてすぐ黒豆茶を飲む!……これならどう?」


「それなら大丈夫です。私も今度試してみようと思います」


「え、もう食べ終わったの?」


「はい」


「わ、私よりも早い……」


 アイリスは負けじとパンと黒豆茶を交互に口の中に放り込んだ。



▲▽▲▽



 2人はカフェを出て次の目的地である魔道具店に向かう。魔道具店は太陽光の届かない路地裏にひっそりと看板を立てている。

 フラメールは窓からそっと中を覗く。薄暗くてよく見えないが、棚には魔道具らしき売り物が無造作に置かれていて、奥に本が沢山積まれた机があり、そこで老人が突っ伏している。

 アイリスが扉を開けると、扉に付いていた鈴が鳴る。その音に反応して老人がゆっくりと顔をあげた。口元には白くて長いヒゲがフサフサと生えているが、頭の毛はすっかり抜け落ちている。これだけ見ればただの老人だが、彼の耳は人よりも長かった。


「……もうそんな季節じゃったか」


 老人はアイリスの顔を見るなりそう呟いた。


「さっむ……!!相変わらず寒冷のポーションの効きが良すぎるよ……」


 アイリスはそう言って身体を震わす。


「そうですか?私は快適に感じるのですが」


「そうじゃろう。コヤツが寒さに弱すぎるのじゃ」


「2人は北部出身だから感覚がおかしいんだよ!普通は寒いって思うよ!……はぁ、まあいいや、こんなこともあろうかと暖和の上級ポーションを持ってきてるし」


 アイリスはポーチから2本取り出すと一気に飲み干した。


「ふぅ、これで大丈夫。それじゃあ紹介するよ、この老人の名前はマイルス。私と同じエルフで、ここの店主だよ」


「はじめまして。私の名前はフラメールです」


「フラメールか、よい名じゃな。それで、何の用でここに来たんじゃ」


「ちょっとポーション用の瓶がなくなりそうだったから、それを買いにね。まだ在庫はあるでしょ?」


「おぬしみたく毎回瓶を投げつけて割るような奴に売りたくはないんじゃがな」


「けど私がいなかったら売り上げなんて皆無だよね?ただでさえこんな目立たない場所なんだし」


「ふん、わしは最初からこんな所で魔道具を売るつもりなんてなかったのじゃ。じゃがオルレーンの馬鹿共がわしを追放し、仕方なくこの町で隠居しているに過ぎない」


「あの魔術都市オルレーンにいたんですね。でしたらあなたは魔術師なのですか?それに、どうして追放されたんです?」


「こらこらフラメール、お爺ちゃんにそんな一気に質問したらダメでしょ」


「馬鹿にするでないわ!わしとてまだ耳は衰えておらん!……フラメール、わしは錬金術師じゃ。そもそも魔術師と呼ばれる輩も元は錬金術師なのじゃ。オルレーンは本来錬金術師のために作られた都市じゃった。それなのに最近になって魔導派の奴らはオルレーンを"魔術"都市などと呼び、他の派閥を排斥するようになったのじゃ!」


「まぁ最近と言ってもエルフ基準の最近だから、実際は500年くらい前からそういう動きはあったけどね。それにマイルスだって魔術は得意でしょ。別に構築派にこだわってなかったら追放されたりしなかったのに」


「構築派はわしが育てたのじゃぞ!我が子を捨てろと言うのか!」


「はぁ、錬金術師ってほんと執着心が強いよね。私も人のこと言えないけど。それよりポーションの瓶を早くちょうだい」


「まったく図々しい奴じゃ……少しそこで待っておれ」


 マイルスは立ち上がって店の奥に入っていく。フラメールは周りの棚を物色し始めた。


「ここに置いてある魔道具、どれも一級品ですね」


「マイルスは構築派の創設者の1人だからね。魔道具に関する知識や腕前なら彼に勝る人はいないよ」


「そんなすごい人物をどうしてオルレーンは追い出したんですか?」


「……魔道具の需要が低いからさ。魔道具でできることは魔術でもできる。それはポーションもだけど、魔道具はポーションよりも圧倒的に値段が高い。ほら、そこの小さい歯車だけで金貨200枚だよ。これじゃあ庶民は買えない。今のオルレーンでは営利主義と実力主義が蔓延しているからね。魔術に代用可能な高いだけのガラクタを作る老人なんて必要ないらしい」


「昔のオルレーンはただ真理を追い求める者たちの居場所に過ぎなかったんじゃがな……」


 マイルスがそう呟きながら瓶の入った木箱を持って店の奥から出てくる。そしてそれをアイリスたちの目の前に置いた。


「これだけあれば十分か?」


「どれどれ、ざっと20本くらいはあるかな。うん、問題ないよ。いくら?」


「金貨50枚じゃ」


「う、相変わらず高いね……はい、どうぞ」


「うむ」


 アイリスは木箱の中にある瓶を一つ一つ丁寧にポーチに入れる。


「それじゃあフラメール、次は私の工房に向かおう」


「はい」


「待つのじゃ」


 出て行こうとするアイリスたちをマイルスは引き止める。


「"アレ"の整備は必要ないか?」


「大丈夫だよ。今のところは」


「……アレとは?」


「私が討伐の時に使う魔道具だよ。大抵は使わずとも討伐できるんだけど、たまにヤバい魔物の討伐依頼がきたりするから。……さっ、そんなことより早く工房に行こう!こんな寒いところにずっといたら体調が悪くなっちゃうよ!」


 アイリスはそう言って半ば強引にフラメールの手を引いて魔道具店をあとにする。路地裏を抜けると、彼女たちの目に真夏の日差しが舞い戻ってきた。フラメールは手を引かれながら路地裏の方を振り返る。そこには漆黒の影しか残されていなかった。



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