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第1話 冬は巣篭もり

今日中にあと2話投稿します。その後はストックが切れるまで毎日1話投稿予定です。



 夏季と冬季の差が激しいトロント大陸のある村に、1人の錬金術師がいる。彼女の名前はアイリス。年齢不詳で種族はエルフ。夏は元気ハツラツとしていて明るい前向きな性格だが、冬になると消極的で穏やかな性格になり、一日中家に引き篭もっている。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

聖暦500年 2月25日


 今日も今日とてアイリスは、依頼されたポーションを生成中。依頼人は隣の家に住むハーノルド青年と、お向かいさん家のジョバンニおじさん。ハーノルドには回復のポーションを10個依頼されており、ジョバンニおじさんには筋力強化のポーションを5個頼まれている。


 ポーション生成にはある程度材料が必要になるが、それは春と秋に取り揃えておく。鳥獣の卵にグリム草原の魔草、スライムの粘液を混ぜ合わせて、少しの魔力を込めてあげれば回復のポーションの出来上がり。味は最悪だが、効果は抜群だ。


 ジョバンニおじさんは鍛冶屋で、年中熱い鉄を叩いている。彼の作った鉄製品は丈夫で質がいいのでアイリスは彼が作ったポーションを混ぜる壺を愛用している。筋力強化のポーションはその対価だ。レッドトカゲの肝臓と鳥獣の卵の殻を一緒にすり潰し、上級スライムの粘液を混ぜ合わせれば完成する。


「アイリスさん、こんにちは」


ハーノルドが家の扉を開けて入ってくる。人間の成長は早い。昔は扉の半分くらいの身長だったのに、今では少し頭を下げないと家に入れないようだ。アイリスは工房から離れて迎えようとするが、外から入ってくる冷気に気圧される。


「は、早く閉めて……寒いから……」


「はいはい。ほんと寒がりですね」


 ハーノルドは扉を閉めて、玄関で少し雪を落とす。


「ポーションはできましたか?」


「うん。できたよ。頼まれてた回復のポーション10個。工房の机に置いてあるから取っていって。けどごめん。去年は材料になる魔草があんまり生えてなくて、効き目が少し悪い」


「大丈夫です。予備もまだありますし」


 ハーノルドはそう言って工房の奥へ入っていく。アイリスは窓から外を眺めた。


(……今年も豪雪だね)


「アイリスさん、お金は机の上に置いておきましたよ」


 工房から出てきたハーノルドの両手には紐で5本ずつ一括りした回復のポーションが握られていた。


「わかった。ありがとう。外は寒いから気をつけて」


「あはは、大袈裟ですよ。僕の家はすぐ隣ですし」


 ハーノルドは笑いながらアイリスの家を出る。ハーノルドの家には持病を抱える母親がいる。母親はいつも孫の顔が見たいと言っているが、ハーノルドは看病を優先しているため中々家から出ない。だが、そんな彼にも想い人はいる。


「アイリスさーん!こんにちは!今日も寒いですね!」


 茶髪の明るい少女が扉を開けてやってきた。彼女の名前はクライン。ジョバンニおじさんの娘で、ハーノルドの想い人でもある。将来は鍛冶屋を引き継ぐつもりらしい。


「そうだね……だから早く閉めて……さっきハーノルドにも同じことを言ったよ……」


「あ、すいません……って、ハーノルドが来てたんですか?」


「ついさっきね」


「じゃあ、入れ違いになっちゃったんだ。残念……ハーノルドは元気にしてました?」


「元気そうにしてたよ。立ち話もなんだし、そこの椅子と机使っていいよ。今日はポーションを受け取りに来たんだよね?」


「はい!お父さんったら、もう歳なのにまだ仕事を続けるつもりなんですよ?私だって一人前なんだから、少しぐらい頼ってくれてもいいのに……」


「あの子は気難しいからね。頼るのが恥ずかしいんだよ。温かいお茶を作るつもりなんだけど、いる?」


「ぜひ!」


 アイリスは茶葉が入ったポットに暖炉で沸かしたお湯を入れる。少し蒸らしたあと、ティーカップと共にクラインへ振る舞った。


「ありがとうございます!アイリスさんは飲まないんですか?」


「飲むよ。その前にポーションの用意をしてくる」


 アイリスはそう言って工房の中に入る。大きな壺の中にはドロドロとした赤茶色の液体が入っていた。それを木の棒で少しかき混ぜる。混ぜ終わった液体を一つ一つ瓶で掬い上げ、木のコルクで栓をする。コルクの上部に空いてある小さな穴にガラルグモの糸を通し、5つの小瓶を1本の糸でまとめる。最後に糸の両端を三つ編みにして、持ち運びやすくする。


 アイリスは工房を出て暖炉の近くで椅子に座っているクラインに、出来上がったポーションを手渡す。


「いつもありがとうございます!お金、本当にこんな少なくていいんですか?」


「うん。ジョバンニにはいつも良い壺を貰っているからね。今使ってる壺は少し内側が錆びてきたから、また制作を頼もうと思ってる」


「だったら私に任せてください!お父さんよりも質のいい壺を使ってみせます!」


 クラインは自信ありげに胸を叩く。


「それじゃあ、君に前貰ってすぐ壊れちゃった鍋の代わりを作ってもらおうかな」


「ぐ、ぐぬぬ。だ、大丈夫です!あの時よりも腕は上がってます!」


「ふふっ、期待して待ってるよ。さ、早くポーションをジョバンニに届けてあげて。きっと今頃腕を組んで仁王立ちしてるよ」


「うっ、また遅いって怒られる……それじゃあポーションありがとうございました!お茶も美味しかったです!」


 クラインはポーションの束を持って急いで雪の降る屋外へと駆け出していく。クラインの昔から変わらないそそっかしさにしみじみしながら、ポットに残ったお茶をカップに注ぐ。


(ハーノルドもクラインも、あんなに大きくなったんだね。あの2人は、私の知る限り両想いなのだから、そろそろお付き合いを始めてもいいと思うのに。……またジョバンニとユリアの時みたいに、媚薬でも作ってあげようかな)


 そんな余計なことも考えながら、カップに注いだお茶を飲む。暖炉の薪がバチバチと燃える音に心癒されながら、窓に打ち付ける雪が徐々に溶けていく様子を眺める。冬は大嫌いだが、この雰囲気だけは気に入っていた。


――カーン、カーン


 ジョバンニが鉄を叩く音が聞こえてくる。音から察するに、恐らく旅商人に売る鉄剣を作っているのだろう。そろそろ冬も終わる。そしたらこの村にも人がやってきて賑わうようになる。だがその時にはもう、アイリスは村を離れているだろう。


「……そろそろ荷造りしないと」


 春が訪れる足音を背に、アイリスは工房に入った。

 

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