デビルちゃん
透明人間になって、好きな人のあんな姿やこんな姿を見てみたい。そう考えた事はあるだろうか。俺はある。だいたいいつも思っている。
高校3年生、春。大学受験に向けて本気で取り組み始める時期だというのに変わらずそんな妄想をしているのだから、我ながら大したものだ、我が性欲は。スケベな妄想ばかりしている。妄想している時は楽しいのだが、如何せんTPOを弁えないため、授業も身に入らないし、体育の前後なんて、ああ、今透明人間になれたら、更衣室に入って気になる女子たちのあられもない姿を拝めるのに、と考えてしまって、着替えが出来ず授業に遅れる事もあるほどだ。はっきり言って、人間として終わっているレベルだ。
「なんとかしないといけないよな……」
一人呟きながら、自室でベットに寝転がりながら、アイフォンで調べものをする。進学にせよ就職にせよ大事なこの時期にやるような事かと冷めた目で俺を見る俺自身の心と、いいや必要だ、絶対に、と、断固とした意志で、中学の頃から慣れ親しんだまとめサイトを開く俺。本当に何をやっているんだか。
「何やってんだ、おい」
自分の心とシンクロしながらも、絶対に自分の声では無いと解る声がした。女の声だ。乱暴で、少しギザギザした、幼いようにも、老婆のようにも聞こえる声。
「は?」
声のしたほうを見る。俺の勉強机があるほうだ。そこには、俺の椅子に腰かけて、得意げな顔でこちらを見る、赤い髪の女が居た。
「!?!?」
思わず悲鳴を上げそうになる。しかし寸前で思いとどまる。下の階には両親が居る。夜遊び好きの姉は今は部屋に居ないだろうが、ともかく家族が居るこの家で、今俺が悲鳴を上げれば、皆がここへ駆けつけるだろう。そして、そこで目撃するものはなんだ。目の前のあの女だ。
赤い挑発、アニメのような、燃える赤い瞳、歯が全部ギザギザに見えるほど特徴的な犬歯、人を蔑むような口元、小学生か中学生にしか見えない風貌でーー黒いマイクロビキニ、蝙蝠のような黒い羽根、黒い尻尾。そう、目の前にはエロいコスプレをした小学生だ。それが家族に見られたらどうなる? 俺が捕まる。
一応愛されて育った自覚はある。そんな迷惑は掛けたくない。とはいえ不法侵入だ。寛容に歓迎するのも違うだろう。
「だ、誰だ、君は」
「お? 意外と冷静だな。ここらへんで一番強い感情の元へ来たんだが、理性的でもあるのはなかなかの上玉。その欲望、抑えるのはつらいだろう?」
「な、なにを」
言って、その少女は立ち上がり、僕のほうへ歩み寄る。
待て、どこから入った? 扉が開いていない以上は窓からだ。だが窓は開いていない。最初から、俺が帰ってくる前から部屋の中に隠れていたのか? それで、今姿を現した? クローゼットも開いていない。いったいどこから。考えているうちに、違和感に気付く。羽と尻尾が動いている。不規則に、柔らかく。
「ほんもの……?」
「ああ、ちゃんと飛べるぜ」
「!?」
俺の目の前で、その少女はあぐらをかくような姿勢で宙に浮いた。背中の羽で飛んだというには羽ばたきと重量のバランスがおかしい。彼女は浮いているのだ。物理を越えたなんらかの力で。
その状態への困惑――はほどほど、に、童貞の俺にはあまりにも眼福な光景が目の前にあった。あぐらをかいた状態で、マイクロビキニの女の子が、目の前で浮遊しているとなれば、美しい光景がそこに生じるのはもはや必然。乱暴な雰囲気で俺の好みでは無いが、それでも美少女に違いない子の肌が目前にあるとあっちゃあ男としてはもう他の事には集中出来ない。ごめんなさい男代表面されたくないよな、うん俺だけ。俺は特別変態です。
「っと、サービスしすぎて理性飛んだか?」
カラッと笑って少女は着地する。
「理性飛んだんなら責任取ってヤッてやっても良いぜ。むろん、願いにカウントで代償は頂くが」
「な、なんだ、なんの話だ?」
「今のでオレが人間じゃねぇ事はさすがに解ったろ? さっそくだが本題だ」
少女はグイっと顔を近づけてくる。加虐的で、蠱惑的な赤い唇が、聞いた事が無いのに、色んなところで聞いた事があるような言葉を紡ぐ。
「オレは悪魔。デビルちゃんと呼んでくれ。魂を頂く変わりに願いを叶えてやるっつう、素敵極まる美悪魔ちゃんさ」