第6章 ヴォー特務大佐参上
キリアンは軽く笑った。
「そんなことよりキスしよう」
「バカ! マギア・チームが私を実験に出してくれなくなる! 現場を見ずにマリラになんて言えばいいんだ?」
カレナードは親友を睨み、そっぽを向いた。
「スピラー隊長は、あとでたっぷりできるくせに」
キリアンは真顔に戻り、オープン回線をオンにした。
「各機、体勢チェックしろ。実験75の準備に入る」
ミナス・サレに戻るとデンベス回廊から見慣れた大型輸送艦が出て来る最中だった。15番艦だ。
「キリアン、あれにシャル・ブロスが乗っている」
「何だって? ヤツの顔を4年も見てないんだ。唯美主義者が男前になったか確かめなきゃ」
唯美主義者はラーラ・シーラを連れていた。彼女はカレナードに飛付き、胸に顔をうずめた。
「会いたかった、会いたかったよぅ!」
シャルはキリアンに「よう」と手を振った。キリアンは隊員に報告の合図を出してからシャルと抱擁した。
「シャル、お前、あいかわらず涼し気な眼だな」
「キリーこそ、あいかわらずカレナードを追い回しやがって」
「あの娘は恋人さん?」
「俺は愛は大切に育みたいのさ。分かるかい、キリアン」
2人はカレナードとラーラを滑走路から押し出しながら、互いに「あいかわらずだな」を繰り返した。
別れ際、キリアンは言った。
「俺たち、あまり時間はないかもしれない。大切な愛の急成長もありうるぞ、唯美主義者」
シャルは「そのつもりさ」と輸送艦へ駆けていった。
マレンゴ執政官は記録を取っていた。領国民がミナス・サレ城をどのように去ったか、少しずつ近づいてくる嵐の壁の脅威と共に残すべき記憶を残そうと、彼は寸暇を惜しんだ。
カメラを構えている彼にジュノア・アガンが声をかけた。
「まだ完治していないのに。傷が開いても、医局は手一杯ですよ」
「ミナス・サレ軍から復員した者に執政局の仕事を任せられるので、私は少々時間が出来たのです。副領国主殿、滑走路をご覧なさい」
ジュノアは大型輸送艦への搭乗を待つ人の列を眺めた。学舎の生徒とそれを見送る親たちが泣いていた。
「我々はここを離れてどうなるのでしょう。あの親と子が再会するが早くあればいいのだが」
マレンゴはシャッターを切った。軽い音がした。ジュノアは大山嶺を指した。
「ええ。再会した時にその写真が役に立つわ、きっと」
12歳以下の子供たちは輸送船の大きな開口部から入っていった。1人のガーランド・ヴィザーツが歩み出た。背が高く、淡いクリームシルバーの防寒コートはすらりとして、ジュノアは注視した。
「あの歩き方……見たことがあるわ。マリラ女王?」
クリームシルバーの防寒コートは素早くスピラー隊長機の陰に入りキリアンとカレナードに近づいた。
「邪魔をして悪いとは言わぬぞ、キリアン・レー。私の愛人を放しなさい」
キリアンは折り目正しく女王に敬礼した。カレナードと何度もキスを交わしても、女王への礼儀は揺るぎない。随行のベル・チャンダルとイアカ・バルツァが「またか」とあきれていた。それはカレナードにも向けられていた。
マリラの声は静かだった。
「紋章人、状況を説明せよ」
「ご覧になられたとおりです、マリラ」
「時間が惜しい、歩きながら話そう。ヒロ・マギアに会わねばならん。私はここでは一介の乗務員にすぎぬ。ヴォー特務大佐と呼べ、レブラント少尉」
キリアンは足元の測定記録箱を持ち「お先に失礼します」と兵站の建物に走った。今が非常事態で、ありがたかった。平時なら女王の鞭が飛んできても逃げてはならない。
ヴォー特務大佐はねっとりと愛人を見た。
「あいかわらずだな。その唇に清拭コードをかけたいが」とコートの袖をカレナードの顔に当てた。
「そなたが私の前にいる時、心に他の誰も置いて欲しくないのだ」
「あなたの前では、まっさらでおりますよ。ヴォー大佐殿」
そうなのだろうとマリラは感じた。この女は何にでも変化するのだ。処女にも娼婦にも、青年にも乙女にも。
大佐殿はカレナードと肩を組んだ。
「実験は順調のようだが、結果の見通しはどうだ」
「まだ何とも言えません。効いているのかさえ判断できません」
「そうか……事は急を要するが、マギア・チームを急かしはするまい。まだ2日目だ」
「なぜ御自身がいらしたのですか」
「サージ・ウォールの状態を近くで確かめたかった。アナザーアメリカ全土に危機を知らせるには、この目で見ておかねば。私は近日中にテッサ・ララークノとラジオマイクの前に立つ予定だ」
2人は立ち止まって額をくっつけた。




