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第1章 テネ大学開放講座

 2人は掃討作戦の現場に立ち寄った。まだ現場検証が続いていた。

「あ、トペンプーラさん!」

駆け出そうとしたテリーを兄さんが止めた「他人の振りをして下さい」

「変装していても?」

「そうです。テネ警察隊の他にヴィザーツに声をかけるアナザーアメリカンがいますか」

 確かに市井の人々は遠巻きにして、近寄ろうともしない。年配の婦人たちはしきりに厄除けの印を結び、初夏の陽気に似合わない陰鬱が漂った。


 昼は旧市街と新市街にまたがる公園で軽食を食べた。丸いバンズに揚げた川魚と甘酢漬け玉葱を挟んだ庶民の好物だ。テッサはカレナードの食べ方を真似た。最初こそ戸惑っていたが、すぐに平らげた。

「もう1個欲しい」

彼女は生まれて初めて露店で買い食いした。木陰で休んでいると、ザッザと大勢の駆け足が響いた。テッサは飛び起きた。

「また騒乱なのか!」

 騒乱ではなかった。半ズボンにランニングシャツの一群が風のように走っていた。100人以上の青年が彼女の目の前を走った。鍛えられた太腿と肩が躍動していた。

 カレナードが止める間もなく、テッサは駈け出していた。走る群れに遅れまいと必死に走った。男たちの脚は速かった。彼女は公園の端で取り残された。荒い息の下、彼女は言った。

「走りたかったのだ」


 そのまま、ある建物に向かった。壁の色と出窓は旧市街風で、屋根の白スレートは新市街風だ。テネ大学と関連施設が納まった文教区だった。建物の傍でさきほどの青年たちが汗を拭いていた。

「彼らはテネ大学陸上部とヨット部の学生です」

「なぜ分かる」

「ズボンの裾に大学と部の紋章が縫取りされてます」


 テッサの頬が少し赤かった。領国主は自分が年頃の娘ということをすっかり忘れている。カレナードはささやいた。

「毎日彼らと走りたいと思いませんか」

「向こうは速すぎる! 大人だから!」

「あなたもすぐに大人になります。こちらへどうぞ」


カレナードは勝手知った者のように近くの棟に入り、講堂の戸を押した。200名の老若男女が椅子に付いていた。

「ちょうど始まるところです。テリー、空いている所に座りましょう」

「兄さん、断わりもなく入って。何が始まるって」

「申し込んでおいたのです。ほら、切符です」

 大学職員帽を着けた男が切符の回収に来て、1枚の印刷物を置いていった。「ミセンキッタ歴史政治学・デボン教授開放講座」と題して、今回のテーマと簡単な資料が載っていた。


 テッサは熱心に聞いた。鉛筆を出し、しっかりメモを取った。50分の講座が終わると質疑応答となった。何人かが簡単な質問をし、デボン先生はてきぱきと応じた。テッサも手を上げた。

「150年前、副都プルシェニィ市が置かれたのは、南部ミセンキッタの独立を阻止し、市政に領国府介入の余地を残したかったからでしょうか」

 デボンの表情が何かを捕えた。

「んん。君はなぜそう考えたのかな」

「移住民クラマハン族の影響で南部ミセンキッタは当時の納税制度に不満を持ち、新領国になるべく独立運動が盛んでした。テネの領国府がそれを許せば、ミセンキッタは分断と崩壊の危機にさらされる。ですから独立自体は認めず、独立性を持つ形に収めるため、クラハマンを上手く取り込んで南部の面子を潰さずにすませたと考えました」

「んー。それは中央ミセンキッタからの見方だ。南部の人はどう考えたかな」


 テッサは答えられなかった。デボンは「本日はここまで」と講壇を降りた。またしてもテッサは駈け出していた。

「デボン先生! 教えてください、私の考えは間違っているのですか」

外に出ると、デボンの後ろ姿が並木道をすたすた去っていく。その後を追い、さらにカレナードが続いた。デボンは2人を自分の研究室へ招いた。


「君はたいへん微妙な問題に触れた。南部に副都を置いたのは歴史上の大事件だ。今でもテネ市民はプルシェニィへの対抗意識が強い。加えて南部へのちょっとした偏見もある。君が納得するまで問答すると、聴衆の間で論戦が始まり収拾がつかん」

「では、先生。ここなら詳しくやれますよね!」

「君は探究心の塊りだな。独学で歴史を学んだクチかな」

「私は……ある人物の強い影響下で学んできました。その人物は最近ここを去りました。私の考え方に偏見や見当違いがあるか、気になるのです」


 デボンはじっとテッサを見た。

「君はまだ若い。世に出て経験を積みなさい。尊敬できる人を見つけなさい。多くても少なくてもいい、友人を得なさい」


 テッサはカレナードに強い視線を投げた。

「兄さん、私は学校へ通いたい。デボン先生、正直に申し上げます。私はテッサ・ララークノです。名を偽ったことは謝ります。どうか私に学び舎を紹介していただけませんか」

「よく似た少年と思っていたが、御本人とは。お兄さんはガーランド後見人ですな。新聞で見ましたぞ。その左手も」

カレナードは手袋の下の紋章を見せた。デボンは満足そうだった。

「奇遇ですな。副都のアイデアはガーランド女王の示唆です。当時の領国府は南部ミセンキッタとの調停だけは避けたくてな。領国内調停は恥ですからな。秘かにヴィザーツさまのお知恵拝借というわけだ」

テッサは少し唇を突き出した。

「それを領国民に知られては困りますよね」

デボンは席を立った。

「そういうことです、領国主殿。さあ、あなたの学び舎について学長に知恵を借りに行きますか」

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