第5章 玄街首領と異変
布が魔女を覆った。覆われる寸前にグウィネスは唇の端を上げた。謎の笑みだった。
女王は手際よくグウィネスを包み、指先で範囲指定して硬化コードを唱えた。布は中の魔女を締め付け、橇の形に仕上がった。
軍楽隊の演奏が変わり、葬送行進の趣きを添えた。マリラは橇の端を持ち、雪原を進んだ。母艦から下ろされたゴンドラにむかって無言で歩いた。再び低い詠唱が始まった。
『青い夜よ、真夜中の白い夜よ。
魂の行方を知ろうや、我らの行く先を誰が知ろうや。
祈りは詠いであり、詠いは祈りである。
大いなる存在よ、永遠の存在よ。
我らにその声届かぬ時は、我らのが阻むゆえなり。
叡智を示し、我らの痛苦を安らげたまえ。
我ら、一途なる祈りのほかに何を成せるや』
兵士たちは道をあけた。血と銃弾と油に染まった雪原に、赤い橇の跡が描かれた。
玄街兵士の多くは首領の最期の姿を沈黙で見送った。中には泣いている者もいた。敗北のためか、首領の正体を見た衝撃か、それとも砕け散った理想のためか。
陽は傾き、雪が舞い始めた。マリラと橇となったグウィネスを乗せたゴンドラがガーランド母艦に上がっていく。その間、マリラはマイクを手にした。
「全てのヴィザーツに告ぐ。負傷者を急ぎ救出せよ。午後4時までに輸送艦に収容し、ミルタ連合前線基地へ向かえ。私は戦死者に祈りを捧げる。明日以降、亡骸をこの地に弔う。玄街の兵士たちよ、永らえた命だ、大切にせよ。ジー大将殿、そなたの声を聞かせてはくれぬか」
基地の司令塔から発光信号があり、ジーは憑き物が落ちたような声で自軍に呼びかけた。
「セバンの役割は終わった。基地を放棄する。負傷者を発見次第、ガーランド輸送艇へ運べ。ひとりも残すな。また、ひとりもここに留まるな。これは大将として最後の命令だ。我々は負けたのだ。
イダ・タシュライ、お前も旗艦の艦長だ、分かっておるな。返事をいただこう」
イダは嗤った。
「戦艦の負傷者はお前に預ける。私はもう動けない、ここが死に場所だ。おめおめと弟の顔など見られるものかよ。父を奪った女の息子、あれが勝ったのだぞ」
オープン回線に割り込んだ声があった。
「こちらはルビン・タシュライだ。兄者、私を恨みたければ恨んでいい。供養はできる限りのことをしてやる。安心して逝ってくれ」
イダは血を吐いた。
「バカ野郎……」
ジーはルビンに救援を要請した。
「すまないが、ミナス・サレ軍に頼みたい。同郷の者なら我らの戦艦をよく知っているだろう?」
夕刻までに各地から臨時の輸送艦が到着した。その中にシャル・ブロスの艦があった。収容作業の合間にシャルは北方のサージ・ウォールの観察を忘れなかった。
「ものすごくハッキリ見える。砂塵がほとんど無いようだ。ってことは、ナノマシンの動きが変わったと考えていいのか。ミナス・サレではどうなんだ。北メイスの観測所にも問い合わせるか。いや、母艦に甲板材料部のエキスパートがいるはずだ」
彼は通信機に向かった。
「マギア・チームに繋いでくれ」
ヒロ・マギアは数件の通信を同時に相手にしていた。
「順番に話してくれ。オープン回線はオレっちのチームじゃ使えないんだよ、まずミナス・サレの女王代理、次は北メイスのサイレン屋敷だ、その次はシャル・ブロス、それからアレク・クロボック」
カレナードにとって、この偶然は嬉しい符号だった。新参訓練生の同期が無事でいて、おそらく同じ事に気付いてヒロに報告している。なんと心強いのだろう。
ヒロが受け取ったのは、どれもサージ・ウォールの微妙な変化についてだった。
「ああ、オレっちの権限でどれくらいの観測機を飛ばせるんだ。これから戦後処理だっていうのに!」
カレナードは助け船を出した。
「トペンプーラに女王代理がミナス・サレで限界空間の異変を確認したと言ってください、マリラはまだ大仕事の最中でしょうから構わなくていいのです!」
「え? マジ?」
「何なら、私から参謀室長に。観測は戦後処理と同時進行でやれるはずです、回線を繋ぎなさい、ヒロ・マギア」
彼はヒュウと口笛を鳴らした。
「まるでマリラさまの分身だ!」




