第5章 雪上の短槍と短剣
ピード、ボルタ、アヤイのトールが正確にグウィネスの頭上から火を浴びせた。
3分間、容赦ない火炎の柱が魔女を灰にしたはずだった。氷雪が溶け、地面が焼け焦げても、魔女は変わらぬ姿でそこにいた。
再びグウィネスの声が響き渡る。
「我は滅びぬと言った。我はお前たち人間に巣くう悪しき愚かしさであり、弱さと醜さだ。
本日、お前たちは命の遣り取りをしてどうだ? 目の前の同類を殺し、快哉を上げたか? これが仕事と割り切っていたか? 戦友の死を見て、相手を憎んだか?
誰も我を殺せないぞ。さあ、どうする。考えてみれば、滑稽なことだ。人の負を体現する我を消すなど不可能であり、傲慢で滑稽ではないか。ガーランドのバカ女王めが!」
ミナス・サレの通信室でカレナードはグウィネスの声を聴いた。隣ではジュノアとシドが怒りに耐えていた。
クラカーナ・アガンは低い声で訊いた。
「女王代理よ、この事態をガーランド女王はいかに収めるのだ」
「マリラ自らがグウィネスの前に立つでしょう」
カレナードの血は逆流しそうなほど、何かに突き動かされていた。マリラの元に駆け付けたい衝動とは別に、彼女にはもっと他の理由があると感じていた。めったに起こらない動悸がそれを告げている。
「何だろう、マリラ。このざわめく感覚は……正体が分からない。グウィネスのせいだろうか。カレナード、落ち着け……」
女王代理は通信室を出て、朝堂の大窓で外の空気を吸った。風は止んでいた。サージ・ウォールからの砂塵はほとんど無く、午後の太陽が眩しかった。
「こんなに晴れる日は珍しい、まるで大山嶺の東側のようだ……。はぁ」
深呼吸を繰り返し、神経の高ぶりの奥を見詰めねばならなかった。動悸は収まりつつあった。彼女は窓に寄りかかった。
「空気が……」
口から出た言葉を繰り返した。
「空気が……変わる? ラーラ、あなたが感じていたのはこれなの?」
カレナードは窓からベランダに、さらに広場に出た。塩湖の向こうのサージ・ウォールが鮮明に見えた。それまで嵐の壁は砂塵にかすんでいたというのに。
明らかに何かが変わったのだ。彼女は通信室に引き返した。
「ここだけなのか、それともサージ・ウォール全部が? ヒロ・マギアが無事でいてくれますように!」
グウィネスの前にマリラが立っていた。静まり返った平原で互いの声はよく聞こえた。捕虜となった玄街ヴィザーツたちは、マリラとグウィネスの対峙から眼を離せない。
ガーランド女王は実用的な冬の戦闘服を着ていた。輝くオレンジ色の防寒コートに薄い紫の縁取り、胸元のわずかな装甲にはめ込まれた赤い宝石、耳当て付き帽子の真珠、そして帽子の後ろに垂らした三つ編みの髪留めの銀色の造花だけが装飾だ。
が、それらより手にした短槍と彼女の威厳が玄街ヴィザーツの足をその場に釘付けにした。「槍にしては妙な形だ」と誰もが思った。
短槍は黒と赤の迷彩で、先端まで全てに刃の光があった。
マリラは語りかけた。
「グウィネス・ロゥ、いや、グウィネスのなれの果てよ。この世にいてはならぬ者。その化け物の姿、ウーヴァの槍を以て消してやる」
マリラの言葉が終わらぬうちに、魔女は跳んだ。両手に短刀が光る。刃先は女王の頭上から顔を狙った。女王は短槍を振り上げ、金属の煌めきがあたり一面に散った。
「ハッ!」
グウィネスの腕を跳ね返した短槍は変形していた。しなる鞭のようであり、反った長剣のようでもあり、マリラの手の中で自在に形を変えた。
魔女はせせら笑った。
「マリラ、それがウーヴァの力とでも言うのか? 即物で俗なる武器を使うお前も我とそう変わりないぞ」
魔女の短剣と女王の短槍は再度ぶつかった。黒い帷子に火花が散り、女王の髪から造花が落ちた。2人の女はじりじりと間合いを計る。マリラが右に動けば、グウィネスも円を描くようにじわりと右に動く。
マリラの声は乱れなった。
「なぁ、グウィネスのなれの果て。1500年前、私を殺しに現れた時、お前はまだ可愛げがあったな。トルチフの血らしく小麦色の肌と玉蜀黍色の髪だった。眼は青く、トルチフの峡谷に映る空のようだった。
そろそろ青い夜に戻るがいい。お前の魂がどうなるかは知らぬ。邪悪に染まり切った化け物に魂がまだあればの話だが」
「我を捕らえ、ウーヴァの前に据えようと、人の悪性はどうにもならんぞ。調停が全てを解決できる全能の策ならば、玄街は生まれなかった! 全ての人間を救うなど、思い上がりもはなはだしき愚行! 調停が、ガーランドが、お前が! 我を生んだ!
ガーランド・ヴィザーツは誕生呪のみを与えておれば良かったのだ。マリラ、お前のいう『アナザーアメリカへの愛』こそ、憎悪と怨恨の源泉なのだ!」




