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第5章 妖魔

ジーはこれを最後と訊いた。

「御覚悟はよろしいのか」

「よろしいぞ」


大将はマイクを拾い、突撃する勢いで言った。

「こちらは玄街軍大将、ジー・アギレ。エーリフとやら、降伏勧告を受け入れる。戦闘を中止しろ!」

 外は再び雪が降り始めた。


 ジーはもう一度「降伏する。玄街軍は即時すべての武器を置け」と叫んだ。司令室から出て、窓から白いカーテンを外して振った。階下からの戦闘の音が次第に小さくなり、やがて途絶えた。いつの間にか、彼の横にグウィネスが来ていた。彼女は黒衣を翻し、窓枠に足を置いた。

「首領!」


 グウィネスは宙に跳んだ。落下する体は重力の法則から外れていた。黒い鳶のようにしなやかな放物線を描き、半壊した右翼ドックの支柱にゆっくりと片足で降り立つ。

 その間、15秒はあっただろうか。


 司令部と地上でその姿を見ていた者は、ひとりとして動けなかった。次第に恐怖が広がった。あの高さから飛んで生きていることを恐れたのではない。目の前のグウィネス・ロゥはまぎれもなく人外であり、魔であると、人の本能が恐怖した。


 グウィネスは支柱を蹴った。支柱が倒れ、瓦礫の破片が雪と共に舞い上がる。それをあとに、彼女の体は回転し、くねり、ガーランド母艦を目指して飛んだ。

 マリラは即座に動いた。

「トール・スピリッツ、グウィネスを焼け! 灰になるまで焼き尽くせ!」


 トールが動けるようスピラー隊と飛行艇は退いた。キリアンはコクピットを開けて身を乗り出した。

「あれが……玄街の魔女……!」

 

 トールの火炎が放たれた。グウィネスの黒い長帽子とヴェールは焼け落ち、ドレスの裾に火が付いた。

 魔女は素早く炎を逃れ、それらを空中で脱ぎ捨てた。

 緑青の宝石で縁取りをした黒いスーツが現れた。スーツはエナメルの光沢を帯びていた。


 全軍の眼が注がれる中、グウィネスはひらりと雪原に降りた。雪が止み、再び陽の光が射しかけた。その時、グウィネスの姿が突然大きくなったように見えた。冬至の太陽が彼女の影を基地の背後の崖に映したのだ。夏至祭に現れた大地精霊の影そのものだった。


 グウィネスは大声で嗤った。

「見たか、人間どもよ。これが我の真の姿だ」

 嗤い声は崖を這い上り、戦闘が終わった雪原にこだました。


 ガーランド・ヴィザーツは息を飲み、さらに聖地を汚された屈辱に襲われた。グウィネスが立っている場所こそ、夏至祭で最も重要な祭祀の地、女王が立つ祭壇を据える所だった。


 ミナス・サレ軍も玄街の兵士たちも、異常なグウィネス・ロゥの声に慄然とした。

 魔女は薄ら笑いを崩さなかった。

 彼女のスーツは変形を始めた、肩から胸と背を守るように硬質なケープが展開し、腰にも同じくスカート状の帷子が現れた。それらは黒いダイヤの如く煌めき、ほどけた黒髪と共にゆらゆら揺れた。ブーツは脚を長く包み、血のように赤い踵と鋭い文様が浮き上がった。彼女は大地からエネルギーを吸い上げていた。


 ジー大将は悪夢を見ているのだと思った。

「我々はなんと恐ろしいものを首領にし、信頼を寄せていたのか。あれは妖怪、妖魔だ……」


 彼は恐慌に陥り、銃を構えた。グウィネスの帷子は簡単に弾を跳ね返した。ジーはさらに撃った。1発が魔女の頭を貫通した。が、体がかすかに揺れただけだ。グウィネスの血は流れず、肉も飛ばず、平然と雪原に浮き続けている。

「あれは虚像なのか、それとも虚無で出来た物体か?」


 彼は絶叫した。

「答えて下され、ガーランド! ガーランド女王よ! あれは何者だ! 禍々しくも美しき女は、いったい何なのだ!」


 グウィネス・ロゥの叫び声が響いた。

「やかましいわ。忌々しい人間ども」

その叫びはセバン高原にいる者の精神に直接響いた。

「マリラ! 私を焼いても私は滅ばない。分かるか。ウーヴァが私をそのようにした。ウーヴァだ、分かっているのか。大地精霊の力により、私は永遠である。永遠の魔であるのだ!」


 魔女の哄笑は渦を巻き、崩れた戦艦や飛行艇の残骸、焼けた戦車と建物、死んだ者、倒れた者、生き残った者ら、すべてに襲いかかった。

 マリラ・ヴォーはトペンプーラに命じた。

「地上に降りるぞ。あの人外を始末する。オープン回線を最大にしろ」


彼女はすかさずマイクを握った。

「ガーランドも玄街も問わぬ。全てのヴィザーツとアナザーアメリカンに告げる! 妖魔は大地精霊とは別の存在だ。惑わされるな! あれは大精霊ウーヴァの力を借りただけの邪悪である。恐れの心につけ込み、人を惑わせる邪悪なり!」


 ガーランド女王の声もまたセバン高原を覆った。ガーランド・ヴィザーツとミナス・サレ軍は力を取り戻し、玄街ヴィザーツはいぶかりながらもマリラの声に耳を傾けた。マリラはトール・スピリッツ隊に命じた。

「やれ」

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