第5章 セバン高原戦・5
「ふむ、挟撃に期待できないとはいえ、制空権はこちらのもの。反射砲の威力を上げて、早々にカタをつける。これ以上の損害は無益ですな」
グウィネスの声は氷のようだった。
「イダに伝えよ。正午までにアドリアン級戦艦を全て落とせ。その間、戦闘機にガーランド地上軍を爆撃させよ」
エーリフが構える双眼鏡がピクリとした。
「妙な動きがある。玄街戦闘機め、半分に、いや、潮が引くようにどこへ……」
隣で副艦長が「まずい」と言った。彼は叫んだ「反射砲が来るぞ!」
同時にエーリフは命令していた。
「全艦、急速降下! トペンプーラ、荷電粒子砲だ!!」
ほぼ同時に二つのエネルギー塊がすれ違った。戦艦カラの左舷が吹き飛び、船体は大きく傾いでいく。かろうじて爆発をまぬがれたカラは総員退避の警報が鳴っていた。
母艦の荷電粒子砲はアガートの前甲板をもぎとった。アヤイが刺したスピラーの剣も甲板と一緒に消えていた。それでもアガートは沈まず、ゆっくりと小型反射砲を向けてきた。
エーリフは半死半生のカラ艦を守らねばならなかった。
「トペンプーラ、荷電粒子砲を撃て! チャージの間はこちらの砲撃を集中させる。タシュライ殿、黄幇隊でカラ艦を南方の湖に押し出し、湖に着水願う。戦列内での誘爆を防いでくれ!」
「任されよ、アドリアン艦にオンヴォーグを贈る」
ルビン・タシュライの判断は早かった。白と黄色のツートン飛行艇はカラに取付き、脱出者を拾うと同時にスピラー隊が仕掛けたワイヤーでカラを戦列から押し出した。
マリラは無残なカラの死者を思った。反射砲のビームに溶けた体は100を超えるだろう。
「何という痛ましさだ……。ウーヴァ、そなたの元にこれからも幾多の魂が戻っていく。私の代わりに温めてやってはくれぬか」
女王の代わりにエーリフが号令をかけた。
「アドリアン級僚艦の諸君! トールとスピラー小隊の一撃後に第二戦速に入れ、オンヴォーグ!」
キリアンはカラ艦とのワイヤーを外し、小隊を率いてアドリアンの横に付けた。ピードのトール・スピリッツは煤けていた。
「ピード、トールに怪我はないか」
「問題ない。エーリフの命令を伝える。『母艦による荷電粒子砲攻撃後、太陽を背にして上空からメジェドリンの艦橋に一撃入れろ』とな。槍を使うぞ、一緒に来い」
「分かった。ついに艦隊突入だな」
「そうだ、少しでも玄街の指揮系統を断っておく。ピード、ホーン、ボルタ、キリアン小隊と組むぞ。発進!」
南に周り込んで高度500メートルまで上昇した。俯瞰でみる戦場はどこも黒く焦げた地獄で、夏至の祭礼は遠い彼方へ消え去った。玄街の要塞はまだ健在で、すぐに爆撃できれば、どれほど胸がすくだろう。
キリアンはその考えを退けた。
「厄介なグウィネス! マリラさまが直々に引導を渡さねばならないとは。頼むぞ、ハイランド隊」
太陽はすぐに雲に入りそうだった。母艦の荷電粒子砲がマンダリン艦の砲塔群を破壊した直後、4機のトールと8機のスピラーは脚部の槍を取出し電流を流した。連続攻撃の体勢を取り、俯角12.6度で急降下した。
見るまにメジェドリンの艦橋が近づいた。目標に槍が次々と刺さっていく。対空砲の反撃をぬい、キリアンは指揮官とおぼしき影を目にした気がした。白熱の槍はその男に向かって飛んだ。
ジー大将の唇が歪んだ。
「首領、メジェドリンの艦橋が大損害だ。イダ・タシュライは重傷を追った」
「それで?」
グウィネスは微動だにしない。
「臨時指揮所を前甲板脇に置いているところだ。首領殿、私はメジェドリンへ行く」
「馬鹿者、大将は地上部隊の司令官だ。イダの代わりは副官が務める。レーダーを見ろ、対艦隊戦にしてはガーランド母艦の動きが妙だ。回頭速度が遅い。あれで戦列に合流できるか?」
「半壊したカラが湖に着く前に脱出者を救うのでしょうな。ドックに残っている戦闘艇で横やりを入れるついでだ、展開中のハイランド隊とやらも蹴散らしてくれる」
ジーは双眼鏡でつぶさに目標を観察した。ハイランド隊は新たな戦車を輸送船からおろしている。
「ふむ。戦艦同士で戦う間にもここを攻める気だ。今朝と同じと思うなよ、先制攻撃をかける」
彼は伝令管にがなり立てた。
「左翼ドック、デンベル戦闘艇大隊に告ぐ。波状攻撃を仕掛けるぞ。目標、南西4キロメートル、ガーランド輸送艦と戦車群、10分後に第一波発進だ」
ドックから喊声が上がった。今の今まで出番を待たされたジーの部下たちは血気盛んに自分の機体に乗り込んだ。再び雪雲が近づいていたが、波状攻撃に何の影響もない。玄街の兵士たちにとってセバン高原は我が庭なのだ。




