第5章 かつての同期は間諜になり
カレナードはしっかり言葉を選んだ。
「どこかで道を間違えないか、薄氷を踏むとまでは言いませんが……何度も考えるのです、ガーランド女王ならどうするだろうと。あなたと私の違いが決定的でないように」
「それで良い、そなたは今、多くの者を支え、同時に多くの者に支えられている。最終目標が成せるまで、決して心が揺らいではならぬ。それを感じているか?」
カレナードは大きく息を吐いた。
「ええ、それが王の心ですね。力は悪であっても」
マリラの唇が満足を得て、大きく微笑んだ。
「そうとも。さあ、手を繋ごう、そなたの霊感をウーヴァに伝え、大地霊の加護を受けるために」
2人の手のひらが重なった。12月の寒さの中、重なった肌は交流を始めた。温かい血潮と共に流れる地霊の波動が2人を包んだ。ガーランドで最もウーヴァに近い女王とその代理は、いまや愛よりも深い力で結びついていた。
マリラに迷いはなかった。ウーヴァを介して王の力がカレナードを輝かせるか、あるいは蝕んでしまうか、それはカレナード自身の問題で、マリラには手が出せないと分かっていたが、それでも紋章人の手が必要だった。
「許せ、カレナード。そなたに過酷な役目を負わせるかもしれぬ。が、私には予感がある。そなたに託せと不思議な声がするのだ、私の内から湧き上がる声。決して無視できぬ声。ゆえにせめて強い加護を与えさせておくれ」
口に出せないマリラの想いに応じるように、カレナードは目を閉じて青い夜の力を受け入れていた。足元から天頂に向かって流れる大地の波動は、体内にキラキラと光る軌跡を描いて流れていた。心地よくはあるが、その強さに耐えねばならなかった。ただ身をゆだねれば奔流に傷つくが、しっかり己を律していれば恐れはなかった。
グウィネスにとって、ワイズ・フールは所詮捨て駒だった。玄街スパイマスターの報告にも、短く舌打ちしただけだ。
「フールは最後に何と?」
「ミナス・サレは活発に稼働中とだけで、具体的な情報はありません」
「奴の件はもうよい。南方から来たアナザーアメリカンは全員調べたのか」
「は。申し分ない働き者ばかりです。間諜が紛れていれば、3日以内に尻尾を出すでしょう」
「任せたぞ。私は各領国に通達を出す。ガーランドに協力する領国は容赦しないとな。降伏は早い方がいいと教えてやる。もし、ガーランド間諜が罠にかかれば、よく来たと褒めてやろう」
彼女の標的にされたのはハーリ・ソルゼニンとアレク・クロボックだ。
アレクは七年前に新参訓練生時にカレナードと同班で、気心の知れた友人となった。
彼は情報部員の才能を認められ、アンドラ情報室長の薫陶を受けた。その結果、彼はいたって平凡に見える男の一面を余すところなく使い、玄街軍がセバン基地を本格稼働させた直後から潜入していた。兵站で働きながら、ここに連行された4名のガーランド・ヴィザーツ脱出の機会を伺っていた。
「彼らの監視は緩んでいる。それもそうだ、セバンでは誰もコード不全になってない。彼らの出番はなく、玄街軍は制空権を取ったつもりになっている」
アレクは2ヶ月かけて、捕虜に食事を届ける役目を手に入れた。バケツに入れたごった煮を彼らが食べ終えるのを待つ間、監視員に要求された酒やタバコを渡し、隙を生んだ。バケツの底に隠した暗号入りビスケットに捕虜が気づいて返事するまで、さらに3週間かけた。
アレクが基地で知らない場所は無くなっていた。飛行艇発着場へのルートは常にチェックしている。彼は玄街の起動コードも習得していた。
「チャンスだ。冬至祭が近くなればなるほど、急激に玄街軍は弛緩している。逆に何かあっても混乱を利用できる」
ガーランドと一切の連絡が取れない状況下で、彼は決断した。決行は冬至祭前日か当日だ。
一方、ハーリ・ソルゼニンは破壊工作員だった。彼は新参訓練生時に心を寄せたマルゴという女性のために女王暗殺未遂という大罪を犯し、カレナードをも殺そうとした。
マリラは彼を北メイスの情報部外部機関である外れ屋敷に送った。彼は任官マインドコントロールを受け、新たな地獄に生きることになった。
しかし、ハーリは幸せだった。彼の大切な従姉マルゴ・アングレーは玄街間諜の身分から解放され、温暖な南部ミセンキッタの外れ屋敷で回復していた。
2年前に会った時、彼女は別人のように元気で小麦色の肌をしていた。ガーランドにいた頃の記憶が曖昧なだけだ。ハーリのマルゴへの恋心は穏やかな愛情に変わった。2人でフィドルを奏でた時だけ、ガーランドの血塗られた事件が浮かんでは消えた。
「あれも僕だったが、ここにいるのが今の僕だ。過去はもういい。目の前に大切な人がいるのだから。この先、この身が砕かれても後悔はない。ハーリ・ソルゼニンを、姉さんは一生忘れないでいてくれる」




