第5章 女王は寂しさを舌に乗せて
次の瞬間、ダユイの右腕に仕込んだ短筒から矢が飛んだ。フールがとっさに上げた左腕に深々と刺さり、彼は「人殺し!人殺し!」と叫びながらドアに向かった。
飛び出したカレナードがドアに閂を掛け、拳銃を構えた。シドも麻酔銃の狙いをつけた。
フールは歪んだ笑顔で小型通信器を手にした。
「おやおや、紋章人が一枚噛んでいたとは幸いなり。いいですか、小生がこのボタンを押せば、どっかーん! この小屋もろとも全員吹っ飛ぶでござるよ。
扉を叩く前に、高性能小型爆弾を玄関下の隙間に仕込んだでござる。ダユイは嘘の報告を送っているんじゃないかと、ふはは、カマをかけたらこのとおり。紋章人、今度こそお命頂戴するでござる」
カレナードは落ち着き払って言った。
「あなたが自分の命を捨てるとは到底思えない」
「へっ、あんたが立ってる位置が一番爆弾に近いとくれば、小生、多少の苦痛はいとわぬでござる」
「ワイズ・フール、残念ですが爆弾はすでにミナス・サレ情報部員が塩湖に捨てたか、回路を切ったようです。あなたは今朝からずっと監視されていたのに気づかなかったので?」
「ちッ!」
フールは装置のボタンを押したが、何も起こらなかった。シドが麻酔銃を撃った。
倒れたフールにダユイが素早く手枷足枷を付けた。力が抜けていくフールの目がカレナードをとらえた。
「おの、れー、紋章……人……の糞野郎が、死ねぇ、死ね……糞が、死んじまえ……」
意識を失うまで、彼は呪詛の言葉をまき散らした。ダユイはとどめを刺すため、フールの服から間諜装具を抜き取り、フールの首にロープを巻いた。
「やるぞ」
カレナードはハッとして彼を止めた。
「ガーランドに連行します。グウィネスの傍にいたのですから、多くの情報を得られるでしょう。今から飛行艇で行きます」
ダユイは警告した。
「フールは危険な男だ。始末するに越したことはない。どうしてもと言うなら、女王とトペンプーラ殿が了承してからだ」
「ダユイ。あなたは思っていたより慎重な方ですね」
「私は玄街軍にいたから言うんだ。グウィネスとウマが合う男に対し、ガーランド・ヴィザーツは警戒心が薄いと感じるよ。災いにならねばいいが」
「分かりました。その言葉を忘れません。ガーランドに連絡します」
フールは眠ったままガーランドに移送された。
カレナードはマリラと会った。女王はフールの件を情報部に任せ、恋人を様変わりした女王区画に連れて行った。
「艦隊編成になると、ここも姿を変える。なかなか殺風景であろう」
テラスの下に広がっているはずの庭園が消え、女王専用の飛行艇とフロリヤ号によく似た小型飛行機、さらにⅤ3飛行艇が数台並んでいた。
「ラグーンはどこに?」
「蛇はテネの新屋敷に預けた。庭園の一部も一緒だ。小離宮はテネ城郊外に下賜した。テッサ・ララークノが大切にしておるよ」
「マリラ、彼女をミセンキッタの領国主と認めたのですね」
「そなたを後見人にして正解だった」
女王は紋章人を緩やかに抱きしめた。
「次に会う時は、いつになるだろう。カレナード、そなたのいるミナス・サレにガーランド母艦は行けぬ。この作戦が終わるまで、簡単に連絡もできぬ」
カレナードは顔を上げた。
「弱気になっておられるのですか。あなたらしくもない」
「いや、私はそなたの身を案じているだけだ……人はたやすく闇に戻る」
「やはり弱気になっていますよ、マリラ。反射砲の被害が激しいからって、女王がそれでは困ります」
「勘違いするな、そなたに久しぶりに会って、気づいたのだよ。私は寂しい、そなたがいない時間が長すぎる」
カレナードの目の前で、マリラの灰色の虹彩が透き通っていた。少しの濁りもなく、ただ夏至祭の地のように寂寥とした色だった。紋章人はこのようなマリラを初めて見た。
「仰るとおりです、私は任務にかまけて女王の御心を忘れるところでした」
「ミナス・サレの女王代理よ、そなたは私の分身だ。たまには身も心も寄せ合い、エネルギーを分け合うべきだろう」
「明朝までガーランドにおります。あなたの傍にずっと……。一つ、お聞きしても?」
「何だ」
「なぜ私に女王代理の肩書を与えましたか。あまりにも大きな権限で、時に適切に使っているか不安になります」
マリラはおもしろそうに眉を上げた。
「ふん、適切でなければどうした。女王代理の力はすなわち私の力、ガーランド代表者として堂々としておれ。そなたのことだ、適切というより大胆に行使しているのではないか」




