第5章 フール、ミナス・サレ潜入
グウィネスの眼が道化を射た。
「フールよ、やはりお前が行け。ミナス・サレにマリラの寝子が居座っておろう。ダユイに接触するついでに殺すがよかろう。マリラには二重の打撃だ」
「えー、小生、首領殿のお傍が良いでござ、ぎええッ!」
魔女は道化の毛皮帽子を剥ぎとった。氷点下の空気で耳が千切れそうに痛んだ。
「ふん、これでも今日は暖かい方だぞ」
ジー大将の仏頂面が少し解けて、眼下の要塞をしげしげと眺めた。
「ガーランド艦隊がここに来ると想定するべきだ。反射砲に何かあれば、すぐに攻め込まれる。玄街はテロリスト戦法に長けているが、こうした大所帯を持つのは初めてだからな。ミルタ連合の前線基地を潰してガーランド勢に圧力をかけてやろう」
要塞のところどころから蒸気が上がった。静かな大地に潜む巨大な動物のようだ。兵站土豪から狩猟隊が出発していた。野生の大型動物を冬至祭に用意するためだ。
「冬眠中のクジラグマを見つけてくれ。あれは美味いし、幸運を持ってくる生き物だ」
そう思いながら、ジーはふと西を見た。大山嶺ははるか彼方で、そこまでは針葉樹林と凍る平原が続いている。北のそう遠くない所にサージ・ウォールがちらりと見えた。彼は冷静に考えた。
「我々は常に南を、ガーランドと諸領国の動きを警戒している。が、こちらはどうだ。無防備そのものだ。哨戒エリアを拡大するには人手が足りない……これも玄街軍の弱点だ。明日には『オハマ2』から雑役用アナザーアメリカンが到着するが、彼らは奴隷にすぎない」
彼はふざけている道化に一喝した。
「即刻、出発準備をしろ!」
「び、貧乏くじでござる……」
12月4日、彼は小麦搬入業者を騙して黄鉄回廊を抜けた。彼の眼にはガーランドと共闘するミナス・サレが着々と戦闘準備に入っていると映った。
「ダユイの報告どおりなら、この妙な活気は何ですか。工廠はフル稼働、兵站部も賑やか。おまけに北の谷は管理が厳重。さてさて、肝心の紋章人はいずこ」
彼は手がかりを求めて本城の広大なエントランスを見上げた。
「地図も城の見取り図も頭に入ってますが、本物はやはり違うでござる。冬至祭の飾付けも見事なり。これに付け火すりゃ上を下への大騒ぎ。後のお楽しみに取っておきやしょう。さて」
冬至祭の祠に巻きつけた白い紙から眼をそらし、少し離れた酒保に向かった。ミナス・サレ市民と同じチュニック姿のフールを怪しむ者はいなかった。隅の席で甘酒をちびちび飲んでいる間、彼は聞き耳を立てていた。
「ふん、やっぱりミナス・サレとガーランドと共同戦線を張るでござるか。それはグウィネス殿の読みどおり。では作戦の概要を掴むとなれば……軍務局に潜り込む手を考えますかね。いや、ダユイに会って情報源を確保するが早いでござるな」
フールは水道橋の下を抜け、北の谷に通じる道から林に分け入った。小型通信器に暗号文を打ち込んだ。
「ダユイに接触の必要あり。至急、彼に都合つけるべし」
その暗号はすぐにダユイの通信器に拾われた。ちょうどカレナードはダユイと打合せていた。
「誰かが玄街の暗号通信を使った。紋章人、新たな潜入者だ」
「おびき寄せて始末しましょう。10日後にガーランド艦隊の第一陣がここに入りますから、5日以内に片付けねば」
「では接触に応じ、その場で殺す。目撃者はいない方がいい」
「この建物で?」
ダユイは頷いた。
「夕方の定時報告で潜入者の件を言ってくるだろう。シドを呼んでくれ、おそらく潜入者は手練れだ。準備が要る」
翌日、フールは水道橋下の小さな建物の前にいた。昼過ぎで、珍しく雨が降っていた。彼はドアを短く3回叩き、5秒置いて同じことをした。ドアが開いた。ダユイはドアの影から言った「フール」
フールは答えた「ダユイ」
ダユイは椅子を勧めた。
「フール、君の任務を手助けするよう要請された。何をすればいいかな」
「こことガーランドがいずれ我々を攻撃しに来る。その作戦の具体案、少なくとも叩き台があるでしょ?
ガーランドに潜り込むのは無理だから、こっちで探らなきゃ。軍務局の抜け穴が欲しいでござる」
ダユイは腕組みした。
「軍務局のセキュリティは玄街軍がいた頃より、数倍厳しくなっている。すぐには無理だ。心当たりがないことはないが、時間がかかると思ってくれ。ところで基地は順調のようだな、反射砲の成果はここでも耳にする」
フールは室内をさりげなく観察した。
「独り暮らしでござるか。空き部屋があるなら、しばらく置いてもらいたい。なんなら物置でも」
「ここは水道橋のメンテマンの寄合所だ。部外者は置けない決まりでな。すまない。毎日、午後のこの時間に来てくれ。ドアが開かない時は『情報なし』だ」
「ダユイ殿。小生、セバンで受け取った情報と実際のミナス・サレに違和感を覚えておりますよ。わずかな違和感ではありますがね」
ダユイは腕組みを解き、ひじ掛けに手を置いた。
「どういう意味かな」




