第5章 セバン基地
シャルは親指で船内を指した。
「長距離通信器があるのさ。ミナス・サレまで直通だ、使えよ」
「ちょっと! 私が嘘をついていると思わないの。部外者を輸送機に入れたら罰を受けるのじゃない?」
「君は反射砲と臨界空間の問題を知ってる。それに、とても敏感だ。カレナードに連絡すべきだな。俺の世界を観る審美眼がそう告げている」
「そうなの、シャル。あなたの審美眼に感謝するわ」
ラーラは父の声を聞き、簡潔に報告した。父は助言した。
「医師の診断が先だ。病気でないなら、反射砲の影響を考える要素になりうる。が、断定には早い。症状を日記に記録しなさい。カレナードも私も元気だ。ユージュナに無理するなと言ってくれ」
シャルは物資運搬車にラーラを載せ、林の中の医療テントに向かった。
「そうか、カレナードはミナス・サレで従妹に会ったんだ。良かったよ、彼女は女王と家族になったわけじゃないし、プライバシーもない立場だし。胆力はすごいけど、根は寂しいと思うんだ」
「そうね……私は最初は彼女を敵と思って冷たくしたのに、『お友達になりませんか』って言ったのよ、カレナードは」
シャルは笑った。
「さすが紋章人だ。いろいろ驚かされだたろ?」
「ふふっ」
「俺もミナス・サレを観たいな。戦いが終わったら、調停も進むだろうしな。うん、楽しみが増えた」
「そうね、カレナードは命賭けで調停を提案したのよ。ぜひ来て。美しい城よ」
急にラーラの顔色が青くなった。
「まただわ、また耳が!」
シャルは車を止め、外に出た。上空を再び光の帯が飛んだ。今度はかなり細く南方に伸びていく。反射砲は遠くミセンキッタ南端の岬、ポワントゥの灯台を破壊した。
次の日にはミセンキッタ領国の首都が襲われた。多数の防御壁と空中のデコイ、チャフ爆弾の大量投下でかろうじて市街の大半を守り切った。代わりに西側に伸びる交通網は寸断され、ミセンキッタ大河周辺の地形も変わった。
11月の終わりまでに反射砲は25回発射され、15の都市が炎上した。アナザーアメリカンの諸領国は未曾有の事態に必死で対処するほかなかった。ガーランドが間もなく玄街軍に大攻勢をかけるに違いないという希望だけが人々を支えた。
12月朔日、グウィネス・ロゥはセバン高原の高台、ガーランド・ヴィザーツが夏至の祭祀を行う崖の上に立っていた。
真っ青な空の下、雪原は眩しかった。眼下に巨大な土豪が10キロメートルも続く玄街軍要塞、崖下の格納庫から反射砲のある前甲板を出した戦艦アガートを眺め、彼女は傍らのワイズ・フールに言った。
「反射砲が稼働を始めた今、玄街がアナザーアメリカを傘下に収める時は近い。が、のぅ、道化よ。ガーランドの動きが気になる」
フールの鼻先は赤くなっていた。
「そりゃそりゃ、北の聖地を奪われりゃ、ヤツらが奪い返しに来るは必定。問題は時期でござる」
「『ダユイ』だけでは心もとない。オスティアの『ロゼ』とトルチフの『ジーマ』から情報部員をミナス・サレに送り込め。それが出来ねば、お前が行くのだ」
「えー、小生、ここを離れたくないでござるよ。首領殿の傍が良いでござる」
玄街首領は眉を高く上げ、舌なめずりするように訊いた。
「セバン要塞の最大の弱点は何かわかるか?」
道化が可愛くかぶりを振ると、玄街の魔女は道化の尻を蹴った。
「20年も浮き船に居りながら何を学んでおった?」
「痛い痛い! 首領殿、冗談くらいお察し下され。ジー・アギレ大将も渋面を解いて下され」
仏頂面の玄街軍総大将は道化を無視した。
「ガーランドと違い、我らが大基地は動けない。ここを攻撃されてはならん。ゆえにガーランド艦隊は近いうちに落ちてもらう」
グウィネスは反射砲の砲身の輝きを見詰めた。
「ジーよ、もう一基の完成はいつになる?」
「10日後には試射ができましょう」
「では、試射の目標はガーランド母艦だ。二基の反射砲を喰らえば、マリラも肝を冷やすだろう。玄街からの冬至の贈り物だ」
「その日、我々の制空権は完全なものとなるでしょう。首領殿、冬至を祝えますな」
グウィネスは珍しく穏やかな笑みを見せた。
「兵たちを慰労せねばな。厳しい土地でよくやっておる。ガーランド無き世界を我々が支配するのを夢見て……いや、それを現実のものにするために」
道化はそっとグウィネスを見上げた。彼女の言葉は途中まで真実だが、後半は嘘と知っていた。
「くわばらくわばら。首領殿はアナザーアメリカを支配するなど考えてないでござる。そんな面倒くさいことに心血を注ぐ方ではない。
小生にはわかるでござるよ、あの笑みの下で永遠の混乱を望んでおられる。それでこそ玄街の魔女というもの」




