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第5章 ラーラとシャル・ブロス

 キリアンはガーランド母艦からスピラー隊を率い、ミルタ連合中央駐屯地に着いたところだった。彼を待っていたのは、故郷のヴィザーツ屋敷消滅の知らせだ。その頃、反射砲攻撃の高速戦闘艇が2機撃墜され、残りがミルタ北部の前線基地に着陸した。

 

 夜になって、スピラー隊宿舎でアルプ出身者隊員が耐えきれずに泣いた。キリアンは傍らに座り、肩を叩いた。

「詳しいことは分からないが、かなりの人数が脱出していて外れ屋敷で態勢を立て直すらしい。諦めるな」

「は、はい。隊長だって……ご両親が……」

「大丈夫だ。誕生呪を唱えに外れ屋敷に行っていたかもしれないし、用事でテネに出向いていたかもしれない。だからな、スピラー隊はここで高緯度訓練をきっちりやるんだ。俺たちが行くのは真冬の夏至祭会場だ。取り戻すんだ。奴らをコテンパンにしてな。分かったか?」


 隊員が歯ぎしりしながら頷いていると、キリアンは通信室に呼び出された。

「至急ってどこからだ。ミナス・サレ?」

耳元の通信器でカレナードが呼んでいた。

「キリアン、キリアン・レー?」


声を聴いたとたん、目から涙が溢れていた。

「カレナード、俺は……自分を不甲斐ないとは思わない。ただ、悔しいんだ。お前を連れて行った屋敷は消えた、あの湖も、広大な駐機場も、懐かしいスコラの建物も。出来ることなら今すぐにアルプに行きたい。おい、聞いてるか」


 通信器の向こうで、カレナードが珍しくすすり泣いているようだった。彼女にとってもアルプの思い出は大切なのだろう。

「泣くな、カレナード。至急って言うから、俺は何事かと」

「女王代理の特権だ。君のことが気になって……」

「私用に使いやがって。マリラさまに叱られろ、馬鹿。アルプの貸しはしっかり玄街に返してやる。もう切るぞ」

「分かった、オンヴォーグを贈る、キリアン・レー殿」

キリアンの涙は乾いていった。

「遠くからありがとう。オンヴォーグ、女王代理殿」


 ミルタの少年通信兵は傍で興奮していた。

「今のはガーランド紋章人でしょう。どうりで普通の人じゃない感じでしたよ」

「いいことを教えてやるぞ、少年。紋章人と俺の通信は一種の暗号なんだ。漏れたら今度の作戦にひびくかもしれん。今の通信は君と俺だけの秘密にしよう。君は賢い目をしている、約束を守れるな?」


 宿舎に戻る間、キリアンの胸に何度もカレナードの声が甦った。彼は温かかった。


 アルプ市は5万人を失い、外れ屋敷は移送されてくる負傷者で溢れた。ユージュナは療養を切り上げた。

 ラーラは母が遮音室で仕上げた医療品を仮設救護所に運び、必要な資材を遮音室に届けた。その合間で彼女の耳は不思議な感覚を捉えていた。

「ああ、耳がピリピリする。どうしたのかしら。ここが野戦病院のようだから? いいえ、違うわ。空の色が何だか違って……」


 彼女は周囲を見渡した。アルプ市から逃れてきた人々、治療の必要な者、応援に入る他領国のヴィザーツ、大型輸送機とアルプ市を往復する車輌の群れ、そして種々の戦闘飛行艇。


 怪我をした男がどこかで怒鳴っている声がした。

「ガーランドはアナザーアメリカの守護者と女王は言ったのに、この有様だ! アルプがこうなら、他の都市も同じだ。玄街を黙らせろ、今すぐ黙らせてみろ、マリラ女王!」


たちまち言争いが起き、屋敷代表が長い棒を持って現われた。厳しい言葉と棒の制裁が始まり、ラーラは急いでそこを離れた。


「私がおかしくなっているのかしら。耳のことを父さんとカレナードに相談できたらいいのに。カレナード!」

思わず叫んでいた。その叫びが1人の若者を呼び寄せた。

「君、カレナードを知ってる?」

若者は大型輸送機の搭乗者で、腕にガーランド兵站部の腕章を付けていた。

「俺はシャル・ブロスだ。彼女とは新参訓練生の同期さ。君は誰」


「ラーラ・シーラ、カレナードの従妹よ。ねぇ、彼女にすぐに知らせたいことがあるの。手紙でミナス・サレに何日かかる?」

「世間話なら手紙にしなよ、今は10日かかるかな」


 ラーラはシャルの細いが鋭そうな目をじっと見た。

「反射砲の攻撃が始まってから、耳が変なの。震えるようなピリピリが続いている。あなたは何か感じない?」

「どういうことさ。耳鳴りかショック症状か。俺は医者じゃないからなぁ」

「病気ならそれでいい、反射砲が臨界空間に影響したためでなければいいのよ。そこが気になるから、従姉かミナス・サレの父に報告したいの」


「ああ、君、大山嶺の人なんだ」

「そう。でも、もう敵ではないわ」

シャルはラーラの落着いた態度を眺め、付いて来いと言った。大型輸送機のハッチまで来ると、ラーラは急に怖くなった。

「シャル・ブロス、何なの」

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