第5章 トルチフの火より激しく
その言葉が終わらないうちに、合流点から半径10キロメートルを爆風が襲った。ミセンキッタ領国からブルネスカやオスティアに通じる街道と水運を誇る一帯に非情の爪痕が広がって行く。
ガーランド母艦も無事ではなかった。トペンプーラが見た第二甲板の先端は激しく焦げ、甲板点検チームの2人が退避中に重傷を負った。被害報告が上がってくる中、ヒロ・マギアは北方のヴィザーツが玄街に一矢報いるよう、願わずにはいられなかった。
その願いに呼応するかのように、ミセンキッタ領国最北端のヴィザーツ屋敷を緊急発進した3機の高速飛行艇があった。アルプ市からさらに北西の新造基地のもので、アヤイ・ハンザも搭乗していた。小型だが、強力なエンジンと軽い機体は北辺の空を切裂くようにセバンを目指した。
アルプ郊外の外れ屋敷でリハビリ中のユージュナは外に出ていた。
「あの光、ただ事ではない。ブルネスカに向かって行ったわね」
ラーラが杖と上着を持ってきた。
「軍の演習で似たようなのを見たわ。でも、あんなにハッキリして大きいのは初めて。何だか耳がぴりぴりする」
「玄街軍が攻勢に出たのよ。ガーランド・ヴィザーツは対抗できるのかしら……」
アヤイたちの進路はほぼ北だった。レーダーに小型戦艦を捕えていた。隊長機から指示が来た。
「間違いない、あれは玄街艦アガートだ。反射砲は艦の前甲板。戦闘機が上がる前に叩く! 一撃離脱で行くぞ! オンヴォーグ!」
この時の玄街軍は少々油断していた。発射地点を逆算される可能性はないとして、悠長に反射砲のエネルギーを再充填中だった。
「オンヴォーグ!」
高速飛行艇は朝日を背にして側面から攻撃態勢に入った。高度2300、真っ赤なアゲート艦の前部甲板はあっという間に黒煙に包まれたが、反射砲は砲身を歪めただけで、完全な破壊には到っていない。アヤイ機がさらに爆撃したが、基部の損傷に終わった。
「もう一度お見舞いしてやる!」
アヤイが旋回しようとした時、アガートから戦闘機の群れが舞い上がった。隊長が怒鳴っていた。
「全速離脱! 落とされるんじゃないぞ! アヤイ・ハンザ、しんがりは任せろよ!」
「隊長!」
彼らは何とか帰投した。途中、ミルタ連合領国が設けた前線基地からの応援部隊が来たおかげで、玄街の戦闘機は引き返していった。
ベアン会戦のあと、玄街はミルタを蹂躙してセバンに抜けた。領国を必死で守った経験に加え、北方の地勢と天候を知り尽くした北のヴィザーツとアナザーアメリカンたちは自信がある。その陣営でも、反射砲の威力が話題になっていた。
「作戦は近いと聞いている。我々は常に臨戦態勢で待っている。マリラ女王の号令の日を、反撃の日を待っているんだ。ガーランドは反射砲に屈しなかった。アルプの勇敢な高速飛行艇が反射砲に打撃を与えたことも知っている。が、玄街軍が黙っているわけがないだろうよ」
11月23日、再び反射砲のビームが臨界境界面を経て、次の獲物に襲いかかった。獲物は北ミセンキッタのアルプ市だった。昼過ぎ、小春日和の空に再び閃光が現われた。アルプ市郊外の外れ屋敷レーダー観測班はただちにアルプ市ヴィザーツ屋敷に警報を送った。
「逃げろ! 空中機雷と防御壁では防ぎ切れん!」
外れ屋敷でも非戦闘員は土豪に避難を始めた。ラーラがユージュナに肩を貸して土豪に向かう上空を、高速戦闘艇が何機も飛んだ。
「あのビームに何をするつもり?」
「ラーラ、急いで。ここにも衝撃波が来るかもしれない」
高速戦闘艇のコクピットでアヤイ・ハンザはタイミングを計っていた。ビーム無力化チャフを大量投下するスイッチに指を置いた。高度2700から収束ビーム通過点に向かって、戦闘艇の底を開く。5秒後にチャフ爆弾は次々とビームに到達したが、空気を焼く光の縁で霧散した。わずかに収束ビームの速度が落ちたが、威力はほとんど衰えない。
「なんてこった!」
アヤイたちはアルプ市の南半分が黒い光に包まれるのを見た。続いて凄まじい火と煙が立ち上った。隊長の声が遠くから聞こえる。
「全機、反射砲攻撃に向かうぞ。レーダー・チェック!」
アヤイは通信器を取った。
「玄街戦闘機を20機確認、その後方に戦艦アガート」
戦闘艇の編隊は反射砲を黙らせる勢いで、戦闘態勢に入った。熾烈な戦いが待っていた。




