第5章 反射砲攻撃を受ける浮き船
ヒロは顔を起こして叫んだ。
「軌跡から反射砲の位置を逆探知できれば! 即座に! 高速戦闘艇で一撃離脱くらいは可能じゃないか。やられ損てのは悔しいだろ? オレっちはすんげえ悔しいんだよ、ジルー!」
女王マリラはグウィネス・ロゥの消滅にウーヴァの力が要るのか考えていた。
大地霊の力がグウィネスを不死にしたのなら、不死から解放するのもウーヴァではないか?
彼女は小居間で冬作戦用戦闘服の仮縫い中だった。アライア・シャンカールが補正のピンを静かにつける中、女官長に意見を求めた。
「ウーヴァに確かめられようか。あれはヒトの意思など構わない。会ってすぐに命を奪われたら、私は年に2度も生き脱ぎをし、記憶を失うことになる。今、それは出来ない……しかし……。ジーナ、どう考える」
女官長は女王の迷いを即座に止めた。
「今、生き脱ぎをなさるべきではありません。ガーランドは艦隊編成中です。第一、女王のご負担を増やしてはなりません。グウィネスとて肉体を持つ者、セバン高原で灰になるまで焼くか、または捕縛してウーヴァに喰わせるか。それでも復活する魔女とお考えですか」
「そこなのだよ、ジーナ。1500年前、あやつはウーヴァの前でただのヒトでいられた。ゆえに喰われず、生き脱ぎなしで不死を手に入れた。私より強い生命体かもしれぬ。捕縛しウーヴァの前に引き出して再びただのヒトでいられれば、命を獲られはしまい……かつてのカレナードのように……」
アライア女官が控え目に言った。
「紋章人に確かめさせてはいかがでしょう」
「ならぬ。彼は彼にしか出来ない任務がある。ミナス・サレで踏ん張っているものをウーヴァに会わせては……戦争に染まった心であれば、ただのヒトではいられまいよ……」
マリラはかつての奇跡を想った。自身にその記憶はなくとも、数々の証言から、カレナードがウーヴァの前で自己の生命も存在も投げ出したゆえに生き延びたのは確かだった。が、カレナードはマリラを得たためにマリラを失うことを恐れるヒトとなった。
「そうなれば、もうただのヒトでありがたい……。奇跡を2度も期待してはならぬ」
マリラは決断した。グウィネスが灰になればその灰をかき集め、息があればウーヴァに引き渡し、存在を消し去ろうと。
11月19日払暁、一条の光の帯が北の空に現われた。ついに玄街軍の反射砲がアナザーアメリカの制空権を奪いに出た。観測態勢を強化していた各地ヴィザーツ屋敷はデータを取ると共にガーランドに通信を入れた。
反射砲から放たれたビームはミルタ連合領国の東端スフォ市北方50キロメートルで臨界境界面に達した。浮遊機雷など一切の遮るものがない地域を、ビームは毎分60キロメートルで西南西に進む。
各地から送られるデータを管制室で計算していたマギア・チームは目標地点を特定した。ヒロは艦橋に最優先回線で叫んだ。
「ガーランド母艦を狙っている! 目標は本艦! デコイを北北東20キロメートルに放出! 電磁バリア最大出力!」
艦隊に警報が鳴り続けた。マリラはすでに起きていた。母艦艦長でもあるトペンプーラは号令をかけた。
「艦隊全速後退! 母艦に命中させるな、総員、対衝撃!」
彼の勘は「ちょっと間に合わない」と告げた。そのとおりだった。薄紫色の光の束は周辺の空気をオレンジに焼きながら、ガーランドに迫った。
防御壁コードを駆使して建造した巨大なデコイが10秒を稼いだが、閃光をまき散らして真っ二つに折れた。デコイの破片が燃えながらブルネスカの平原に落ちていく。それらは方々で灌木を焼き、野火となった。その上空で、ガーランド母艦の電磁バリアと反射砲ビームが激突した。
夜明けの空が真昼の明るさになり、艦内に衝撃が走った。寝室から執務室に向かっていたマリラは廊下の壁に寄りかかり、足元でアライア女官がマリラのマントを抱えてうずくまった。
艦橋は凄まじい火花と放電を避けるため、窓に非常用シャッターを降ろした。シャッターが降りきる前に第二甲板の先端が激しく発光しているのが見えた。トペンプーラはなおも命令を出した。
「全速後退! 総員、内部へ退避だ!」
ガーランド母艦は船首をやや下げるようにして後退した。雷鳴とガンガン反響する金属音の中、艦隊は紫と黒と燃えるようなブルーに包まれていた。4分後、収束ビームは急激に細くなり、母艦を外れて最後のエネルギーを水中に突き刺した。ミセンキッタ大河とアルバス川の合流点に巨大な水蒸気の球が膨れた。
戦艦アドリアンの艦橋にいたワレル・エーリフが唸った。
「いかん、水蒸気爆発だ!」




