第4章 広すぎる空に対して
こうして、チーム・ダユイは入念なでっち上げを繰り出す戦いに突入した。カレナードは調停のほとんどをアナ・カレントとバジラ・ムアに委ねた。
ジュノア・アガンは察していて、カレナードに調停の進捗をそっと告げる程度にしていた。彼女は市民の士気のため、大山嶺の東側から食糧と物資を得るのに積極的にガーランド・ヴィザーツを頼った。
チーム・ダユイはそれも利用した。
ある日、ダユイは通信器の前で窮状を訴えた。
「こちら『半月』、まずは私の話しを聞いてくれないか。
ミナス・サレに食糧難が迫っている。お前たちが春小麦の粉を全部持って行ったからだ。
軍用の隠し資金を北の谷に秘蔵しているだろう。少し分けてくれ、金が必要なんだ。金があれば、私は直接買い付けの飛行艇に搭乗し、大山嶺回廊を探れるようになる。
酒保だけでは情報が十分に取れない。自分の忠誠心を買ってくれているのなら1万ドルガ以上の資金を回してくれ。モチベーションを保つためにも頼む。そのための秘蔵資金ではないか。
では、報告第2871号だ。本日午前、副領国主とガーランド・ヴィザーツの会合あり。内容は調停進捗の確認。両者、やや険悪な様子で朝堂を退室。トラブル発生の可能性。
また、工廠で小火あり。飛行艇建造レーンが停止。再稼働の見込みは1週間後。以上だ」
通信を終え、彼は飄々と言った。
「これで少なくとも2万ドルガは手に入る」
シドはニヤリとした。
「玄街のスパイマスターには耳の痛い語り口だな」
彼は先日送り出したラーラがアルプ市郊外の外れ屋敷に到着し、胸をなで下ろしているところだ。
ダユイは丁寧に通信器を仕舞っていた。
「私が唯一の信頼できる情報源となれば、多少の要求を呑む。向こうが嬉しがる知らせばかりでは怪しまれると御指導下さったのは、シド、あんただ」
カレナードは夕食の饅頭と干し肉を分けた。
「定時報告のあとの食事は良いですね。それで完成した飛行艇の隠し場所はどこですか」
シドは笑った。
「ニキヤが『北の谷だ。玄街軍がきれいに整備したおかげで、使いやすい』とさ」
ダユイも珍しく声を上げて笑った。
「灯台もと暗し。タシュライ殿は大喜びだろう」
ガーランドは艦隊を組んだままだった。
母艦の第一甲板はトール・スピリッツとスピラー機専用となり、第二甲板は戦艦と行き来する連絡飛行艇のものだ。参謀室長には次々と情報がもたらされた。
「オスティア玄街拠点『ロゼ』潜入成功、旧トルチフ玄街拠点『ジーマ』潜入成功、緩衝地帯拠点『オハマ1』『オハマ2』潜入成功。よろしい、順調デス。さて、甲板材料部の皆さん、反射砲対策案の時間です」
ルル副長がヒロ・マギアを促した。ヒロはすっかり「オレっち」と言わなくなっていた。
「ハッキリ言って時間が足りない。せいぜい冬作戦に合わせて作ったガーランド母艦のデコイに超強力な防御壁コード付けたヤツを各領国の首都上空に置くのが関の山だ。
むしろ地上の各屋敷に収束ビーム砲撃予測計算のデータを配って……と考えたんだが、正直どう防衛しろと言うんだ。防御壁コードで対抗できる保証がないんだ。ガーランド母艦の電磁バリアは特殊すぎて、戦艦級の大きさがないと展開できない。参謀室長、ガーランドの戦力を裂くことが出来ない以上、有効な手がない」
「収束ビームの反射点が集中する範囲を算出できますか、ヒロ」
「やったけどあまりにも広すぎる。アナザーアメリカの空は広すぎる」
トペンプーラは落着いていた。
「そのデータをスクリーンに下さい。ルル副長、どうですかね」
トマ・ルルは図式化された範囲を見て「いちかばちかですが」と前置きした。
「各領国の中枢部を狙うビームのみ阻止できる位置にビーム拡散の浮遊機雷を置くのです。たとえば、ミセンキッタのアルプ市南東30キロメートル地点、長さ50キロメートルに設置すれば、少なくともテネ城市の半分を救える」
マギア・チームから「やるなら地上のヴィザーツ屋敷で頼む」と声が上がった。彼らはガーランド艦隊の装備だけで手一杯になっていた。それでもアイデアはいくらでも出す意地を見せた。
トペンプーラ参謀室長はヒロに軍票の束を渡した。
「部下をねぎらってやりなさい。そして『オレっち』と言いなさい」
「オ、オレっち……煮詰まっているようだな、ジルー」
「その通りデス」
ヒロはトペンプーラが回した腕にもたれて、反射砲が夜空に描く軌跡を想像した。一筋の高熱の光が滑らかな線を描いていく。頭の中で火花が散った。
「一つ方法があるよ、ジルー!」




