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第4章 ミスの許されない任務に就く

 その午後には湯殿で、紋章人は女王の背中を流していた。


 女王区画の奥の温室を兼ねた場所で、7年前、新参訓練生だったカレナードはここで女王の尋常でない怒りを買った。その記憶は女王から消えているが、機嫌が良くない時のマリラは湯殿で恋人に体を洗わせた。

 紋章人は黙々とマリラの肌を撫でた。マリラはつま先まで花の香りに包まれていた。

「そなた、傷が増えたな……」


カレナードは首にマリラの指を感じたが、黙って彼女のつま先を布で包んだ。マリラはそれを振りほどき、恋人の髪留めを掴んだ。

「髪を洗ってやろう」


 落ちた髪の束を引っ張られ、紋章人は湯の中に横倒しになった。

「何をなさいますか、女王」

「やっと口を開いたか。ふてぶてしくなったものだ」

「そうでなければミナス・サレで調停は不可能でした! 新参になりたての私にしたように再び足蹴にしたいのですか」


「まだ覚えているのだな。私はその記憶がないというのに」

紋章人はハッとした。

「あ……ご無礼いたしました。あなたに恥をかかせるつもりはありません、マリラ」

女王は『いかにもその言葉が聞きたかった』と言うように、鷹揚にうなずいた。それからもう一度言った「髪を洗ってやろう。おいで」


 ジーナとアライアは湯殿の隅で、同じことを考えていた。

「紋章人はすっかり負けて勝つすべを身につけたわ。マリラさまはわざと負けていらっしゃるのかしら……」


 女官たちの思惑を尻目に女王と紋章人は存分に休息し、夜は連れだって参謀室に向かった。トペンプーラとシド医師は意見を交わし、傍らでトマ・ルル参謀室副長が忙しくメモを取っていた。


「玄街との情報戦に勝つのが肝要。陽動も必要になりマスね。敵の目を欺き続けねばなりません。紋章人に一役かってもらいましょう。ちょうど良いところに来ましたね、女王代理」

「そう呼ぶのは止めて下さい、参謀室長殿」

「なぜです、カレナード」

「ガーランドでは私は遊撃隊員の1人です。誤解を招きかねない」

「真面目ですネ」 


トペンプーラは『女王代理の重責によく耐えているのに』と言いかけて止めた。マリラの前で口にするのは失礼に当たる。

「トマ副長、本日の勤務を終えて下さい。あとはワタクシが女王に報告するだけですから」

「では、女王陛下、私はこれにて」


 ルルが退室し、足音が遠ざかるとトペンプーラは扉に鍵をかけ、防音壁を降ろした。

「さて、密談の始まりデス」

マリラは扉を見た。

「副長にも秘密か」

室長は頷いた。いつになく厳しい声が出た。

「極秘です。知る者が少ないほど、成功の確立は上がりマス」


 カレナードはシドを見た。彼は間違いなく、この件の鍵を握っている。そして自分がここにいるのは、極秘の本件に係わり、ミスが許されない任務のためだ。

 

 シドが言った。

「トペンプーラ殿が情報部副長だったのが幸いだ。私の立場をすぐ理解していただけた。

 カレナード、黙っていたのを許せ。私は保安局エージェントの訓練をしていた。受け持った1人は玄街軍に入り、グウィネス側の間諜としてミナス・サレに残ったが、実はグウィネスに偽情報を送る者だ。

 この先、玄街軍を攪乱するため、でっち上げの語を大量に作るにはどうしてもガーランドの人間が必要だ。それもガーランド中枢の人物でなくてはならない。カレナード、協力を頼む」


 紋章人は参謀室長を見た。

「私に務まるでしょうか。リアリティに満ちた嘘八百を並べる仕事ですよ」


マリラは後押しした。

「そこまで分かっているなら良い。この件はトペンプーラが監督する。カレナード、よいな?」

「トペンプーラさん、ルル副長を外すのですか」

トペンプーラの小さな髭がピクリとした。

「そうデス。彼には別の任務がありますし、玄街間諜がガーランドに潜入した場合、必ず副長は狙われマス。作戦を知り尽くしていますからネ」


 マリラは満足そうだった。

「カレナード、この先、そなたはこの仕事のためにガーランドに戻ることも多くなるだろう。そうだな、トペンプーラ」

「そうです、黄鉄回廊に設置した通信器は危険です。玄街軍は情報戦に長けています。見くびってはならないのデス」


 黄鉄回廊を西に戻る飛行艇の中、シドの声は落ち着いていた。

「ミナス・サレの協力者は『ダユイ』と呼ばれている。玄街の古語で半月という意味だ。今日のうちに会うか」

「もちろんですが、ラーラにこれを渡したい」

カレナードの手にはラーラ・シーラの身分証が乗っていた。ガーランド総局が発行したもので、アルプまでの旅券もあった。


「そうだな。ところでカレナード、私を疑わないのか」

「シドさんは信頼できる方です。それにあなたが玄街軍に荷担する理由がない。どうしたのですか」


 彼はまじまじと紋章人を見据えた。

「いや、最も信頼できる者が裏切るとも限らない。それが玄街の習いだ」

「カレワランのように、ですか」

「彼女以前にも以後にも裏切りはあった。周囲を疑うのは辛いか?」

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