第4章 霊感
「うん、幼稚で純粋すぎた。思い出すと恥ずかしい。それにしても美しいな、アナザーアメリカの空は……」
「向こうの空は狭いのか?」
「そうでもない。サージウォールが近いせいで曇りがちだけど、青空もある。そんな日はミナス・サレ市民は空を見上げている。正式に領国の仲間入りして、大山嶺のこちら側に来る日は遠くない……」
「調停のことは驚いたが、お前のやりそうな事だとも思った。玄街相手にたった1人で」
彼は再びカレナードを抱きしめた。
「生きているんだな。本当に!」
カレナードは頬にキリアンの熱さを感じた。
「キリアン、魂は暖かな闇に戻る。僕はミナス・サレで叔母さんと従妹に会った。これは母の導きだ。母の魂が僕に道を示し、背中を押し、何度も誰かが僕の支えになるよう護ってくれた。きっと君も護られている。君を産んで亡くなった人の魂が、大地の下から見えない手で」
「そうなのか。お前とこうしてここにいるのはただの奇跡じゃないと言うのか」
甲板点検員が「そこ、下がって!」と叫んだ。
カレナードは数歩下がった。キリアンは彼女を追った。
「お前は何を見たんだ」
「ウーヴァが……アナザーアメリカの大地精霊が……ガーランドと繋がっている。マリラさまの生き脱ぎのたびに、僕は闇を見てきた。恐ろしかったのは新参訓練生の時だけだ。まだ何も分かってはいなかったから」
「生き脱ぎの儀式を一緒に受けているのか」
カレナードは首を振った。
「マリラがあの闇から戻るたびに、僕は……青い夜を身近に感じる。そして、あの闇がそれほど恐ろしいものでないと思っている。テネ城市で玄街の攻撃を受けるたび、死は身近だった。ミナス・サレではすぐ隣にあった。僕はそれを受入れた。そして前よりも深く祈り、闇の温かさを信じた……」
「お前、ミナス・サレで」
カレナードは人差し指を口に当て、それ以上言うなと合図した。
「キリアンこそスピラー機で闇と闇の間をすり抜けている。立場は同じだ」
「死に急でいるのじゃないか、カレナード」
「まだ死なないよ。キリアン、君もね」
カレナードは確信の声で言い、大山嶺へと目を向けた。その日の最後の夕陽が彼女を照らし、僅かに揺れる髪は金色に輝いた。まるでマリラの身代わりのように甲板の端に立っていた。その横顔はキリアンの心にさざ波をもたらした。
「なんて強くなったんだろう、いや、彼女は前からそうだった。ならば俺は彼女に何を感じてるんだ」
急速に陽は沈み、カレナードは白くなった。
「霊感だ……これは彼女に宿る不思議な力だ……マリラと、他の大勢とも繋がる力……。そして、ウーヴァと結びついている。俺はそれを分かっていても、彼女を独り占めしたい」
キリアンはカレナードの手を繋いだ。その瞬間、霊感がキリアンを襲った。彼の意識はガーランドの甲板を離れ、遠くから白いカレナードと共に淡い光を放つ自分を見降ろしていた。
甲板のバリアが解かれ、風がドッと入った。カナレードは言った。
「スピラー小隊長を夕食に誘いたい」
もしかしたら、彼女は俺の心を読むのかもしれない。それで手を差し伸べてくるのなら、素直に応じるのだ。それ以外に出来ることがあるだろうか。キリアンは答えた。
「喜んで」
彼は祈った「ホーン、頼む。今夜の緊急発進は全部お前が行ってくれ!」
そのとたん、カレナードの腕が彼の腕に絡んだ。
「またイヤらしい事を考えてる」
「悪いか」
「キリアンらしい」
「俺をからかうな」
腕を離そうとしたが、彼女の目が笑っていた。
「僕を独り占めしたがっている。今、そうしているのに」
「そうさ。俺はなんでお前のような、どこに向かって走り出すか分からない不思議な奴を」
彼は最後まで言えなかった。カレナードが唇でキリアンの口を塞ぎいだからだ。彼女は彼の腕をいたずらっぽく引っ張り、甲板出入り口へと歩き始めた。
翌朝、マリラはカレナードを呼出し、叱った。
「なぜ戻っていると報告しなかったのか。バカモノーッ!」
若い恋人は目を見開いたが、それは一瞬だけで、すぐに余裕綽々の笑顔で跪き、女王を見上げた。執務室の真ん中でマリラは嘆息した。
「私はなぜそなたのような、どこに向かって走り出すか分からないような、不思議な者に心を許してしまったのか」
「昨日、キリアン・レーが同じことを言いました」
「私より先にスピラー小隊長と会ったのだな。昨日のいつだ」
「日没時に第四甲板で」
「それから一晩一緒にいたのだろう。私を無視したのか、カレナード。ミナス・サレでの功績を盾にして思い上がっているのではあるまいな」
カレナードはミナス・サレ式の礼をした。
「とんでもありません、女王」
「その礼は受け取れぬ。ここはガーランドだ。妙な癖をつけおって……立て、カレナード」
マリラは仕事を優先した。女王代理の報告からミナス・サレの動向を探るため、彼女は私情を挟まない女王に戻った。カレナードはすぐさま女王に合わせた。2人は感情を全て脇に退けた。
ジーナとアライアは晩秋の朝日が射す執務室の隅で、同じ事を考えていた。
「午後になれば間違いなく修羅場になるか、あるいは睦言が飛ぶわ」




