第4章 キリアンの想いの丈
参謀室にマリラが現われた。冬の戦闘服を着ていた。
「冬に仕掛けられるとはグウィネスも思わぬぞ。冬のセバン一帯は天然の要塞だ。平均気温はマイナス11℃、夜間ともなればマイナス30度になることもある。空路で攻めたとして飛行艇も戦艦も機体の負荷は通常の7倍、兵員に至っては風速3メートルでも体感気温は限界を超えるだろう」
エーリフ艦長はよく分かっていた
「だからこそ反射砲はこの冬に使われる。奴らは毛皮にくるまり、巨大な土豪で温もりつつ、アナザーアメリカを撃ちまくり、我々を意気消沈させるわけだ。が、そうなるのは玄街軍になるよう仕向ける。最初の心理作戦ですな」
トペンプーラもまた分かっていた。
「ミナス・サレからタシュライ殿とジュノアどのが選ぶ精鋭に来ていただく。彼らは玄街の慣習と各拠点の弱点に精通している。今こそミナス・サレと共同戦線を築く時でしょう。幸いにして大山嶺のトンネルは彼らと我々が死守している。玄街軍のテロの手口を参考にさせていただくのデス」
こうして『冬作戦』が練られるガーランドの第四甲板にフロリヤ機が戻ってきた。
ブルネスカ領国は晩秋の風が吹いた。その風を甲板控え室でよけて、カレナードとシドはユージュナ負傷の知らせを受取った。キリアンも一緒だった。
フロリヤの頬は少し雪焼けしていた。
「ユージュナはアルプ郊外の外れ屋敷で治療中よ。ガーランドに戻るのはまだ危険だったから」
横でキリアンがシドに胸を張っている。
「シドさん、外れ屋敷にお任せ下さい。自分の故郷自慢の一つで、ミセンキッタ領国一番の薬草師と外科医がいる所です」
カレナードは従妹を思い出していた。
「シド、ラーラが傍にいればユージュナさんの回復が早くなると思いませんか」
キリアンは紋章人に詰め寄った
「ラーラって誰だ」
紋章人はわざと流し目で答えた。
「私の新しい想い人とでも?」
「お前は男女を問わない天真爛漫さだからな。ミナス・サレでも言い寄られているんだろ?」
シドはキリアンの独占欲を笑わなかった。
「キリアン、ラーラはカレナードの従妹で、ユージュナの娘だ。ユージュナはカレワランの妹だ」
フロリヤは微笑んだ。
「キリアン、安心しました?」
彼はフロリヤに振り返ってからカレナードの肩に手を回した。
「マリラさまに会ったか」
「忙しくって、それどころじゃない。参謀室長とミナス・サレの間で共同戦線の話が出たから、私も何らかの命令がある。ラーラをアルプに送る準備も」
「実は俺も忙しい。スピラー小隊を任されている。だから時間が惜しいんだ」
キリアンはそれだけ言うと控え室を出た。フロリヤがカレナードを肘でつついた。かつてシェナンディ家の図書室で切り札を切った時と同じ顔をしていた。
「可哀想なキリアン」
カレナードの頬は膨れていた。
「何です、フロリヤさん。彼はあんな事を言う男じゃなかったのに……イヤらしくなって!」
「まぁ、勇み足なのは確かね。テネ城であなたを救出失敗した悔しさがさせていることよ」
「彼のプライドは厄介です。分かりますけど」
「ふふふ、惚れていても、当の本人から邪険にされたら他の人に目が向いても仕方ないわよ。いいからお聞きなさい、カレナード」
フロリヤはさりげなく女の忠告をした。
間もなく防寒長衣を羽織ったカレナードが甲板に出た。風は相変わらず吹いていた。シドとフロリヤは窓から目撃した。しばらく距離を置いて話していたキリアンが突然カレナードを抱きしめ、何やら思いの丈を告げるのを。
「あれが若さかな、マダム・パスリ」
「カレナードは女王とキリアンの間でバランスを取らねばならない。難しい立場です」
「ミナス・サレで調停に奔走してる姿からはとても想像できない」
フロリヤは山葡萄色の髪に手をやった。
「彼女が6歳の時から一緒に育ちました。今思うと、彼だった時分からずっとマリラさまを敬愛していたのです。あ、施療棟機が帰って来たわ。シドさん、おもしろいことになりますよ」
スピラー隊の傍に着艦した機体から、マヤルカ・シェナンディが駆け下りた。赤い髪は結んでいても風に舞い、カレナードとキリアンに一直線に向かっていった。彼女はキリアンを叩き、逆にあしらわれて跳ねた。
「フロリヤさん、あの元気な女性は誰です」
「私の妹です。相変わらず子猫みたい」
施療棟チームが去ったあと、キリアンはカレナードと並んで、大山嶺に沈む夕陽を見た。第四甲板は数分間バリアに包まれ、発着のない時間になった。点検チームが甲板を進んでいく。
キリアンがつぶやいた。
「この時刻にゆっくり山を眺めるのが好きだ」
「うん、モン・デンベスの積雪がオレンジ色になってる」
「カレナード、ベランダ小部屋からモン・デンベスに恋を捨てたのを覚えているか」




