第4章 臨界空間
フロリヤ機がアルプ市まで200キロメートルのこの時、小型グライダーはミセンキッタ領国の西端をひたすら南下していた。大河沿いにブルネスカ領国の領空に入ったところで空中待機しているトール・スピリッツに接触した。
第一コクピットのピードはグライダーの減速に合わせ、グライダーのパイロットを第二コクピットに収容した。そこにヒロ・マギアがいた。
「大役だったなぁ、ホーン・ブロイスガー。本当に良くやったよ。オレっちのグライダー、ジェット噴射改良6型はどう?」
「死ぬかと思いましたよ。トペンプーラ参謀代理が加速に気をつけろと言ったとおり。どこが改良6型なんですか」
ヒロはホーンが抱えている頑丈な箱を指さして、手招きした。ホーンは丁寧に差し出した。
「これがフロリヤ・チームの成果です」
ヒロは箱から焼増し写真を取り出した。それをコクピットの床に次々と並べながら、眼鏡のつるを何度もかけ直した。トールがガーランドに向かう間、ヒロは這いつくばっていた。
ピードの声がした。
「あと10分で着艦だ。マギア殿、収穫はあったか」
「大いにありましたけど、こりゃ難儀だわ。難儀すぎて、オレっち、死にそう」
ホーン・ブロイスガーは「マギア殿は大げさだな」と悠長に見ていたが、着艦と同時に甲板に飛び出していくヒロの姿はただならぬものだった。
翌日、参謀室近くの講堂に大勢のヴィザーツが招集されていた。マギア・チーム全員が壇上に揃っているのは異例だった。女王以下、ガーランド全部署の中堅が重々しい予感の中で待っていた。
トペンプーラが登壇した。
「皆さま、前置きなしで始めマス。本日、セバン高原玄街拠点の極秘兵器について周知し、早急に手を打つべきと判断しました。甲板材料部のヒロ・マギアから詳細を聞いて下さい」
ヒロはいつものくたびれた服から階級章付き制服に着替え、髪をきっちり撫でつけていた。眼鏡も冴え冴えとした細い形で、この発表の重大さを告げていた。彼は「オレっち」とは決して言わなかった。
「ヴィザーツの中のヴィザーツである方々、大変に危険な武器を玄街が作り上げたと言うべき事態です。
3週間前にミナス・サレから提供された極秘文書『臨界空間内における反射角砲撃(試案)』を詳細に検分し、同時に複数の玄街拠点の潜入捜査を行ったところ、セバン高原において、この反射角砲がどのようなものか分かりました」
講堂の大スクリーンに図面と写真が投影された。ざわめきが起こった。
「玄街の武器が何を何に反射させ、砲撃とするのか。結論から言うと、大口径の荷電粒子を上空3000メートルに存在するナノマシン境界面に反射させ、反射角を以て地上を荷電粒子で攻撃する仕掛けです。
これを複数搭載した戦艦ないし専用艦船があれば、3000キロメートルの彼方から1本の、あるいは複数本の荷電粒子収束砲弾を浴びせられる。そのエネルギー源は我々と同じく増幅されたナノエンジンです。が、量的に常識を超えたものになるでしょう」
ヒロの操るスクリーン上で、セバン高原上空2000メートルから南南東へ赤い線が伸びていった。
「これは机上シミュレーション、弾道が緩やかな放物線と仮定した計算です。赤い線はナノマシン境界面に0.7度の角度で到達し、ミセンキッタ北部アルプ市西方の緩衝地帯上空で反射。その後、さらに南南東へ向かいミセンキッタ副都を襲うことになる。
発射から到達する時間、そして遠距離を通過する間の気象と大気摩擦による威力の変化は、我がガーランドの荷電粒子砲のデータを元に試算しても、決して楽観視できません」
ワレル・エーリフが立ち上がった。
「ナノマシン境界面は反射板の役割に耐えられるのか」
ヒロは頷いた。
「玄街コードの独特の揺らぎを生じさせる性質が、それを可能にしたとしか言えません」
続いてマギア・チームが「揺らぎ現象の特性」について説明を始めた。それを壇の裏で聞いている者がいた。ミナス・サレから一時的に戻ったカレナードと同行のシド・シーラだった。彼は身震いした。
「非常識な量のナノエンジンを……制御できるのか。どう考える、カレナード」
「グウィネスのことですから制御します。問題は他にあります」
「何だ」
「揺らぎがナノマシン境界面に何の影響も無いと言い切れますか。アナザーアメリカの空間、我々の生きる臨界空間に……もし、変化が起きたら……」
「半年前の誕生呪不活性事故の類いを言ってるんだな?」




