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第4章 フロリヤ号の死闘

 カレナードは文書をもう一度手にした。詳細な計算データは何のためにあるのか、そして反射角とは。何を何に反射させるのか。計算データは1000分の1単位で5万件以上の値を積み上げている。


 タシュライは図面と文書の写しをトペンプーラに渡した。

「ガーランドに持ち帰ってくれ。いわゆる情報の共有というヤツだ。回線は常に開いている、頼んだぞ」


 ガーランドに戻る飛行艇を見送ったのはタシュライとカレナード、そしてシド・シーラだけだった。まだ玄街軍の間諜が残っている可能性を考え、ジュノアは大人数の見送りを控えた。

 最後にトペンプーラが乗り込むと、ひょいとカレナードが数段のタラップを駆け上がり、飛行艇に入った。開けっ放しの扉から女王の声がした。

「そなたはまことに! 油断も隙もないな!」


 離陸は1分遅れた。黄鉄回廊へと旋回する飛行艇に手を振るカレナードは新たなエネルギーに満ちていた。シドもタシュライも、軽い足取りの紋章人の後ろ姿にニヤニヤするだけで何も言わなかった。1分間の抱擁とキスがどれだけ貴重だったか、2人は知っていた。 


 黄鉄回廊を抜けたところでトペンプーラは「マズかった」と言った。

「そなたらしくないぞ、トペンプーラ」

「マリラさま、戦略の基本デス。ベアンの戦いで玄街と決着を付けるべきでした。戦力だけなら、こちらが圧倒的優勢。が、市民の犠牲を避けるために、防御構築に時間をかけすぎたのです。

 日没まで77分、夜戦に持ち込んでも耐えられる訓練をしておきながら、玄街軍をみすみす撤退させて終わったのはワタクシの失策。ヨデラハンなら躊躇せず玄街艦船を追ったはずです」


「ベアン市への思い入れがそうさせたのか?」

「はい」

「素直に返事が出来るなら、今後の作戦では轍を踏まぬだろう。何なら私が鞭打ってやろうか、トペンプーラ」

「その鞭は玄街に向けて下さい」


女王の冗談めかした態度には、先ほどの戯れの残り香があった。ジーナはガーランドでエーリフが待っている自分は恵まれていると気づいて女王のために茶を淹れた。


 玄街戦艦は北上し、ミルタ連合北部の町を襲っては補給地にしていた。その進路がガーランドの夏至祭開催地の大拠点を目指しているのは明らかだ。季節は晩秋で、大拠点のあるセバン高原は一足早い冬になっていた。


 その白い大地を偽装飛行艇が全速力で東へ飛んでいた。白い機体を操るのはフロリヤ・シェナンディ・パスリで、数人の外れヴィザーツとユージュナが必死で写真を焼増ししていた。一定数が出来上がると、ジェットスーツを着たエージェントがガーランド目指して、動力付き小型グライダーで飛行艇を離れた。


 ユージュナがレーダーに追っ手の影を見た。

「玄街の攻撃飛行艇TD4型、3機!フロリヤさん、15分で追いつかれる」

「さっき出たグライダーが発見されないか、注意してて。全員戦闘配置! 逃げ切るわよ」


 行く手に雪雲があった。ユージュナは3機が進路変更せずに迫ってくるのを確かめ、急いで簡易装甲スーツを身につけた。

 雪雲と構築防御バリアで凌げるだろうか。飛行艇に電磁バリアはなかった。15分後、フロリヤ機は後方の銃座で先制攻撃をかけるや、サッと降雪の幕内に退避した。

「フロリヤさん、レーダーの効きが悪い、雲が厚いわ」

「ユージュナ、撃つと居所を教えることになる。向こうは速度が出ている。後ろに回り込むわ。各自、エンジンを狙って頂戴」


 銃座に入ったユージュナはアルプ外れ屋敷の若者に声をかけた。

「シューカ、やるわよ。あなた、狩りの腕は屋敷随一と聞いたわ」

「狼を狙うように、やな?」

「皮が取れないのが残念よね」


 雪雲から出たフロリヤ機はTD4型型の真後ろにいた。シューカの引き金が1機の右翼を打ち抜き、バランスを崩した機体は数秒後に煙を上げ始めた。すぐさま僚機が反撃してきた。フロリヤは再び降雪を味方にした。TD機は闇雲に撃たず、狙いを定めて待っているのだ。


「雲の切れ目から行くわよ。ユージュナ、オンヴォーグ!」

 機体に激しい気流がまとわりついていた。寒冷地仕様の戦闘スーツでも寒いくらいだ。高度は1500メートル、雲の上の眩しい太陽から隠れ、フロリヤ機は薄くらい雲の間を縫うようにして、TD機の真上に出た。

 シューカの狙いは正確だった。1機のTD型戦闘艇は四散したが、残る1機もまた正確な狙いで彼のいる銃座を撃った。

「だぁッ!」


短い悲鳴と共にシューカの左脚から血が噴き出した。ユージュナは信じられない力で彼を銃座から引き摺りだし止血ロープで縛るや、自分の銃座で引き金を手にした。

「フロリヤ! 上昇して!」

 彼女はTD機のエンジンがある場所だけを見ていた。周りは火花と弾丸がかすめる音が激しく反響していたが、彼女は聞いていなかった。全神経をTD機に向け、弾を発射した。それは命中して最後の追っ手を地上に落とした。ふと彼女は腕と脚に奇妙な痛みを感じた。


「ラーラ、まだ死ねない。母さんはまだ……」

銃座から滑り落ち、シューカの体にぶつかった。血の匂いの中で気を失う前に娘の幻を見たと思った。

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