第4章 ベアン攻防戦・3
ベアン警察隊は武装解除され、フールにヴィザーツ屋敷関係者の情報提供を迫られた。
逃げ出した警官や有志たちは簡素な抵抗組織を立ち上げ、早々と潜伏ヴィザーツに危機を知らせた。玄街は大都市を狙ったために、市内の区民会や公会堂組織のネットワークを潰すところまで手が回らなかった。
ガーランドは上空で小競り合いを続けながら、夜に紛れて川から歩兵部隊と脱出を手引きする外れヴィザーツ屋敷部隊「ハイランド」を送り込んだ。それらは街道と各区公会堂と警察署に配備された玄街兵を少なからず殺し、抵抗組織に接触した。
トペンプーラ作戦参謀室長がベアン出身で、この都市を隅から隅まで知っていたからだった。
彼はガーランドから故郷を睨んでいた。
「玄街軍にはベアンから手を引いてもらいマス。血の沼に沈みながらネ」
フロリヤ・シェナンディ・パスリとユージュナ・マルゥが作戦参謀室に入り、敬礼した。
「トペンプーラ室長、両名はセバン高原偵察任務に出発します。途中、アルプ市郊外でアマドア・パスリを降ろします」
「ユージュナ、あなたのおかげです。バジラと共にミナス・サレで玄街軍をスパイした成果が生かされました。セバン高原はガーランド・ヴィザーツの聖地であるゆえ、我々の盲点だとも分かりました。
オンヴォーグを贈ります。フロリヤ・パスリも。さあ」
フロリヤは山葡萄色の髪をまとめていた。5歳の娘アマドアをフロリヤ号に乗せ、ユージュナを副操縦席に置いて、未明の第四甲板から飛び立った。
「ママ、パパのおばあちゃんの家は遠いの?」
「ええ、とてもね。きれいな森と湖があるそうよ。おばあちゃんはあなたを待っているわ。パパに挨拶したの?」
「うん。パパはあたしにオンヴォーグをくれたよ。どこに居てもピードの娘だって」
「さすが私の夫だわ
」
ユージュナが小声で言った。
「フロリヤさん、何だか妬けちゃう……」
翌日、グウィネスは予告通り500人の市民を官庁街の大通りで殺した。
尋問に抵抗した警察官の他、ヴィザーツを匿ったと言いがかりをつけられた人々、そして捕えられヴィザーツ屋敷の住人が銃殺された。死体は見せしめのため丸一日誰も近づけなかった。
市民たちは衝撃を受けたが、ガーランドからのラジオ放送が彼らを支えた。ラジオから流れる女王の励ましと死者のための詠唱を聴きながら、モトイーはガーランドは短期決戦に出ると予想した。
彼はクロードと一緒に夜の地下道を移動しながら、構築コードによる防御壁設置に奔走した。
「長引けば、市民の犠牲は増える一方だ。戦争中でも子供は産まれてくる。誕生呪を授けなくてはならん」
「モトイーさん。その決戦でベアンが瓦礫の山にならないように、こうして防御壁を設置するのは分かるわ。でも玄街が必死であなたを探してるわ。ハイランド部隊が脱出を助けてくれるのに行かないの?」
「あなたこそ息子を連れて脱出するんだ。今まで毎晩バリア設置を手助けした。本当によくやってくれた。私はベアン・ヴィザーツ屋敷の責任を果たしたいのだ。逃げたら屋敷の生き残りとして面子が立たんのだ」
「それなら私もやれることをやるまでです。息子はおじいちゃんと脱出させますわ」
「シッ!」
モトイーはクロードを地下道へと引っ張った。直後に市道から玄街装甲車の音がした。指揮官らしき声が飛んでいる。
「芳ばしきかな、ガーランド・コードの匂いがするでござる。虱潰しに探すんですよ、ほら、この辺とかね!」
カッカッと地面を叩く音がした。
モトイーとクロードは地下を全力で走った。途中の交差点でハイランド部隊の分隊と出くわした。
「クロード、先に行ってろ」
ヘット商店に戻った彼女はゾッとした。店は破壊の限りを尽くされ、残った柱には玄街の告知板が打ち付けてあった。
『ガーランド協力者の末路を見よ』
クロードは父と息子を探した。倉庫地下室の扉も壊されていた。地下室の床を3回軽く叩き、間をおいて今度は5回叩いた。壁の向こうから3回叩く音がした。彼女は壁の隠し扉をそっと開けた。
中から出てきたのは玄街の歩兵だ。クロードはとっさに警笛を吹いた。それを取り上げたのはワイズ・フールだった。
「ヴィザーツ屋敷の警笛! 近くにモトイーが居る証拠でござる。殺さずに連れて来るんですよッ!」
クロードは連行された装甲車の中に父と息子がいないことに安堵したが、顔に出さなかった。彼女は明日には銃殺されると思った。
「バジラは必ず息子を見つける。彼が玄街軍を潰してくれる、私の魂を弔ってくれる。私はヴィザーツの役目を果たしたわ。あとはモトイーが無事に逃げ切ってくれればいい」
遠くから銃声が響いた。それは急に近づき、クロードのいる装甲車の周囲で甲高い音が鳴った。
「この車が撃たれている!」




