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第4章 ベアン攻防戦・1

 その夜、マリラと紋章人は朝堂の控え室で横になり、長い話をした。ジーナとベルもそこにいたが、話を聞くことなく薄いマットで眠った。


 ブルネスカ領国ベアン市、種物店主ドミ・ヘットの祈り。

『ヴィザーツがアナザーアメリカンの血を取り込むのは、公然の事実ゆえヴィザーツは誰も口にしない。

 一方、ヴィザーツに生を受けても、律法と屋敷を離れ、アナザーアメリカンの人生を選ぶ者もいる。女王はそうした者を一切責めない。責めないが、自堕を許してはいない。まして玄街に身を落とすなど論外だ。

 私は一介の種物取引業者だが、元ヴィザーツの少年だった頃の気概はある。ただ、厳しい律法を貫く生き方が出来ないと判断しただけだ。良い選択と今でも胸を張れる。

 が、めぐりあわせはあるもので、入れ違うようにアナザーアメリカンの幼馴染、ジルー・トペンプーラがヴィザーツになり、さらに娘がヴィザーツと結婚するとは考えもしなかった。

 青い夜よ、友と娘クロードと婿バジラと孫を守り給え』


 2日後、ミルタ連合の大都市ベアンはパニックに陥っていた。

 朝の空に見たことのない浮き船が現われ、市の北部にあるヴィザーツ屋敷めがけて艦砲射撃をした。最初の2発で管制塔が吹き飛んだ。攻撃の中、飛行艇V3が発進した。


 玄街旗艦メジェドリンの船腹の巨大な双眸がベアンを見下ろしていた。目は金色の縁取りを持ち、黒光りする船体は大蜥蜴を思わせた。蜥蜴の体に大小の砲が並び、火を噴くたびにヴィザーツ屋敷の瓦が割れていく。


 旗艦に搭乗したグウィネスは、第1波攻撃後、市民たちを脅した。

「ベアン市に告ぐ。我々玄街軍は当市を占領する。栄誉ある玄街軍の占領第1拠点だ。

 市の権限を大人しく渡せば、無用の流血は避けられる。が、抵抗者は市を流れる三つの川が墓場となろう。そちらに選択権はない。我々に協力する道だけだ。ヴィザーツ屋敷の最期を見て、納得するがいい」


 血の色の戦艦アガートは丸い船体から多数の立方体が突きだしていた。立方体の底が開き、爆弾がヴィザーツ屋敷を襲った。

 飛行艇V3はアガートの後方にいるセレンディ艦から出た玄街戦闘機と激しい空中戦を展開していた。

 市の南ではエルマンディ艦の藍色とマンダリン艦の黒とオレンジの縞模様が不気味に揺らめき、雷魚のような開口部から歩兵を乗せた飛行艇を降ろし始めた。


 種物商店主のドミ・ヘットは3階の窓辺で「いかん」と叫んだ。1機のV3飛行艇が市の南方に墜ちていくのが見えた。

「クロード、脱出するなら今のうちだ。車でポーに向かうぞ」

「駄目よ、父さん。ポーの街道に出たら狙い撃ちされるわ」

「何言ってる。うちはヴィザーツ屋敷と取引してる。玄街に目をつけられるぞ。良く落着いていられるな」

「バジラが私を訓練したからよ。彼の息子のためにも下手な脱出は駄目。まず状況を確かめなきゃ」


 ドミは2歳の孫を抱き上げた。

「よしよし、可愛い盛りだというのに。お前の親父はどこに居るのやら」

「おじいちゃん!」クロードが叫んだ「バジラの悪口はやめてよね」


 ドミはラジオのある帳場に行った。混乱する放送を聴きながら、親友トペンプーラを思い出していた。

「ジルー、お前のように妙案が浮かべばいいんだが。牧草地の抜け道は時間はかかるが、トラックにカバーを掛けてゆっくり行けば……」

「放牧中の荷馬車に見せかけるのね。帳簿と貴重品は地下室の壁に隠すわよ」


 ヴィザーツ屋敷の抵抗は虚しかった。玄街軍の第2波攻撃は徹底的な爆撃で屋敷と官庁街の半分が瓦礫と化した。

 ドミとクロードは脱出を断念した。玄街歩兵部隊が装甲車で街道を塞いだため、大勢の市民と共に家に戻るしかなかった。戻ったところでヴィザーツ屋敷の政治局次官モトイーとその家族が物陰から声をかけた。

「匿ってくれ。屋敷の生き残りは潜伏するしかないんだ」


 ヘット商店の倉庫地下室で彼は言った。

「必ずガーランドが来る。玄街はこの町を支配する前に潰れるだろうが、この町も潰れる。マリラさまはミナス・サレ領国軍と共闘すると仰るが、間に合わんだろう」

 ドミはガーランドを信じていた。

「浮き船の作戦参謀室がベアンを見殺しにするような戦術を使うわけがない。モトイー、お前はトペンプーラの巧妙な部下たちを知ってるだろ? 

 女王はベアンを見放したらアナサーアメリカが落胆すると御存知だ。だから、構築コードってヤツで、何か出来ないかね?」

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