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第4章 紋章人、人前で泣く

「ミナス・サレ領国の方々、私はマリラ・ヴォー、浮き船の船主です」

マリラはわざと女王を名乗らなかった。声は柔らかかった。

「調停開始式は必ず行われます。大山嶺の向こうで戦いが続こうと、この領国の明日のために調停を断念してはなりません。

 我々は長きに渡り戦った過去があります。しかし、時代は変わります。今日、ガーランド・ヴィザーツはミナス・サレの方々と共に戦った。明日からも共に戦うでしょう。

 そして調停という戦いがあることを心に留め置いていただきたい。双方に実りと妥協点が見いだされる時まで、胸のうちを語り合うのです」


 夜になっても絶え間なく報告が持ち込まれる中、カレナードは装甲戦闘服を脱ごうとせず、ベル・チャンダルと共に朝堂の扉でマリラの警護に当たっていた。


 バジラ・ムアが通信アンカーの予備を持ってきた。

「女王、レニア大回廊に置いたのは壊れたようです。トペンプーラ副長、いや、参謀室長代理のこの遠距離暗号通信機を試してみます」

マリラは頷いた。

「ガーランド部隊の損害はどうだ」

「ラヴ・セブンが墜落しました。パイロット2名が犠牲に。城内の戦闘で負傷者が11名、1名が重傷で芳翠城で手術中です」


 マリラは眉間に指を当てた。

「よくやった。慣れぬ土地でよく……」

バジラは通信機を起動させていた。

「情報部とフール特別隊が……」

そこまで言ってハッとした。女王の眉間に深い苦悩があった。

「バジラ、ワイズ・フールは敵だ。次に会う時は即座に殺せ、よいな?」


 敬礼を返した彼は通信アンカーが点滅しているのに気付いた。

「暗号文解析。……ブルネスカ西部とミルタ連合の屋敷が玄街艦艇に強襲され……ガーランドは北西に転進すると」

「なるほど。玄街軍は先に補給基地を確保したいのだ。あの奇怪な5隻の戦艦に6000の乗員がいるなら、補給艦だけでは保たぬ。

 明日中にガーランドに合流するぞ。トペンプーラが斥候を送っているはずだ。カレナード、こちらへ。そなたに任務を与える」


 カレナードはそこに居合わせた人々を見た。

 マリラ、バジラ・ムア、ジュノア、アナ・カレント、保安局長タシュライ、工廠局長ニキヤ、兵站局長ソーゲ、女官長ジーナ、ベル・チャンダル。

 全員が激しい1日の名残を、疲れて誇らしい顔と汚れた服に留めていた。そこにヨデラハンがいないのが残念だった。


 マリラはカレナードの両脇にアナとバジラを立たせた。

「カレナード・レブラント、そなたにミナス・サレにおける女王代理を命じる。緊急時に私の名を勝手に出した罰と思え。この責は重いぞ。

 アナ・カレントとバジラ・ムアはミナス・サレに駐在し、紋章人を補佐しろ。調停開始の準備を整えると同時にミナス・サレ防衛に協力せよ。ジュノア殿は玄街軍がここに戻れぬように、また、奴らの背後を突くため、軍備の再編を進めるそうだ」


 アナ・カレントが言った。

「ミナス・サレ領国が独自軍を持つのを承認されたのですね。女王」

「全土でガーランドと各領国警備隊は行動を共にしている。グウィネス討伐後のことは、今から考えておかねばならぬ。ジュノア殿、あなたは事実上の最高権力者だ。賢明な判断を願っている」

ジュノアは静かに微笑んだ。


 急にすすり泣きが起こった。カレナードの人目をはばからぬ涙が滝のように落ちていた。

「なぜ、なぜ私を置いていくのです、マリラ。なぜ一緒に戻れないのです。私は」


マリラから一瞬女王の顔が消えかけたのを、何人かは気付いた。

「馬鹿者め。私とてそうしたい。永遠にここに居ろとも言わぬ。が、今しばらく、そなたはミナス・サレの方々に調停の作法を伝え、実践を監督する仕事をいたせ。飛行艇で玄街軍と戦うだけが戦いではない」

紋章人は涙を拭いもしなかった。

「私はあなたの手が欲しいのです」


 ジーナはまたかと歯がみしつつ、紋章人の耳を引っ張った。

「マダム・カレナード、その辺でお止めなさい!ミナス・サレの方々に恥ずかしくないのかしら、まったくこの子ときたら!」


 マリラは顔を隠していた右手の手袋を外し、女王代理の顔をごしごし拭いた。

「調停を進めた張本人がみっともない。見なさい、タシュライ殿が嬉しそうだ」

「女官長殿、ご安心下され。我々は彼女の肌を歌劇場で堪能しておりますので。はっはっはっ」

タシュライの笑い声に、束の間、皆は死闘のあとの澱を忘れた。


 ラーラ・シーラと級友たちが饅頭と茶を運んできた。

「女王と紋章人の凄いところ、見ちゃったね」

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